基線◯号
2024-05-24 11:53:01
1041文字
Public エッセイ
 

エッセイを書いてみてわかったこと

結構内省的な作業が大事になってくる

 前回、エッセイ(行動記録と表現した方が適切かも)を実際に書いてみて、いくつか気づきを得ることができた。今回はこの気づきを文章化してみようと思う。そのため、今回もエッセイというよりは備忘録・行動記録の要素が強くなっていることをご容赦願いたい。

 まず、構成段階において使用する付箋は想定よりも大きくてよい、ということである。前回も書いたが、私は構成の段階で縦5センチ✕横7・5センチの付箋を使用している。この大きさの付箋を使用することにより、対立構造(Aに反論する形を取るBというような構造)や階層構造(Aを補完する形を取るCというような構造)を含んだ1つの意味上のかたまり(センテンス)を1枚にまとめておけるメリットがある。加えて、実際に書く際には話をそらさないためのガイドラインとして、書き終わったあとにはエッセイの内容を簡単に振り返る道具としてとても便利である。

 また、当初私はあらかじめ紙に書いた初稿を修正するために、縦2・5センチ✕横7・5センチの付箋の使用を考えていた。このやり方を採用すると、修正前の文章をそのままの形で残し、修正の記録もわかりやすくできると信じて疑わなかったのである。しかし、この方法は同じ場所に対して何度も時間をかけて修正を行う場合には良いかもしれないが、実際のところは、スピードを重視して小規模の修正を1回やれば充分だとわかった。そのため、現在はより簡単な青ペンを使用した修正の仕方を採用している。

 加えて、エッセイを書くに至った理由・動機についても構成の段階でしっかり言語化を行う必要性を感じた。前回の文章はこの部分を怠ってしまったために、構成に落とし込んだ部分に到達するまで考えながら書いていた。理由・動機のところは文章全体のツカミに相当するため、よく練っておく必要がある。私のような当意即妙が効かない人間ならなおさらである。

 最後に、これはおそらく1番重大なことだと思うのだが、感想が欲しくなってしまった。こうなるとは思いもしなかったが、書き続けるモチベーションの一部分として感想を欲している自分を見つけてしまったのである。私には孤独を貫き続けて執筆をする才は無かったのである。

 ここまで気づきを書き出してきたが、心境の変化を喜んでいいのかどうかがわからなくなってきた。ただ、今の私にとっては、良い方向への一時的なグラつきとして信じておくことにしようと思う。おそらく、そうしないと書き続けることはできないと思うから。