西尾六朗
2024-05-23 22:47:06
3305文字
Public Beyond The 10 Stars
 

上手な炎の育て方

【The road to 10 stars】の後、カルデアのイドぐだ♀の日常。
前向きに未来の話をしよう。

「色々考えてさ。提案するから聞いてくれる?」
 そうマスターが切り出したのは、全ての業務が終わった就寝時間。
 裸足の足をベッドからぶらぶらさせながら見上げた巌窟王は、重たい装備品のいくつかを解除したくつろぎモードだ。仮面こそそのままだが、帽子や外套や義手や剣、硬いあるいはかさばるものを取り去った格好になると、心なしか和らいだ雰囲気になるのが嬉しい。
 だが、表情は訝しげだ。読んでいた本を器用に片腕で閉じて、彼は首を傾げた。
「何の話だ」
「キミが燃え尽きちゃわないように対策の話」
 途端――
 巌窟王の目はすっと細められ、唇は引き結ばれた。聞こう、と、椅子から立ち上がり隣に座る。
「現時点において、消失の実感は無い。だが何時とも知れぬ。何かしらの方策を思いついたのであれば共有すべきだ」
「あ、そこまですごい名案ってわけじゃなくって……
「構わん。おまえの案ならば、根拠は無くとも信用に足る」
 真っ直ぐ答える彼の信頼の深さがすごい。
 まだ雑談というか、その程度の話だったんだけどな――とは今更言えなかった。頬を掻きながら、じゃあ、とマスターは口にする。
「先に確認したいんだけど。そもそもさ、炎。その燃料って何なの?」
 何となくの答えはもう出ているものの、正誤を得たいがための問いである。すると巌窟王は右手でもって自らを指さした。
「無論、私自身だ」
「だよね。じゃあキミを構成するものは?」
「おまえに対する情だ」
「おおう即答」
 恥ずかしがったりしないらしい。こっちの方が照れる。
 どうにも彼は吹っ切れたというか、互いの想いと未来を交わし合ってから前向きになったように思える。あと、以前のように濁したり難しい言葉で弄うのが減った。
 これも、エドモン・ダンテスからモンテ・クリストに至った末の変化の一つなのだろうか。
 いずれにしても喜ばしく、かつ話が早いので助かるマスターだった。
「自惚れじゃなくてよかったよ。つまり、あれだ。わたしに向けてくれる気持ちとか。心配とか。愛情?的な? やつだよね? それがキミの構成要素で、燃焼の材料そのもの」
 巌窟王は頷く。マスターもよし、と頷いた。本題はここからだ。
 どうすれば彼が燃え尽きないで済むのか。
「じゃあさ、わたしがキミにいっぱい気持ちを注いだら、それって燃料の追加になる?」
――
 沈黙。
「え、ここで黙る!? さっき即答してきたのに!?」
「いや、……続けろ」
「ちょっと笑ってんじゃん! 何、見当違いならそう言って欲しいんだけど!?」
 引き結んだ唇の端が僅かに震えているのをマスターは見逃さなかった。
 一つしかない瞳は斜め下を向いて悟らせまいとしているが、左目の虚孔、そこで燃えている燐光が結構な激しさで揺れている。明らかに笑っている。それくらい分かるのだ、あの炎は実はものすごくお喋りなのだから!
 軌道修正。説明する、と、マスターは大きな声で宣言した。
「つまり、燃えることを止めたりしないってこと! だってキミはわたしの為に、わたしの道を切り開く為に帰ってきてくれたんじゃん! それをさ、燃え尽きちゃうかもって理由で引っ込めておくのはあんまりでしょ? 戦力としては大いに頼りにしてるんだからさ!?」
「ああ、そうだな。それで?」
「笑いながら相槌やめて!? で! その上でわたしが出来ることって燃料の継ぎ足しなのでは? っていう結論に至ったわけよ! もうあれだ、ガンガン燃えるなら追加すればオールオッケー、みたいなね!? だからわたしがキミをも、求めて」
 いったん渇いた喉で唾を飲む。巌窟王の左目は相変わらず燃えている。
――ここに居てって、願う気持ち。それで少しでも長く居られるとか、そういうことも可能なんじゃないかって」
 そう、出来ることは少なくて。
 マスターとして戦う以外に、自分は何が出来るだろうと考えたら、それは諦めないことだと思い知った。
 繋いだ縁を頼りに再会出来た。なら、ばかみたいに心の底から求め続ける感情は力になる。そう信じている。
 彼が目の前に存在していることが、その力の証拠なのだから。
「沢山想うよ、今までよりもずっと。
 だからさ、キミも、」
「もう良い」
 良く分かった――と。
 囁きは近距離で聞こえた。右腕で肩ごと引き寄せられ、マスターは胸元に抱かれていた。
 十四の石とやらが頬に当たる。不思議と暖かい。感触こそ痛いが、温度は心地よかった。
 見上げると、左目の炎はくすくす笑っていなかった。仮面の奥で瞳を細めるように、優しく輝いていた。
「おまえの情は伝わった。笑った事を詫びる」
……ほんとだよ。こっちは真面目に提案してるのに」
「あまりにも必死に語るものだから、な。だが誤りは無い。
 おまえの望む力は、確かに私を引き留めるだろう。もとより想いで呼ばれた存在であるのだからな。だが、それも絶対ではない」
「だから保険を渡したって言うんでしょ。でも、それって最後の手段だから。わたしはそうしたくないしつもりもないし」
「分かっている。なれば私も足掻こう」
 肩を抱いていた手が、髪に触れる。爪まで真っ黒に変色した右手が、慣れた動きで毛先を擽る。
「長く留まれぬ身。いずれ影となる炎。だが、愚直に願い無様に縋ろう。
 一秒でも長く傍に在ると。私の諦観がおまえの希望に水を差さぬように」
(そう、そうだよ)
 うっとり、髪を撫でられながらマスターは思う。
 諦めないで欲しい。同じ強さで、同じことを願って欲しい。
 脱獄できるのは一人だけ。先を征けるのは一人だけ。巌窟王の在り方に深く刻まれているその絶対を、打ち破って欲しい。以前の彼になら難しいことでも、今ならできるとマスターは信じている。
 もう何一つ諦めたくはない。
 強欲で頑固で我侭なこの在り方であってこそ、巌窟王の共犯者足り得るのだから。
「後、一つ感謝を述べる」
 満足に目を閉じたマスターに、囁きがもう一つ降ってきた。
 何、と問い返すと、喉笑いと共に、喜ばしさを口調の端にひっかけたご機嫌の良い声が続く。
「燃えるな、と。命じぬ我が主の采配に感謝を」
 それだけは肯定出来なかった、そうされるかもしれない可能性は考えていた、と、巌窟王は言った。
「身を案じるが故に温存されるなど、真っ平だったのでな。それは私の存在意義に反する。
 存分に使い、存分に薪を継ぎ足してくれ。こちらも遠慮せず炎を振るう。おまえの道を創る為に」
「おまえの、じゃなくて、二人の、にしてくんない?」
「道理だ。では我らの。――おまえと私が共に在る為に」
「よろしい!」
 にっこり、マスターは笑って見せた。
 また一つ、二人の間で結び目が強くなった気がする。数奇な出会いで繋がれては解け、時には切られて、掴んで繋いで。もうぐちゃぐちゃに絡み合ったそれを、更にぎゅっとした気分だ。
 優しいハグをやんわり解いて、マスターはしっかり、巌窟王と向き合った。
「じゃあ、願いの力ってやつを高める為に、すっごい前向きな話をしようか」
 ん? という顔をされた。ので、マスターは指をくるくる回して見せる。
 もう寝る時間なのは分かっているけど、話し足りない。夜通し語ってもまだ終わらない、希望に満ち溢れた話を、いましたい。そんな気持ちでいっぱいだ。
「全部終わったら何しよっか? 受肉したキミと結婚するのは絶対だけど、他にもしたいことが沢山あるんだ」
 例えば行きたい場所。見たいもの食べたいもの。
 過酷な旅が嘘だったみたいに平和になった世界で、何も背負わない藤丸立香が、巌窟王としたいこと。決してたられば話の切ない夢物語ではなくて、極めて現実的な未来設計として共有したい。
 そう願うと、巌窟王はまたしても、瞳を細めて少し笑った。
「聞こう」
 と、同じ言葉をまた、言って。
 寛いだ様子で足を組み替える。赤い瞳がマスターを見つめる。
 眩しそうな様子は相変わらずだったが、もう、遠くのものを見る目ではなくなっていた。