【化菫】このご主人様帰ってくれない

ふせったーで書いたのをやや清書した化野くんと菫子さんのなんかメイドのノリと勢いのやつなお話。
※それっぽい雰囲気手前で終わります。

客や店員の楽しげで賑やかな声のない閑散とした店内。開店前の掃除がし易いようテーブルの上に逆さまに置かれ休憩している椅子たちが、時間外労働している椅子とテーブルの一角を奇異な目で眺めていた。

「折角なんで前見たくて見たくて震えてたって言ってた化野の兄さんにも見せましょうや姐さん」

突拍子なく楽しげに笑うシズクの提案からはじまった罰ゲームに近い所業。
「それではお願いしますね、菫子さん」
「くっ
不幸中の幸いは店内にいるのは菫子とメイド喫茶勤務のシズク、そして今回の主役である化野蓮だけ。
加えて有難い事にシズクが融通を利かしたお陰で開店前の早い時間帯に店を開けてもらった結果、只今化野のためだけの貸し切り状態である。
せめて前着た衣装よりもゆとりのあるものを所望したが断固としてシズクが譲らず今回も菫子が着ているメイド服はどこもかしこもパツパツだった。
微かに聞こえる布の悲鳴に耳をすませ、恥ずかしさから胸と太腿を手で隠すも隠すなぞ土台無理なグラマラスなボディを値踏みする化野は店内に入ってからまだ席についていない。
何故ならば菫子の口からあの台詞を聞いていないからである。

「ほら、さっき教えたの言ってください」

厨房から顔だけを覗かせ促すシズクに菫子の顔が一気に渋くなる。顔を逸らし口元に至っては思いっきり頬を横に引っ張り「イ」の形になってしまっている。
ちらり。閉じていた瞼を開け化野を見下ろす。身体全体から滲み出る期待感から花が舞っていた。いや、花なんてそんなメルヘンなものではない。そんな可愛らしいものじゃない、と思う。
だが、呼んでしまった手前しなくてはならない使命感が菫子を否が応に動かした。そうたとえ其処に自分の意思が無く、如何いうわけか化野をメイド姿で持成す事態になってしまっていてもだ。
「お、おかえりなさいませ。ご主人様……
火照っている熱が菫子自身でも分かる程に紅潮する頬。シズクから教えてもらった通りにスカートの端を持ちお辞儀をする姿はぎこちなく初々しさの塊。
刺さる層にはバチクソに刺さるふかふか恵体短太眉が羞恥に染まりしたくもない事をする姿に化野は満足げに頷き、視線を菫子から片時も逸らさずズボンのポケットからスマホを取り出した。
「恥じらいが素晴らしいですね。動画撮影したいのでもう一度お願いします」
とても真直ぐで純真な彼らしい言葉と声音が菫子の中から羞恥心を吹き飛ばす。
「ここから先は追加料金が発生するぞ」
お辞儀していた上半身を起こし、腰に手を添えジト目で見下ろす菫子に厨房から「ここそういう店じゃないんで駄目ですよー」とシズクの声が飛び。
「おひねりはこの隙間に入れればいいですか」
気にせず糸目真顔で今にも息絶えそうな白エプロンの隙間を指差し問い掛ける化野に菫子は腕組み仁王立ちで睥睨し。
「いかがわしい店を所望なら余所を当たれ小僧」
と吐き捨てたのだった。



「オムライスをふたつお願いします。あ、二個目は一個目が食べ終わったあとの提供で」
「何故案内をしていないのに勝手に席に着く」

「オムライスふたつねー」

とかく気にせず席に付き注文する化野に溜息を零す菫子の後ろからよく通るシズクの声が店内に響き渡った。
此処まできたら最後までやるしかない。覚悟という名の諦めに菫子が嘆息を吐くのに対して、テーブルに肘を置き指を組んで見上げる化野は終始ご機嫌だった。
「もしよろしければ、後ろ姿も見せてくれませんか」
「~~~此処まできたらままよっ」
半ばやけくそで菫子がその場で廻る。遠心力でふわり舞うスカート。背中の細かな意匠を目で追い、再び恥ずかしさから半分瞼に隠し睨んでいる菫子と目と目が合うなり化野の口元に三日月が浮かぶ。
「ありがとうございます。とても素晴らしい衣装だというのが十二分伝わってきました」
「そうかい」
「勿論一番はそれを着こなしている菫子さんですよ」
何の躊躇いもない隠す気もない好意を言葉を片目を開け言う化野に「世辞でも嬉しいな」と言いかけたその時、厨房からシズクが菫子を呼んだ。
呼ばれて向かえば鏡面仕上げされた銀のトレーに出来立てほかほかオムライスとケチャップボトルが置かれているのを渡された。真っ黄色の薄衣には赤色ひとつもない、つまり……
「ちゃんと教えた通りにやって下さいな」
「うーむ
まだかまだかと待ちかねる化野の席に向かう菫子の足は重い。トレーの上からオムライスをテーブルに置き、あまり乗り気ではないがそれでも手を動かしてオムライスに彩りを加えている間、なにか違和感を感じた菫子が顔を上げた。
ハートを描いている手元込みでスマホを向けている化野に菫子の眉間に浅い谷が形成される。
「どうぞお構いなく続けてください」
「君ってやつは本当に……
動画撮影を続ける化野が手で進めてと促す様に肩で溜息を吐くも菫子は最後のおまじない込みでやり切った。
ただ。
「注入された愛情が少なすぎて美味しさ半減ですね」
「は?」

「それじゃあ他のお客さんの前に出せませんぜ」

「出ないが!?」
二人からまさかの指摘が入り、勢いよく突っ込んだ菫子に合わせてメイド服が微かな呻き声を上げた。
不承不承。厨房に逃げ込みたいのを化野に止められ、彼の向かい席で頬杖をつきオムライスが消えていく光景を菫子は何んとなしに眺めていた。
品よく綺麗に完食した化野に「お粗末様」と言いつつ菫子が椅子を引き、自分と同じく休憩していた銀のトレーを掴み立ち上がった。
食べ終わった一個目のオムライスの皿を下げ、二個目のオムライスを運んできた菫子の瞳が化野の手に注がれる。
「録画はもういいのか」
「ええ。二個目はこの眼にしっかり焼き付けます」
「(だからふたつ頼んだのか……)」
呆れを通り越して称賛すればいいのかなんなのか。
しかし、変に録画されるよりかは大分マシなため菫子は先程よりも多少思いを込めハートを描き──かの呪文に備え深呼吸をした。
「(そこまでする?)」
「(そこまでするんだ?)」
化野とシズクの視線にすら気付かず気合いを入れ己を奮い立たせた菫子が両手でハートを象りオムライスに向かって唱え始めた。
「お、おいしくな~れ。萌え萌えキュン」
瞬間、呪文が終わるのと同時に菫子の胸元の衣服が弾け飛んだ。まろび出るたわわな胸。気持ち淡い胸飾りは見えないものの、殆ど見えてしまっていると言っても過言ではない。誰が天丼をやれと言った誰が、などと菫子は自分の脳内で突っ込みを入れる。
そんなあられもない菫子の姿をまじまじと見つめ、化野は至極真面目なトーンで心に産まれた感情を言葉に変換した。
「このオプションいいですね」
「これは事故だ
しみじみと言い眺める化野から隠すように菫子は自身の胸を隠したのだった。










「この前は散々だった」
どふり。クッションにうつ伏せになり沈みこむ。下の階に迷惑にならぬ程度に足をバタつかせ、そして床に沿って下ろした。
菫子の脳裏をご機嫌で「いやー。いいもの見せてもらった礼と詫びです」なんて涙が浮かぶほど腹を抱えては笑い顔を逸らすシズクからパツパツではない所謂クラシカルメイド衣装を押し付けられるかたちで渡されたのが過っていく。
恨めしい顔で部屋の一角。ハンガーに掛けられた衣装を睨み、フッと表情を和らげた。
腕立て伏せの要領でクッションから身を起こしハンガーに掛けられた衣装に歩み寄る。
「まあ、衣装に罪はない」
口では致し方ないという風に呟いているものの、沸き立つ衝動は実に素直なものでクラシカルメイド衣装に袖を通す菫子の顔から笑みがずっと消えない。
流石にゆったりとは言えないが、それでもパツパツで布地の悲鳴が聞こえてこない衣装に菫子が嬉しさから小さくガッツポーズをした。
「これは、中々イケているではないか?」
自分しかいない部屋の中、閉鎖された空間は気分を膨れさせ、変にテンションが上がってしまうというもの。
誰の目もない自分ただ一人の解放感から菫子はスカートを広げるように廻り、ノリノリでスカート端を掴んで「おかえりなさいませ、ご主人様」と艶やか声音で囁きお辞儀をかます──のを、如何いうわけか部屋に上がり込んでいた化野にバッチリ目撃されてしまい唇を内側に巻き込んだ。
「なにやってんすか」
「マジなトーンで言うのは勘弁してくれないか。というか何故君は私の部屋の中に入ってきている」
鍵の開錠はおろか玄関扉の鳴き声すら聞こえなかった。そもそも玄関が開けられた形跡自体を菫子は彼越しに覗き込んだ先で見つけられなかった。
まるで突然部屋の中に現れた違和感。化野とオカルト怪異の類に関わるようになってから肌で感じる得体の知れない気配にとても酷似している。
巡り巡る思考の渦、普段の菫子であれば好奇心から理詰めをしているところだが何分今彼女が置かれている状況がノイズになり果てる。ノイズ塗れの頭は上手く動かず、碌な命令を体に下せないでいる。
それを知ってか知らずか化野は菫子を揶揄せずに詰め寄っていった。
「そんな事より」
「そんな事より!?」
羞恥によってうなじまで真っ赤に染まった菫子が突っ込むのも厭わない。化野はコンビニで何かを購入したであろうビニール袋をそっと床に下ろし、背負っていたリュックの紐を片方ずつ外しながら菫子との距離を詰めていく。
一歩また一歩と近付く化野に只ならぬ気配を感じ後退った菫子の足元が床に落ちていた空き缶を踏んでしまう。急速に動く視界の中、バランスを崩して倒れる体は上手い具合にクッションが抱き留め頭を打つのを回避するも、化野が近付いてくるのを根本的に回避出来てはいない。
あまり開かない化野の瞳が影を従え見下ろす光景に菫子の喉が鳴る。いつの間にか相手が自分に覆い被さっている現状に何とか抜け出すべく菫子が動くが化野はそれを許さなかった。
起こす菫子の左肩を優しくクッションに再び沈めさせた化野がうっそりと微笑んだ。
「今の僕はあなたのご主人様ですよ」
わざとらしく低くひそめた囁き声に菫子はゾクリとした。夜闇でもはっきり見えてしまう荒野を駆ける狼の瞳が逃さないと物語る。
「冗談だろ……?」
それでも一縷の望みを期待して舌先に乗せた菫子の言葉は余計に化野の笑みを深める効果しかなかった。
菫子は戸惑いと焦りから益々頬を紅潮させ、そんな彼女の艶めき微かに震える唇に化野は自身の人差し指をあてた。
まるで、冗談ではありませんとも取れる行動に菫子の鼓動が速まり、唇に当てられていた人差し指が手がやおら服越しに体の輪郭を撫でじっくり這いまわる手付きに咄嗟に足を閉じようにも、それを見越してかふくよかな彼女の太腿の間に膝を入れた化野に阻止されてしまった。
……悪い冗談だ」
せめてもの悪足搔き。閉ざさせる効果なぞ殆ど無かった人差し指が退かされ菫子が震えた声で言うも、首元に顔を埋め始めた化野が熱を孕んだ溜息と共に彼女の頭蓋奥へ死刑宣告を吹き込む。
「僕はいつだって本気ですよ」
冗談なんてただの一言もあなたに言った覚えはありません。耳裏に鼻を埋め匂いを嗅ぐ感触に菫子が身動ぎ、化野はそれすらも愛おしいと云わんばかりに小さな笑い声を零した。
長いスカート丈を焦らすように捲り、中へ忍び込んだ化野の手が肉付きのよい柔肌な菫子の太腿に触れ伝わる彼女の熱を味わい撫でていき、本来あるべきものがある箇所まで手を這わすも指先は何も掠めず肌を撫でるだけに終わった。
「──ああ」
化野がひとり納得したと云わんばかりに菫子の太腿の付け根を指先でなぞる。
「積極的なんですね、菫子さん」
埋めていた顔を上げた化野の目に黄色い三日月がふたつ浮かび、満ち足りた声音に孕む夥しい程の劣情に否定の言葉を投げかける気力すら奪われた菫子はぎゅっと目を瞑る他なかった。
その子供染みた仕草に化野は思わず、プッと噴出し笑ってしまった。急に和らぐその場の雰囲気に菫子が恐る恐る片目だけ開け様子を窺えば、いつもの糸目で柔和な態度の化野が其処にいた。
張り詰めていた緊張感が消え安堵の溜息を吐き、「さて、悪戯は終わったか小僧」と皮肉たっぷりに言ってやろう。そう菫子は困り顔で起き上がろうとするも、一向に上から退かない化野に怪訝な目で睨んだ。
「いやいや。なに勝手に終わったって思っているんですか」
「は?」
困惑している菫子の頭を抱き寄せ頬を摺り寄せ呟く化野の言葉は甘く黒い。

「菫子さんのハジメテ。乱暴に貰うわけないじゃないですか。たっぷり優しく溺れるように病みつきになるように大事に大事に愛しますよ。痛い思いはさせないのでそこは安心して下さい」

化野の言葉に菫子は鎖骨付近まで真っ赤になっただけではなく、再び混乱に陥った頭が変な事を口走る指示を飛ばしてしまった。
「そ、そのなんだ……。あまり怖い思いはしたくない、出来れば思い出したくないような事は避けて、ほしい……
鼓膜を震わせる菫子のか細いお願いの言葉。その破壊力たるや化野の本音と建て前を容易に覆す威力を誇っていた。
「声が枯れるまで抱き潰します(任せてください。菫子さんにそんな思いさせません、さあ、僕に身も心も委ねてください)」
無駄に厚みのあるいい声で言う化野に菫子は情けないかな困惑の悲鳴を上げたのだった。