仕事を終えて外に出ると、もう空は明るくなり始めていた。殲滅任務を終えた時にはまだ深夜と言える時間帯だったが、後片付けに奔走している間に随分と時間が経っていたらしい。
家に帰りつくと、部屋はしん、と静まり返っていた。玄関には見慣れた靴が並んでいたから、太宰は部屋にいるのだろう。一晩中働いていたからか神経が興奮していて、疲れているはずなのに眠気はちっともなかった。逆に、久しぶりに太宰の気配を感じたのと相俟って性欲がむくむくと湧いてきた。
ふらり、と惹かれるままに寝室に足を向ける。案の定太宰は寝台の上ですうすうと健やかな寝息を立てていた。カーテンの隙間から差し込む陽の光が柔らかに寝顔を照らしている。今日はよく眠れているらしい。こんな時間でも起きていることもあれば、小さな物音で起こしてしまうこともある。安心し切った穏やかな寝顔を見ると起こすのは忍びないが、触れたくて、味わいたくて仕方ない気持ちも同時に湧いてくる。
葛藤の末、キスぐらいは許されるだろうと寝台に体重を載せる。スプリングが揺れた拍子に太宰がぼやりと目を開けた。勢いづいた身体は止まれなくて、そのまま真っ直ぐに太宰の唇に自分のものを合わせた。
触れるだけのつもりだったが、目を覚ました太宰はすぐに状況を理解した。応えるように開かれた唇に舌を入れると、柔らかい舌が緩やかに絡みつく。まだ完全に覚醒していないからか性急さはない。ねっとりと優しく口内を刺激する。寝起きでいくらか体温が高い。
もっとほしい。もっと。
太宰が離れようとするので、惜しみつつも唇を離す。お互いに小さく息が切れていた。完全に覚醒したらしい太宰と真正面から目が合って、再び食らいつきたくなるのをなんとか押し留める。
「シたいの?」
「いいのか?」
太宰はちらりと壁の時計に目をやって、頷いた。
「今日仕事だから、1回だけね」
太宰の腕が中也の首に回される。中也はそれに気をよくして、太宰の首筋に齧り付いた。
◇ ◇ ◇
まだ夜も明けきらない内から中也と交合した所為で、出勤前だというのに身体は穏やかな疲労に包まれていた。しばらく振りに性欲を発散したおかげで気分はすっきりとしていたが、叶うことならもう1、2回は楽しみたかったし、それが無理ならあのまま中也の腕の中でもうひと眠りしたかった。
それらの誘惑を全部振り切って渋々シャワーを浴びに行ったのは、最近遅刻続きで国木田の怒りが頂点に達しそうだからだ。昼の仕事も人助けも気に入っているが、前職の自由度だけは未だにしょっちゅう恋しくなる。
中也は、先にシャワーを浴びて朝食の支度をしている。その手付きに危なげなところはないが、何度も大欠伸を繰り返していた。先程までは太宰の上で元気に腰を振っていたが、あの時間に帰宅したということはおそらく徹夜だろう。その割にはあまり眠そうでないのが気に掛かって朝っぱらから励んだわけだが、ようやく身体が疲れを認識したらしい。
「眠いならもう寝たら?」
「あー? でも腹減ってるし」
「あ、そう」
「それに久しぶりに手前と顔合わせたんだからもうちょい一緒にいたい」
さらっと漏らされた言葉に柄にもなく心臓が跳ねた。普段はお互い意地を張り合っているから絶対にそんなことを口にしないが、眠い時の中也は多少口が軽くなるのを知っている。だからあれは、おそらく中也の本音だ。滅多にないそれの上手い躱し方がわからなくて、誤魔化すように「食べたら早めに寝なよ」とだけ伝えた。
もう付き合いも長いから、お互いにそういう気持ちを抱いているという事実は受け入れている。けれどだからといって、直接的に言葉にされるのはまた別の問題だった。中也に向けられる想いと真正面から向き合うのは、まだ早い。もう少し、見て見ぬ振りをしていたかった。
他愛のない会話を交わしながら、向かい合って朝食を摂る。こうやって2人で食事をするのは、確かに久しぶりだった。眠気なんて忘れてしまったみたいに元気にもりもりと食べているから、太宰も釣られていつもより少しばかり食べ過ぎてしまった。
朝食を終えると、中也は一転してすぐにでも眠ってしまいになった。瞼はとろんと半分落ちかかり、話しかけても反応は鈍い。性欲に食欲に睡眠欲。あんまりにもわかりやすくて笑ってしまう。
それなのに、出社する太宰をわざわざ玄関まで見送りに来た。見送りどころか「さっさと行け」と雑に追い出され、出発の挨拶すらままならないことだって珍しくはないのに。
「ちゃんと寝台で寝なよ」
「おー」
欠伸を噛み殺しながらの返事はどうにも心許ない。元気と健康だけが取り柄のような男だから、床で寝たところで大した影響はないのかもしれない。疲れている時ぐらいはきちんと寝台で寝てほしいという太宰の想いは、ちゃんと伝わっているのだろうか。伝わっていたらそれはそれで気恥ずかしいので、どちらでもよいのだが。
でも、今ならきっと大丈夫だろうと確信できる。
靴を履き、閉じそうな瞼をゴシゴシと擦る中也に向き直る。三和土との段差で普段より少しだけ縮まった身長差を、さらに縮めた。掠め取るように唇を合わせた時間は1秒にも満たない。
きょとんと見つめ返す中也は、何をされたかきっとわかっていないだろう。帰ってくる頃には忘れているかもしれない。それくらいで良かった。いってきますのちゅーなんて、普段なら恥ずかしくて絶対にできやしない。
だから中也が眠くて眠くて仕方がないのだとわかる時にだけ、騙し討ちのキスをする。
「行ってきます」
「おー、行ってらっしゃい」
朗らかに微笑まれて、太宰も釣られるように笑顔を浮かべた。玄関から、外の世界へ足を踏み出す。今日は早く帰って、今度こそちゃんと、覚えていられるキスをしよう。
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