『最高の仕事』


瓦礫に潰れた車。
折れた信号機。
片方だけ残された幼子の靴。
人の居ない町で、壊れた営みの跡形が静寂の霜に覆われている。
無機質なコンクリートのビルが並ぶ道に積もる、霜の上に足跡を付けて私は歩き続けている。
グリッド127。
オーク達が生きていた町。
一歩一歩と歩みを進める度に、明日を疑わぬ彼らの生活の残骸が目に入る。
彼らは思ってもいなかったのだろう。
自らが、同志を殺すことになるなどとは。

冷たい風が吹く。
血に濡れた体が凍えて痛い。
感傷に浸っている場合ではない。
凍え切ってしまう前に、急がねば。
オークの家へ。

オークの家は町から外れた丘の麓にある。
『祈りの丘』と名付けられたその丘は、町が広がる平野を越えてアーレアの海までも望める、ルビコンでも指折りに美しい場所だ。
しかし、企業側からすれば何の利用価値もない。
あそこであればライフラインが生きている筈だ。

Dと別れて1km程は歩いただろうか。
手足がずっと痛みで痺れている。
このまま歩いていれば凍傷になる。
服が欲しい。
倒壊していない建物の一つに私は近づく。
店の入り口の横には白い軽ワゴンが横転している。
周囲には白い花が散乱していた。
私はワゴンを避けて店の入り口に近づいた。
店のドアには店名が印字されている。
『楢の梢』
オークの店の名前だった。
店は街中にあると聞いていた。
そうか、店にいる時に襲われたのか。
悲しいな、オーク。
お前はただ、いつものように花を売りに来ただけだのに。

店の中は外気が入らない分だいぶ暖かい。
私は今まで着ていたジャケットを脱ぐ。

白を基調とした店内に同じ白色の花が綺麗にディスプレイされている。
楢の木そっくりなあいつの風体の真逆のような店だ。
私はディスプレイされている花の一つを取る。
小さな白い花の模様が均等なパターンで編まれている。
値札の裏には『スノープリンセス』と印字があった。

オークは厳つく手も大きな男だが、その割に細かい仕事が好きな奴だった。
花も細かな紋様を繰り返すような繊細なものを好き好んで作ってた、と思い出す。
体が細いのに、派手で大きなデザインをしがちな私と厳つい見た目で可愛らしい花を作るオーク。
私達二人の見た目を入れ替えたらしっくりくるのにとよく先輩の職人に言われていたよな。

手に取った花を元の場所に戻す。
すまない、お前の花に払える金が今は無いんだ。
許してくれ。
私は店の奥に進む。
店のバックヤードに行けば、従業員の服が残っているかもしれない。

バックヤードに入ると、其処には店の在庫を置くラックと共に従業員用ロッカーが並べられていた。
私は端から順番にロッカーを開けていく。
出勤した従業員の私服が結構残っている。
いくつかロッカーを見て着られそうな服を拝借する。
黒のダウンコートにライトグレーのスウェットのセットアップと、明らかに私の歳に合わない服装だが贅沢は言えない。
さあ、家を目指そう。

上り始めたばかりだった日は私の真上を通り越して、西の空へと傾き始めていた。
しばらく歩いて居るが、オークの家はまだ見えない。
町の外は新雪が積もり、一歩踏み出す度に足が沈む。
朝から何も食べていない。
空腹の身体を、足を、雪は枷のように縛った。
それでも止める訳にはいかない。
執念かもしれない。
気力が、衝動が私の体を休めさせてはくれなかった。

白樺の変わらぬ風景を進む。
木々の隙間から緑屋根の丸太小屋が見えた。
着いた。
安堵に息が漏れる。

小屋の扉を開くと、埃臭い空気がした。
中は仄暗い。
私は手探りで電気のスイッチを探して点ける。
天井に付いた剥き出しの電球がぱっと灯る。
やはり、ライフラインは生きているようだ。
小屋の中は大量の資料と糸と作った花が整理されながらもぎゅうぎゅうに詰められていた。
床が見えるのは作業台と生活スペースの周囲のわずかな範囲だけ。
あとはラックや戸棚で埋められている。
私の工房と変わらない環境に張り詰めた緊張の糸も切れる。
花屋の家はどこも同じ、だから心地がいい。

私はガウンを脱いで作業机の側にある椅子に掛け、キッチンを漁った。
冷蔵庫にはワームの肉が詰められている。
ざっと見て2週間分はあるだろうか。
床下収納も見てみると、ワーム肉の缶詰と戦線用のレーションがいっぱいに詰まっている。
これだけあれば1ヶ月は凌げる。
直ぐに死なないだけ有難い。
ワームの缶詰を一缶持って私は作業台に戻った。

作業台には花を作るのに必要な資料やオークのスケッチブック、作りかけの花と何故か布が無造作に置かれている。
オークのスケッチブックを手にとって眺めながら、ワームを口に運ぶ。
スノープリンセス、スズラン、ハルジオン。
白を基調とした花のデザインが並ぶ。

最後のページを開く。
目に強烈な朱色が飛び込んできた。
ページの全てが赤色の花のデザインで埋まっている。
花火のように花弁が開いている花。
これは、彼岸花だ。
いくつものデザインが描かれて、その上からバツが付けられていた。
私は食べかけの缶詰を作業台の端に置き、デザインを一つひとつ見て解いていく。
真上から見た彼岸花のパターン、複数の細かなレースパターンの中に大きく一輪だけあしらうデザイン。
どれも上からバツが付けられている。
一つだけ丸が付いていたデザインがあった。
ステッチが花の形になっているのでは無く、レースの穴が花の形になっている。
花の隙間からは下から重ねられた赤い織物が覗いている。
今まで見たことがないデザインの花だった。

目がそのデザインに囚われる。
コーラルのような、そしてルビコンの夜明けのような、美しい、花。
これを作りたい。
この花こそ、私が最期に作りたい花だ。
ふと、花のデザインの下に書かれたオークの走り書きに気づく。
“織物は作ったが、肝心のレースが難しい。ウィローにレース作りを頼むことにする”
ウィローは私の名前だ。

私は作業台の上に置かれた布を手に取った。
花のために彼が作った布は、データ上でしか見たことがない“西陣織”のような、煌びやかな織物だった。
糸から染められた赤色に、サンピラーのような金糸が折り重なっている。
それは正しく暁だった。

オークが作った暁に私の花を掲げる。
オークは私に最高の仕事を遺してくれた。
ルビコンの夜明けを作る仕事を。
私は手の関節を鳴らす。
D、君に最高の花を渡せそうだ。
なにしろ、私とオーク二人の職人が人生を賭けて遺す花なんだ。
このルビコンで最高の花になる。

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