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ガイベル
2024-05-23 04:26:55
8638文字
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お話
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バジルの為に演奏するサニーを描きたかった去る2月へ
▪︎ ▪︎ ▪︎ ▪︎
「
……
招待枠?」
「そう、関係者招待枠
……
」
「い、行きたい!絶対!!」
思わずサニーくんの言葉に被せるように声が出る。
──これが一体なんの話かといえば。
サニーくんが次に出演するオーケストラコンサートの『客席のチケット』を用意してもらうかどうか、という確認だ。
……
そして、僕がなぜこんな食い気味な返事になっているかというと。
実はぼくは、バイオリンのプロとして活動を始めた後のサニーくんのコンサートに行った事がない。
……
正確には"行けた事がない"
……
という方が正しいか。
もちろんどの公演だって全部行きたかったし、行くつもりもあった。そのつもりで毎回準備して、動いてもいる。だけど。一度も行けていない。
何度も言うけど、一度もだ。
それを期間にして思うと。例えばぼくがサニーくんと一緒に住むようになったり。大事な彼との関係が、友達だけじゃないものに変化するくらいには時が経っているにも関わらず
……
、ということになる。
運が悪いにしたって、ことこの件に関しては、何かの力が働いているのでは、と疑いたくなるほどに縁がなかった。
原因としては、たとえば急な体調不良や怪我。公共交通機関の渋滞・遅延に巻き込まれる、開催地が断念せざるを得ない距離と日程
……
エトセトラ、etc
……
。
毎回誰のせいでもない理由で、泣く泣く参加することが叶っていない。そのあまりの不運ぶりを気の毒に思ったのか、サニーくんが家でぼくだけのために演奏してくれる事まで、あったくらい。
もちろんそれだって何より特別なことで。ぼくの今の立場とか
……
一緒に住んでいることを考慮したり、あるいはそれを差し引いたって。言うまでもなく大切な、すごくすごく貴重な。何にだって変え難い思い出になっている。
彼にわざわざそうしてもらえた事を思えば、もしかしたらそもそもがとんでもなく贅沢な悩みなのかも、とすら思ったりもするけれど。でもどうしたって晴れ舞台はみたいもの
……
じゃない?
こういう時のためにとサニーくんと一緒に作りに行ったスーツも、ぼくの方は全然出番が来ないことをクローゼットで嘆いている気がする。ほかに着る機会が中々ないから、仕方がないんだけど
……
。
「バジルが来てくれると、僕も嬉しい」
そう言って控えめに笑ったサニーくんの顔が目に焼き付いた。
ぼくは彼の仕事について、詳しいことまではよく知らない。けど、今のところは特定の団体に専属で所属するという感じではなくて、人づてに仕事を請けていることが多いみたい。だから今回みたいに少し大きめのコンサートに呼ばれる事もあれば、小さな発表会のサポートをしたり、いち個人宅にレッスンの先生のように教えに行ったりとか。あるいは施設などでのレクリエーションの一環に参加したりすることもある
……
らしい。そうして今は多方面に引っ張りだこ、という感じだ。だから彼は最近は家を空けている事もそれなりに多い。物静かでいて、それでも誰とでもすぐに打ち解けてしまうサニーくんは、人脈が向こうからやってくるみたいな所がある。つまりは、かなりの人たらしなのだ。
……
あんまり自覚は、ないみたいだけど。
そういったサニーくんの日々の活躍飛躍を、お友達や知り合い、はたまた何かの記事やレポートづてに知ることも喜ばしいけれど、やっぱり自分だって直接見たい。と、思う。だから流石に今度こそはと、思っているのだ。あんまり考えすぎるのも良くないのかな。でも今までのことを思うと期待が高まる反面、どうしたって不安な気持ちもついてまわる。
……
ぼくはどうにか落ち着きたくて無意識に、彼とお揃いの位置につけている指輪を撫でた。
▪︎ ▪︎ ♩ ♪ ♫
そしてやってきた、コンサートの当日。
心は"ついにこの日がきた"と"もう来てしまった"という気持ちをせわしなく反復横跳びしている。早めに支度を終わらせ、念入りに確認をして家を出た。
サニーくんはもう既に、本番前の打ち合わせやリハーサルのために先に会場へ行っている。
今日は他の知り合いや友達の都合がつかなくて、残念ながら会場に行くまでもぼく1人だ。だからもしかして今回も、辿り着くまでに何か起こるんじゃないか、最悪また辿り着けないんじゃないか
……
と、不安でこわごわとしていたけれど。
まるで今までが嘘みたいに
……
──いや、本当はこれが普通、なんだろうけど!
すんなりと会場に入れてしまった。
しつこく、何度も場所と席を確認する。
……
間違いない、大丈夫。
ふう、とひとつ息を吐く。
用意されたその席はステージから近すぎず遠すぎず、でも奏者の表情までしっかり見えそうな。結構
……
、いや、かなり良い席な気がする。
そうしていざ大きな舞台を見ると、これから自分がそこに立たされるわけでもないのに、なんだかすごく緊張してきた。でも、そうか。今日ここで彼は、演奏するんだ。
……
がんばれ、サニーくん
……
!
♪♬♩
照明が落とされ、ステージだけが煌々と光る会場の中、数時間に及ぶコンサートは順調に、滞りなく進んでいく。
心が揺さぶられるような素敵な演奏にじんわりとしたり、ドキドキしたり。この上なく幸せな時間が流れて、この時間がいつまでも終わってほしくない、とすら思った。
そして最後の曲の終盤、にわかにバイオリンのソロパートが差し込まれる。ぼくはあまり曲の流れとか構成には詳しくなかったから突然の事に思わず声が出そうになったけど、ギリギリで堪えた。
光を絞られたスポットライトが奏者を照らしている。もちろんその先にはサニーくんがいて、凛とした雰囲気で演奏をする彼の姿はとても美しくて、息を呑むほどかっこよかった。
胸を締め付けられるような切なさと暖かさを感じさせる曲のさなか。彼がおもむろにこちら側の客席へ目を向けると、精悍な鋭いその視線が一瞬、花がほころぶように柔らかくなり
……
そして、フッと優しく笑った。
それはぼくにとって、瞬きも忘れるほどの光景だった。
流れる曲と共に、また弦が弾かれるときには彼の視線はバイオリンの方へ向き直り、元の真剣な顔つきに戻っていたけれど。思いがけない甘やかなサニーくんの表情は、観客の心を魅了したに違いないと思ったし、それに
……
。
それに、ぼくの心にも大きな爪痕を残した。
♫ ♩♪ ▪︎ ▪︎
鳴り止まない拍手に見送られて出演者たちが退場していく。彼の出演するコンサートをようやく見ることができて本当によかったと思えたと同時に、とんでもないものを見てしまったような気もする。あの瞬間から、心が射抜かれてそのまま、椅子にはりつけにされてしまったみたいだ。
少し間を置いて全てのプログラムが終了したというアナウンスが聞こえてきてからも、ぼくはしばらく立ち上がることも、動くこともできなかった。
もちろん始まりから全て素晴らしかったのは言うまでもない。
……
それでもやっぱりあの一瞬の彼の姿を思い出す。あの表情を。あれはきっと自分だけに、自分のためだけに向けられたものだ!
……
なんて。烏滸がましくも素直に自惚れられたら、良かったのかもしれない。
……
でも、今までこの光景を一度も見ることのできていなかった自分が、全てを見た事のない自分が。傲慢にも、今更どうしてそんなことを思えるだろうか。そんな事が、どうしても脳裏をよぎってしまった。ぼくが今日、初めて目にできたこれは。大切で特別な一度目の演奏会は。彼にとっては日常のひとつでもあるのだ。それをわかっているからこそ、ひどく動揺してしまった。
──ようやく念願の晴れ姿を見る事ができて、なにより嬉しいはずなのに。嬉しかったはずなのに。心の中心でどろりとした独占欲が頭をもたげていることに気づく。そんなこと、自覚したくない。いやだ。嫌だ。だめだよ、でも。全然、だめだ。大丈夫じゃない、かも。
どうして。
自分のたったひとつの特別が、当たり前のように評価されることを、手放しに喜ぶ事ができないなんて。想像もしていなかった。知らない間に広がる彼の世界を。ずーっと隣で、知った気になっていただけだったかもしれない
……
という、自分の無知と厚顔を。今更突きつけられたような気持ちと。
彼の全てを自分だけが知っていれば良かったのに、だなんて子どもみたいに思う事。バカみたいな考えだって笑われるかな。自分でも今、この暴れている心が幼稚な癇癪だってわかっている。ずいぶんとあさましく、欲張りになったものだ。
……
ぼくはなんてことを考えている?
ぼくのこんな気持ちをサニーくんが知ったら、今度こそ嫌気がさして、置いて行かれてしまうだろうか。
彼の言ってくれた言葉を、これからも一緒にいてくれるっていう約束を、信じていないわけじゃない。
でも、約束というのはごく薄い氷の上に立つようなものだということを嫌でも知っている。嫌だけど
……
覚えて、いる。
自分のせいで人の心が変わることも、大事な人に置いていかれることも。その感覚も。
……
ああ、またぼくは自分のことばかりだ。己の事しか、考えられてない。
「はは
……
」
誰にも言えないような複雑な気持ちの時でさえ、笑えてきてしまうなんて。変なの。
▪︎ ▪︎ ▪︎ ▪︎
なんとか気を取り戻してホールを出ると、他のお客さんたちや演奏を終えた出演者たちがいたるところで談笑していた。ぼくも、できれば帰る前にサニーくんに少しだけでも会って、労いの言葉の一つくらいはかけられたらいいな
……
。とは思いつつ、頭の中ではさっき見た光景への動揺と、ままならない気持ちがまだ色濃く残り、へばりついていた。
キョロキョロと辺りを見回していると、パッとすぐに自分の視界が彼を捉えた。探さずとも自然と目に飛び込んでくる、太陽の光のようなサニーくんの顔。
今は演奏していた人たちの何人かと一緒にいるみたいで
……
とりあえず邪魔にならないように、遠巻きで様子を伺う事にした。こそこそしてしまうのは変かもしれないけど、あの場に自分から近づく勇気と気力は、今の自分には残っていなかった。
和やかな仲間内の雰囲気の中にいる彼は、会話の中心というわけではなくとも、時折肩を組んでバシバシ叩かれたり、発言を促されているのかうりうりされたりなどしている。サニーくん本人も、無事公演が終わったからなのかどことなく嬉しそうな表情をしているように見えた。
……
いいな。
って、違う違う!ぼくは余計な雑念を振り払うように頭をブルブルと振った。
そうやって彼の方を見ていると、ぼくに気づいたサニーくんが輪を外れ、少し早歩きでこちらにやって来る。
「
……
バジル!」
珍しくいつもより少しだけ上気した顔をして、ぼくの名前を呼ぶ。
『どうだった?』というような、期待のこもった眼差しでこちらを見ている。
ぼくはすぐに『すごかったよ、かっこよかった、素敵だった!』って、何よりまず伝えなくちゃ、と気が焦る。
──でも、それなのに。開口一番出た言葉は。
「サニーくんっ
…
、は
……
。いつも、あんなことしてる
……
の?」
「?
……
うん、仕事だし
……
?」
サニーくんは戸惑いながらも、不思議そうな顔で答えてくれる。
「そ、そう
……
、そう、だよね!」
……
そうなんだ。
彼の返答を少しも喜ばしいと思えなかったくせに、ぼくの顔は勝手に笑顔を作る。
……
ぎこちなかったかもしれないけど。
でも、あんな。サニーくんの、滅多にお目にかかれないような、
……
見た人全員の、みんなの心を奪ってしまうような姿を。みんなが、一瞬で彼に恋に落ちてしまうようなことを、いつも?いつも、しているんだ、と思ったら
……
。
……
いや、そうじゃなくて!そんな事を考えたいわけじゃ、
……
。
それより、今日のきみが、君たちの演奏がどんなに素晴らしかったかって、早く言わなきゃ。ようやく見ることができてどんなに嬉しかったかって。その気持ちだって嘘じゃない、本心だ。それを言いに来たのだから。なにをしてるの。
でも、だって。
頭の中は大洪水が起きたように言葉の濁流が起きているのに、肝心の声は、喉の奥に張り付いたように出てこない。胸か胃かわからないが、内臓までぐるぐるしている気がする。どうしよう、だめかも。
なかなか二の句を紡げないぼくの様子に、流石にサニーくんの表情にも困惑の色が乗り始める。
違う、そんな。まって、でも。
ああ、こんなことになるならいっそ、とっとと帰ってしまえばよかったのか。
見ないでほしい。
……
見ないで。
────どうか誰も、彼を
……
、ちがう。
……
サニーくんだけは。ぼくのこんな心に、気づかないで。
「あ
……
!」
「
…………
!」
心配そうにぼくの手を取ろうと伸ばされるサニーくんを避けるように、思わず一歩後ろに下がってしまう。
彼に触られることが嫌だったわけじゃない。そんな事、あるわけがない。でも、サニーくんが直接触れたところから自分の中にあるドロドロとした気持ちが、
……
醜い独占欲が伝わってしまうんじゃないかと思って、怖かった。
「おっとサニー、お疲れ様!」
第三者の声で思考が現実に引き戻される。反射的にそちらに目を向けると、出演者の女性のひとりに声をかけられたようだった。今日たしか
……
、ピアノを弾いていた人。
ピシリとしたとても綺麗な姿勢で、人好きするようなニコニコとした笑顔をしている。彼女が来ただけでパッとこの場の雰囲気が何段階も明るくなったようだった。
人前に出る仕事をしている人って、みんな堂々とした立ち振る舞いで素敵な人が多いなあ
……
、と少し圧倒された。正装をして堂々と立つ彼らの周りは、一層キラキラとして見える。
……
かっこいいな。
彼女がこちらをまっすぐ見つめて挨拶をしてくれる。
「はじめまして、こんにちは」
「あ
……
こ、こんにちは」
一応自分も普段より小綺麗にはしているものの、なんだか立ち並ぶのは場違いなような気もして恥ずかしくなり、つい目線が下に向く。無意識に肩にかけている荷物の紐をきゅ、と握りしめた。
「! ちょっといいかな。彼を借りるね、サニー」
そう言って彼女はぼくの背に軽く手を回し、サニーくんから少し離れる。何か気に障ることでもしちゃったのかな
……
。どうしよう。
そんなぼくにかまわず、彼女は内緒話をするかのように声を顰めて話し始めた。
「あなた、サニーの大事な子でしょう?」
「え?えっと
……
」
突然のことになんて答えたら良いのか分からない。それに、サニーくんが自分の交友関係を積極的に話しているイメージもわかない。
「今日のサニー、凄かったでしょ。普段はあんな感じじゃないから、私たちもびっくりしたんだよ」
「え、あ、そう
……
、なんですか?」
彼女の意図がうまく掴めずにいるぼくを待たずに、話は続く。
「あんな表情ができるなら、普段からもっと出してくれればいいなーと思っちゃったけど。まあ演奏には問題ないから、それは私たちの欲張りかな。」
とおどけたように肩をすくませた。
「
……
あんまりピンとこないかな?ごめんね、あんまり話は上手くなくて。
……
舞台から、会場に来てくれてる人たちの事って意外と見えるんだよね。あそこに家族がいるなとか、あの人は前のコンサートにもいたなとか。結構、わかるの。だから、サニーが今日あのパフォーマンスができたのは、絶対サニーにとって特別なあなたが来てくれたからだ!
……
って思った、って話。あなたからも、見えたでしょ?あの笑顔」
そう言って嬉しそうににっこり笑った。
「
…………
。」
……
もしかしたら、さっきまでのぼくたちの空気から何かを察して、気を遣ってもらったのかもしれない。でも初対面の人にとてつもないフォローをされた事はわかるから、すごく恥ずかしい。顔が熱い。
「あ、あの
……
、ありがとう
……
ございます
……
」
なんとか声を絞り出したぼくの様子に、楽しそうに彼女がふふふと口に手を当てて笑いながら話を続ける。
「だってね、それに
……
、サニーったら今日
……
」
「! え、なんですか
……
!?」
自分の知らない時のサニーくんのこと、聞かせてもらえるならなんでも、もっと知りたい
……
!と思い、思わずぐいっと食い付いてしまったが、その話の途中で反対側に腕を引かれてよろける。
「あの
……
、あんまり、くっつかないで」
ぼくの腕をしっかり掴んだサニーくんのその言葉にハッとする。
……
確かに初対面の女性にあんなに身を乗り出すような姿勢は、すごく失礼なことだったかもしれない。ぼくも気が動転して、それに気になる内容だったからつい、やってしまった。慌てて彼女に謝る。
「ご、ごめんなさい
……
!」
「わあ、これは失礼。じゃ、馬に蹴られる前に退散するとするわ。他に挨拶に行かなきゃいけない所もあるし」
「お疲れさま」
「うんうん、サニーもありがとう。今日はもうこっちでやっておくから!気にせず、ゆっくり休んで。2人ともまた会いましょう。じゃあね!」
ぼくの挙動の不審さも特に何も気にしていないようで、"仲良くね♡"とウィンクし、最後までにこやかに去っていく。その勢いが突風のようで、しばし2人で呆然と立ち尽くしたまま彼女を見送った。
「
………………
。」
「えっと
……
片付けとか、参加しなくていいの?」
「
……
うん。今日は帰っていいって」
「
……
す、素敵な人だったね」
「あの人は既婚者で子どもが2人いるよ。すごい元気」
「そうなんだ。
……
ふふ」
ぎこちなくしてしまったサニーくんとの空気も、明るくかき混ぜてもらえたことで少しホッとした気もする。おかげでぼくも気持ちの切り替えができた。それに、仮にあれが方便だったとしても。あんな良い人に"サニーの特別だ"と言ってもらえたことがむず痒くも嬉しくて、思わず表情が緩む。へへへ
……
。
そんなことを考えていたら、サニーくんになぜだかジト
……
とした目線を向けられた。
そうだ、そもそも彼に今日の感想を伝えるという大事な話の途中だった
……
。
「あっ
……
サニーくんも、今日はとっても素敵だったよ。感動しちゃった」
「
…………
とってつけてない?」
少しムス
……
とした表情のサニーくんが言葉を返してくる。
「まさか!夢にまで見た舞台だよ。ようやく見られて、本当に嬉しかったに決まってる!サニーくんがすごくかっこよくて
……
!あのね、うーん、ええと
……
なんて言ったらいいのかな。えっとね!じゃあまず一曲目から
……
!」
いそいそと曲目の載ったパンフレットを取り出しながら今度こそ水を得た魚
……
ウサギの上り坂のように話し始める。
「
……
そこから始まるなら、もっと落ち着いた所で聞きたいかな」
ようやく本調子に戻ったようなぼくの語り口にサニーくんの表情も柔らかくなって、ぼくの手を取って歩き出す。先ほどの話から察するにこの後は特にすることもないと言っていたし、もう帰るんだろうか。
……
一緒に帰れるなら、嬉しいな。
「今日はゆっくりしたかったから、もう何もしなくていいように近くのレストランとホテルを予約してる」
だからそこでゆっくり話を聞かせて。
そう言って、サニーくんはぼくの手を引いた。思いがけない発言に動揺して、またぼくの言葉が止まる。しっかりと繋がれた彼の手には当たり前のようにぼくと同じ位置に指輪があって。それで、ぼくはまだもうちょっとだけ自惚れていても、
……
自惚れたままでも、許されるのかな。と思った。
それでも、やっぱり。
本当はあんなに素敵な君のことを、誰にも見せたくないくらいだった、なんて。もっと軽い気持ちと言葉で言うことができたら良かったのに。柄ではないことはわかっているし、それをぼくが音にするにはやっぱり重すぎる気がして、どうしても伝えることはできなかった。
無言で手を繋いで歩いている道すがら、ふいにぼくの方に振り返って足を止めたサニーくんが何か言いたげに口を開いた。
「
……
バジルってさ
……
」
「え?」
サニーくんはぼくの方を向いてしばらくじっと黙った後、強く手を握り直した。
「
……
なんでもない」
と言ってまた歩き出す。
気になるところで止めないでほしい。
「な、なに
……
?」
「ううん。
……
そうやって、今日来てくれて、良かったなって思っただけ」
「
……
?
……
うん。ぼくも
……
本当に、今日来ることができて良かったって、思う。」
…………
伝えたい事も、言えた事も、言えないでいる事も、わからない事もお互いの中にきっとたくさんあって。
失うのが怖くて言えなかったり、傷つくのが嫌で聞けなかったりする事もまだ、やっぱりあるけど。
それでも。これからも、もっとたくさん思い出を増やしていけたらいいなと思った。
願わくば、ずっと君の隣で。
Fin.
____
投稿日を7月中旬にすれば良かったかなと考えないでもない
……
が、別に出し惜しみするものでもないので格納
ちょっと拗らせたくなってしまう癖がある。
2024/05/26
冒頭の会話の流れが意味不明だったので2人の話の起点を追記『──これが〜〜確認だ。』
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