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Public まほやく
 

同じになれない(フォ学オーカイ)

月刊オーカイ企画さん2024年5月号に、お題「衣替え」で参加させていただいたもの。不良校の夏服は半袖ワイシャツであれ。

※ フォ学ログスト(5)とRカインカドストの内容に一ミリくらい触れています。
※ 時系列を実際のイベストから変更しています。



 風が吹いた、と思った。窓を締め切った屋内にいるのに、彼の姿を見た瞬間、五月の薫風が頬を撫でたようだった。
 その日は少し早い夏日で、夕方になっても校舎のコンクリートは熱を帯び、その放射でじんわりと身体が火照るように暑かった。芸能校の面々は、被服室での衣装合わせを終えたところだった。主役のヒースクリフとシノが着替えているあいだ、クロエはマチ針を丁寧に裁縫箱に収めていく。振り付けの調整のため呼ばれたカインは、窓際に備え付けられた棚に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。
 校門に向かって三々五々に連れ立って歩く生徒たち。その中に、ひとり背筋を伸ばして歩く、知った顔を見つけた。オーエンだ。黒地に赤のアクセントの入った学帽とズボンは見慣れたものだったが、上は詰襟でなく半袖のワイシャツを着ていた。カインの口から思わず溜息が零れた。何に突き動かされてそうしたのかは自分でもわからなかった。ただ、短い袖から伸びる白く長い腕に夕陽が反射するのを眩しいと思った。

「不良校の夏服って、半袖シャツなんだね!」

 傍にやってきたクロエが、カインの視線を追って言う。彼の声も弾んでいるのは、カインと同じように快い清涼感を覚えたからかもしれない。

「衣替えの季節になっても、みんな好きな恰好してるから知らなかったよ」
「あいつ、着崩さないもんな」

 その声の親しげな響きに、クロエが大きな目を好奇心に輝かせて尋ねた。

「オーエンと仲良くなったの?」
「仲良くとまではいかないが……最近は校内で見かけたら話しかけてる。あいつのこと、もっと知りたくてさ」

 クロエは心得たりという表情で頷いた。

「シノから聞いたよ。生き別れた双子の兄弟かも……だっけ? ドラマチックで、なんだかワクワクしちゃう」

 両手を胸の前で合わせたクロエは、恋の話を聞いているときのように、祝福するような、祈るような、柔らかい笑みを浮かべた。

「仲良くなれるといいね」

 なんだか避けられているようなんだ、とは言えなかった。



 屋上の扉を開けたときに、普段ならば聞こえる喧しい笑い声や煙草の匂いがしなかったので、目当ての人物がいるとわかった。昼時のこの時刻、ちょうど日陰になるベンチの上に足を投げ出して、生クリームが挟まれたチョココーティングのコッペパンを口に運んでいる。傍らにはいちごミルクの紙パックもあった。オーエンは、食事を邪魔する闖入者に鋭い目を向け、それがカインであることを知ると露骨に嫌な顔をした。

「一緒に食べてもいいか?」
「駄目に決まってるだろ」

 それでも隣のベンチに腰掛けると、聞こえよがしな溜息がした。コッペパンの残りを口に押し込んで、包みをぐしゃぐしゃと丸め、立ち上がろうとする。

「話をしないか?」
「僕とおまえが兄弟なんじゃないかっていう、例のくだらない話なら死んでもしない」

 あの話をもう一度したら殺してやる、と凄まれる。これが一か月前なら、人生で初めて出会う本物の殺気に怖気づいてしまったかもしれない。しかしカインは朗らかに会話を続けた。

「それ以外の話でもいいよ。昨日の配信、どうだった?」

 オーエンは舌打ちしたあと、あさっての方向を見たまま、それでも感想を教えてくれる。

「歌ってみたと弾き語りで同じ音量設定を使うな。事前にチェックして、あれなの? 本当にお粗末な耳をしてるね」
「ありがとな、参考になる!」

 にっこりと笑いかけると、オーエンは「このレベルで参考になるとか言ってるなよ」と白けた表情を浮かべ、立ち上がろうとした。その顔を見たカインは、自分の頬に人差し指をあて、とんとんと指の腹で叩く。

「生クリームついてる」

 オーエンは「本当におまえのことが嫌いだよ」と呻くように言って、頬のクリームを指先で拭い、舐め取った。その手に見慣れた白手袋はない。幼くも見える仕草とあいまって、カインは思わず口に出していた。

「夏服のオーエンを見てると、普通の高校生なんだなって思うよ」

 オーエンは怪訝な顔をした。

「普通の? どういう意味」
「自分と同じ、高校生なんだなっていうか……

 その言葉を聞いて、オーエンの唇が歪んだ。瞳がぬらりと昏い輝きを帯びる。

「おまえは“同じ”が好きなんだね。目の色も、馬鹿みたいな夢の話も。『同じ歌を歌うときは、みんな同じになれる気がする』……誰かと同じだと安心する? どうして同じになりたいの? 同じじゃなかったら、どうするの?」

 滔々と流れる言葉の響きを聞いていた。その響きは嘲りのはずなのに、歌うように美しかった。意味を理解し、答えを考えるよりも先に、オーエンの顔がすぐ近くにあることに気がついた。いつの間に、こんなにも近づいていたのだろう。

「僕とおまえが、同じであるはずがないだろ」

 低い声で吐き捨てた表情は、それでもどこかあどけなく見えた。



 あのときと同じように夕陽に照らされた腕は、しかし赤い飛沫に点々と覆われていた。真っ白なワイシャツにも、赤い花が散ったような染みがいくつも飛んでいる。路地裏に座り込んだオーエンは、こちらを見上げて面倒くさそうに「ほとんど返り血だよ」と言った。
 なんで、と呟いたカインに、オーエンは肩を竦めた。

「むしゃくしゃしてたところに、知った顔のやつが通りかかったから殴った」

 そう言ったあと、形のよい眉を顰め、血の混ざった唾液を吐き捨てる。カインは理解が追いつかずに、ただ右手を差し出した。オーエンはその手を無視して立ち上がろうとする。しかし足がふらついた。舌打ちをして、片足を引きずって歩き出そうとする。その腕を、無理に取って肩に回させる。
 オーエンは嘲りの色すら浮かんでいない、昏い目でこちらを見た。

「服に血がつくよ」
「いいよ」
「おまえを追いまわしてるパパラッチに撮られるかもしれない」
「どうでもいい、そんなこと」

 オーエンは大きな溜息をついた。その息が首筋にかかるのを感じる。体温のぶんだけ温かい、息をしている。そのことを意外にも当然にも感じた。そんなふうに感じるべきではないのかもしれなかった。

「あのさ。このあいだ、同じって言って悪かったよ。そういうつもりじゃなかったんだ」
「じゃあ、どういうつもりだよ」

 答えは見つからなかった。黙ったまま、ただ地面を見て足を進めた。オーエンもそれ以上は何も言わなかった。見下ろす視界に駅のホームが現れ、電車が到着する。乗り込むと、夕方の混雑する時間帯なのに、目の前からさっと人波が引いていく。空いた席に、よろよろと二人で座り込んだ。
 腰かけたオーエンはじっと前を見ていた。カインは、その横顔を盗み見て、目を逸らす。侵しがたい、冷たく、うつくしい横顔だった。
 同じになれなくても、という言葉だけが頭に浮かんだ。
 二人の剥き出しの腕と腕が触れ合っている。体温の低い肌だった。体温が高いと言われる自分の肌と触れ合ううちに、温められていくのだろうかと思った。オーエンは身じろぎをしなかった。