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夜明 奈央
2024-05-24 19:28:13
3521文字
Public
中太SS
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16時に執務室
ゆるさんと共通お題「2回目のキス」をテーマに書いたお話 ゆるさんのお話は
こちら
2024年5月19日初出
中也とキスをした。目が合って、今ならいけると思った。たぶん中也も同じことを考えていた。
吸い寄せられるように中也の唇に己のそれをくっつけたら、熱くて、柔らかくて、気持ちよくて、夢中になって貪った。本当はもっと味わっていたかったけれど、心臓の音がドコドコと煩くて、酸素が足りなくて、息が苦しくなって仕方なく離した。同じような有様の中也の瞳がこちらを向いていた。
自分が柄にもなく夢中になってしまっていたことに急に気がついて、誤魔化すように本来の目的であった仕事の資料を渡した。中也の顔には信じられないと書いてあった。我ながら急だった自覚はあったので、なんだか罰が悪い気持ちになった。別に、なかったことにしたいわけじゃない。ただ、このまま続けていたら、止まれなくなってしまいそうだと思っただけで。
だから、「嫌だった?」と尋ねると、中也はびっくりしたように全力で首を左右に振った。もげそうなぐらいに強く振るのがおかしくて、つい笑ってしまった。
あの日キスをすると予想していたわけではない。けれど、いつかは中也とキスをする日が来るのだろうと思っていた。お互い間違いなくそれを認識していた。でなければ、目が合ったぐらいでキスなんてするものか。
したいと思った。中也も同じだった。そこは太宰の執務室に2人きりで、邪魔が入る心配もなかった。だからした。それがたまたまあの日だっただけだ。
翌日顔を合わせた中也は、誰の目にも浮かれているのが明らかだった。そこが本部のロビーでなければ、きっとその場で唇を奪われていただろう。気分が良かった。太宰だって自分でも恥ずかしくなるぐらいに浮かれていたけれど、中也はそれ以上だった。
2人きりになると、そわそわと太宰の様子を窺ってくるから、面白くなってわざと仕事の話ばかりした。無意味に手を握られて、見つめられて、あからさまにキスがしたいのだとアピールしてくるのがおかしくて、わざと気づかない振りをして振り払った。
中也が自分とキスをしようとあれやこれやと手を回すのが面白くて楽しくて、ついつい意地悪してしまった。
――
ちょっとやりすぎたな、と反省している。
2人きりの執務室で、人気はない。この状況なら中也は間違いなくキスを迫ってくるだろう。そう予想していた通り、中也は案の定、仕事の話が終わってもすぐに立ち去ろうとはしなかった。
迷ったように太宰の方に手を伸ばしては、触れる前に引っ込める。可愛いなあと内心踊り出したいような気持ちでそれを眺めているが、表情には一切出さない。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
わざと何も気づいていないかのように尋ねるのは、あれ以来太宰の最大の楽しみだ。中也はやっぱり何も言えずに諦める。
なんだこの初々しさ。胸がぎゅうと引き絞られる。手慣れていそうだったのに、あまりにも奥手で何度見たって飽きることがない。
転げ回って意味もなく何かを叫び出したくなるのを拳を握ってぐっと堪えていると、中也の表情に小さな翳りが見えた。あれ、と思っている間に、中也は短いため息を吐いて踵を返した。
もしかして、やりすぎたのでは? とようやく気がついた。
これではキスする前に逆戻り。どころか後退しているといっていい。振り返ってみれば、中也とキスをしてから1ヶ月程が経過していた。あまりにも楽しくてすっかり意識から抜けてしまっていたが、1ヶ月何もなかったのだ。これは太宰からの拒絶だと取られてもおかしくない。
これは由々しき事態である。どうにかして中也との仲を復活させなければ。
そう決意したはいいものの、今まで散々素っ気なく振る舞ってしまっていた手前、いきなり何をどうしていいものかわからなかった。
中也の真似をして色々と試してみたが、効果は薄かった。キスなんて微塵も想像していないような顔で「どうした?」と聞かれると、これが結構心に突き刺さる。とてもじゃないがキスなんてできる気がしない。中也には申し訳ないことをしてしまったな、と今更後悔しても遅かった。
「16時に執務室」
このままではいけない! と決心して、中也をメッセージで呼び出した。あの日と、時間も場所も同じ。中也だって、何かしら思うところはあるだろう。むしろないと困る。
中也は時間通りにやってきて、執務室の扉をノックした。返事をせずに待っていると、こんなとこまであの日と同じかよ、と舌打ちと共に扉が開かれた。仕込みは上々。中也は十分に意識してくれている。
太宰はソファで狸寝入りをして、中也が入ってくるのを待っていた。あの日は中也がここで眠っていた。同じ状況を作り出すこともできなくはなかったけれど、それでは芸がないので逆の状況を作り出すことにした。中也が気配を消して近づいてくるのを、ひっそりと耳をそば立てて待つ。
中也は太宰の傍に跪くと、指の先で太宰の唇に触れた。キスされるために画策していた結果とはいえ、まさかいきなりそんなことをされるとは予想していなかった。飛び上がらんばかりに驚いて、つい目を開けてしまう。
途端、中也の右手に両頬を挟まれて、ぐぇ、と踏まれた蛙のような色気のない声が出た。
「やっぱ狸寝入りだったか」
「気づいてたならさっきの何」
「手前の出方を見てたんだろうがどういうつもりだ」
「どうってそりゃ、」
キスがしたくて、と言うべきか悩んで、口を閉ざした。あの時と似た状況で太宰が拒まなければ、キスぐらい簡単だろうと思っていた。最悪強引に迫ればどうにでもなると思っていたが、その路線も潰えたことになる。
これだから中也は嫌いなのだ。ちっとも太宰の思い通りにならない。
「君だって、したいでしょ」
何を、かはぼやかしたが、中也にはしっかりと伝わった。
「拒んでたのは手前の方だろうが」
「拒んでたつもりはないんだけど
……
なんていうか、照れ臭くて?」
「んなわけあるか」
正直に理由を話せば間違いなく機嫌を損ねてしまう。そんなことは百も承知だ。事前に用意してきていた理由を伝えたが、相棒はそう簡単に騙されてはくれなかった。わざわざ頬を赤らめて上目遣いまで追加してやったというのに。多くを説明せずとも伝わるのは仕事ではとてもありがたいのだが、プライベートでは都合が悪いことの方が多い。
「嫌なの? 僕とするの」
「そうは言ってねぇだろ」
「じゃあいいじゃん。しときなよ」
「この流れでできるか」
「じゃあどんな流れならできるの」
「それは、ほら、」
中也は口籠ると、太宰の髪をゆっくりと梳かして、額をこつんとぶつけた。瞳の奥の奥まで見透かすように、真正面から覗き込まれる。
確かに中也はムードとか気にするタイプだよね、と納得して、静かに瞳を閉じる。目的が達成されるならこれくらいは乗ってやろうと思った。
「手前が白状して謝罪したら」
けれど降ってきたのは唇ではなく、ムードのムの字も感じられない刺々しい声だった。目を開けると、待っていたかのように額にデコピンが飛んでくる。
「いったぁ〜〜っ!」
容赦のない痛みに額を押さえて悶絶する。
「どうせ俺を弄んで面白がってたんだろうが」
「わかってるならもうそれでいいじゃん」
面白がっていたというのは多少語弊があるが、「可愛いと思っていた」なんて口が裂けても言えるわけがない。
「まだ謝罪は聞いてない」
「はいはい、悪かったね」
「手前謝る気ねぇだろ」
またも何かしらの攻撃が飛んできそうな気配を察知して、慌てて両手を挙げて降参のポーズを取る。
「あるってば! ごめんなさい!」
叫ぶように言うと、今度は訝しげな視線が向けられる。警戒しているのか、一歩分距離まで取られてしまった。
「何を企んでる?」
「企んでないよ。強いていえば君にキスしてもらう方法ぐらい」
「
……
マジで?」
「マジだって」
けれどやっぱり信じてはいないようで、探るようにじろじろと角度を変えて観察されている。
「ねぇ、キスしてよ。ダメ?」
結局中也はこういうストレートなお願いの方が効くようで、わかりやすく動揺が露わになった。覚束ない動きでゆっくりと顔が近づいてきて、ちょこんと唇と唇が合わせられる。唇の柔らかさは待ち望んでいたそれなのに、それで終わりだった。初めての時は無遠慮に舌を入れてきたくせに、今更幼稚園児みたいなキスをされると逆に気恥ずかしくて堪らない。
なんだこれ、なんだこれ。
心臓が無駄に速く動こうとするのを押し留めると、酸素が足りないのか意図していないのに頬が赤く染まってしまった。
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