溶けかけ。
2024-05-20 21:57:36
2140文字
Public ほぼ日刊
 

黒より白がいい

アビスの魔術師のご都合魔術で小さくなったフリーナと世話を焼くヌヴィレットのお話。ナヴィアと旅人も出ます。

 フリーナがアビスの魔術師によって小さくされてから早2日。不便な生活を強いられる彼女をヌヴィレットが保護し、パレ・メルモニアで世話になり始めて1日である。
 フリーナが小さくなったと聞いて、旅人とナヴィアが彼女に会いに来ていた。

 「やっぱりこれも似合うわね!次はこっちにしましょうか!」

 執務室に置かれた接待用の長テーブルの上には色とりどりの人形用の洋服が所狭しと並べられている。
 ナヴィアが小さくなったフリーナのために子供の頃に使っていた人形の服を持ってきてくれたのだが、現実は着せ替え人形になってる。
 
「ええっ!まだ続けるのかい!?」

「お願い!もう少しだけ!この服とこの間買った貎獣のぬいぐるみがとっても合いそうなの!」

 手を合わせるナヴィアに観念したようにフリーナはため息をついた。

「はあ……わかったよ……ほんとにこれで終わりだからね」

「ありがとう!フリーナ!」

 いそいそと写真機を準備する旅人とナヴィア。それを着替えながら見つめるフリーナの眼差しは困ったように寄せられた眉とは反対に、優しく慈しむようなものだ。
 
「髪型も璃月風の方が良いかい?」

「そこまでしてもらうの悪いかなって思ってたんだけど、やってくれるなら嬉しいかな」

 ナヴィアの言葉に苦笑しながらフリーナは頷く。

「今更、髪くらいどうってことないよ。少し待ってて」

 フリーナはぴょんと机から飛び降りると待機していたクラバレッタの上に乗った。彼女はフリーナを乗せて移動すると執務机の上に下ろす。

……何か?」

 頭に疑問符を浮かべるヌヴィレットを無視してフリーナはインク瓶に手を伸ばすと少量をすくい上げてなんの躊躇いもなく髪に付けた。

「フリーナ!」

「フリーナ殿!」

 ヌヴィレットが慌ててフリーナの小さな腕をつまみ上げる。静止された彼女は酷く不満げな顔をしながらヌヴィレットを睨みつけた。

「なんだよ、いいところだったのに……

「なぜ、そのような事をする必要が?」

「なぜって、決まってるだろ?璃月ならやっぱり黒髪が一番似合うからね」

「だからといって染める必要はないだろう」

「どうせキミなら元に戻せるだろ?それより早く乾かしてくれよ。ふたりをいつまでも待たせていられないよ」

 フリーナの言葉にヌヴィレットは苦虫を噛み潰したような顔をしながら従った。
 波を思わせる薄青の銀髪が黒く染まる。フリーナは自身の髪を指に絡ませながら、ちょっとパサつくな、と場違いな感想を漏らすと再びクラバレッタに連れられて二人の元へと戻っていった。

「おまたせ――ってなんだい、その顔は?まるでプクプク獣が昼寝を邪魔された時みたいだね」

「ええっと……フリーナはそれでいいの?」

 困惑したように旅人が聞く。フリーナは少し考える素振りを見せた。

「目の色まで変えられたら良かったんだけど……流石にこのサイズのコンタクトはないからなぁ……悪いね、ふたりとも」

 フリーナの言葉にナヴィアがヌヴィレットの方を勢いよく向けば彼は諦めたような顔をしながら首を横に振った。

「それじゃあ、撮影再開だ」




「ヌヴィレットさん、今日はありがとう」

 旅人とナヴィアは見送りをしてくれたヌヴィレットに礼を言った。

「いや、私は場所を提供しただけで大したことはしていない。礼ならフリーナ殿に言ってくれ」

「そうね。今度会ったときに言うわ。とっておきのマカロンと一緒に」

「そうしてくれ」

「それにしても……今日は驚いたわ。フリーナが髪をインクで染めるなんて思わなかったから」

 ナヴィアの言葉に旅人も隣で頷いた。

「あれは……彼女なりの配慮なのだろう。驚かせてしまって悪かった」

「ううん。それより、フリーナの髪が心配よ。せっかく綺麗に手入れしてるのに……

 眉を顰めるナヴィアを横目に旅人が口を開いた。

「痛むようだったら稲妻の海藻を送るよ」

「そうしてくれ」


 ヌヴィレットは二人を見送ったあと、執務室に戻った。応接用のテーブルには二人を見送る前と変わらない姿でハンカチをかけられて机の隅で健やかな寝息をたてるフリーナがいた。起こさないように細心の注意をはらいながら小さな頭に触れる。インクで無理矢理染めた髪は彼女が言っていたとおり、少し水気が足りないように感じた。

「うぅ…………?ぬゔぃれっと……?」

 寝ぼけ眼を擦りながらフリーナがもそりと緩慢に起き上がる。

「すまない、起こしてしまったか」

 ヌヴィレットには答えずに辺りをぼんやりと見回していた瞳と目が合った。

「ふぁ〜」

 とろとろと眼を蕩けさせたフリーナは再びゆっくりと体を横たえて寝入ってしまった。

「フリーナ殿。眠るなら寝床へ、そのままだと風邪をひいてしまう」

 ヌヴィレットの手を払いのけて再び夢の世界へと旅立つフリーナ。ヌヴィレットはため息を一つ吐くと彼女をそっと掬い上げて、ベッド替わりの籠へと寝かせた。すよすよと幸せそうに眠る彼女の髪から黒を抜き取る。

「ああ、やはり君はそちらの方が落ち着くな」