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HAZURE_Mapo
2024-05-19 19:36:10
6236文字
Public
SO2文章 何でもない特別な日
何でもない特別な日 ③
CPアシュプリ。②の続きです。
エクスペルにはなかった水族館。
水槽の魚は食べるものであって、見て楽しむものだとは思ってなかった。
ラクアで初めて水族館を見たとき、こんなに魚を魅力的に見せる世界があるんだって感動して。
あの時は十賢者との決戦も控えてたからゆっくり見ることが出来なかった。でもいつか、この戦いが終わったら気が済むまで見ていたいという気持ちを心の奥にしまったまま早四年が過ぎていた。
そして今。
ラクアではないけれど、あたしは水族館にいる。
入場口のゲートを通ってすぐ目の前に現れたのは、天井まで高くそびえ立つ青い世界。中では波を表現するかのように泳ぐ魚の群れ。その群れに突進する大型の魚。同じ空間で繰り広げられている弱肉強食の理を無視するかのようにのんびり素通りするヌシのような魚。
まるで海の中にいるみたい。
「アシュトン、すごいね!」
横にいると思ってたから話しかけたけど、そこにアシュトンはいなかった。
どこに行ったんだろうと周りを見渡したら、少し後ろで茫然と立っていた。
「
………………
」
目は見開き、口は半開きにしている。
あたしよりこの光景に驚いていた。
「おーい、あーしゅーとーん」
アシュトンの目の近くで手を振って呼びかけると、ようやく我に返ったみたいで反応した。
「あぁ
……
ごめんごめん。話には聞いていたけど、実際見たら思ってたより迫力あったからつい」
「ねー、最初からこれだったら中に入るの、もっと楽しみ!」
今回アシュトンが地球に来る前に、新しい水族館が近場で開業したことを通信機で話してて。それを覚えていてくれていたのか、誕生日のお願いごとの中に入っていて嬉しかった。
少しの間、魚の群れの動きを二人で眺めて。満足したから奥へ進むと、薄暗い空間が待っていた。真っ暗な壁にはいくつかの水槽が絵画のように壁際に設置されていて、その中では草原の中を魚たちが泳いでるようだった。
草原の中を魚が泳ぐ?
なんか不思議な感じだけど。
空間にはかすかに煙が立ち、そこから癒しの香りが辺りを包んでいる。館内の照明は暗めだし、すごく幻想的で異世界にいるみたい。
もう見るもの全てが初めてで、好奇心のあまりアシュトンを置いて一人でちょろちょろ動き回ってしまった。どうやらあたしの姿が見えなくなるとアシュトンはその度に探してくれて、困り顔の彼に手を掴まれること数回。ただやり過ぎたのか、最後は少し人気のない隅のほうに連れていかれて叱られた。
「プリシス、もういい大人なんだから。照明も暗いし探しにくいんだ。あまりはぐれないように」
「はーい
……
」
言い分はごもっとも。
あたしもアシュトンと楽しさを共有したくて来たハズなのに、つい自分勝手なことをしてしまった。
反省してうつむいているところにアシュトンは言葉を続けた。
「あと
……
わかってないようだから言うけど、変な虫が寄ってくるから僕の側にいるようにしてくれないか」
「え? 変な虫? あたしに?」
意味がわからなくて、思わず顔を上げて聞き返してしまった。
「そう。君が一人でいたら寄ってくるんだよ。姿を見つける度に鼻の下を伸ばしたヤツらが君の事見てるんだ。虫の気持ちもわかるけど、あまり近寄らせなくないからさ」
どうやらいつの間にかあたしは男にジロジロ見られていたらしい。学校でもたまにあって。何かありそうになったらその度にレオンに助けてもらってる。自分でも隠し持ってる道具で退治できるんだけど、大事になりそうだからしていない。
「あぁ
……
そうだったんだ。ごめんごめん」
それなら守ってもらおうと思って、アシュトンの腕をぎゅっと掴んで目を合わせた。
「じゃあ虫退治、お願いしよっかな」
アシュトンは少しびっくりしたみたいだけど、微笑み返して受け入れてくれた。
「うん、わかりました」
それからは二人で一つ一つの水槽をゆっくり見て。
頭を下にして逆さまの状態で泳ぐ魚、砂の中にほとんどの体を埋めて過ごすにょろっとした魚、触手のようにうねうねうごめくヒトデ、円形の形をした水槽の中をぐるぐると周回するウミガメ。
そのほかにも沢山の姿かたちをした水の中に居る生き物たちを喋りながら見ていった。
普段見逃しがちな生き物も展示方法を少し変えるだけで魅力が上がって見えるし、また違う日に来たら違う顔が見えるのかなって思っちゃう。そんなワクワクが止まらない場所だった。
数々の水槽の中で生活する生き物たちを見終わって次の場所へ進んだら、そこは青空がよく似合う屋外。柵の中でペンギンやアザラシ、オットセイとかがのびのびと過ごしてる。
あたしはそこそこ地球での生活も長くなってきたからどんな動物がいるのか分かってきたけど、アシュトンにとっては見たことのない動物だらけ。
そのせいか、また固まった。
「あしゅとーん、だいじょうぶー?」
アシュトンの腕を引っ張ってゆらゆら体を動かしつつ呼びかけたらさっきと同じ反応をした。
「
……
またぼーっとしちゃった。ごめん」
「別にいいんだけどさ。でもほら、今あっちでエサやり出来るって。行ってみよ!」
「え、本当? それはやってみたいな」
跳ねるように先へ進み、飼育員さんからエサとなる魚の入ったバケツを受け取って。
柵を覗くとそこにはアザラシ。何頭かが水面から顔を出してこっちを見てる。
「ほら、ごはんだよー」
魚を柵の中へ投げ入れると、勢いよくアザラシ達が我先にと落ちた方向へ泳いでいった。
この行動であたしが魚をくれるものだと気づいたアザラシ達。五、六頭いるけど、全員こっちを見てる。中には短い前足でぺちぺち手を叩く動作をして気を引こうとするアザラシもいる。
「えー! かわいい! ほら、アシュトンもあげてみなよ」
「いいのかい? じゃあ
……
…………
あれ?」
アシュトンが魚を柵の中へ投げ入れると、なぜかみんな逃げていった。
「へ? なんでなんで? アシュトン、何かした?」
「いや、僕は何も
……
」
「ちょっと、もう一回やってみる」
ほいっ、とあたしが魚を投げ入れると、アザラシ達は魚の方へ一直線。おまけにもっとちょうだいの仕草まで。
「えー、何でプリシスならいいんだろう」
アシュトンは不思議そうに首をかしげた。
そんな様子がちょっとかわいそうに見えたから、一つ提案してみた。
「じゃああたしと同時にあげてみる?」
「うーん、そうだね。そうしようか」
えいっ、と今度はアシュトンと一緒に投げ入れた。
そのままぽちゃん、と二匹の魚は水の中に落ち、その周りをアザラシ達は探すようにくるくると周回している。
「
……
.ちゃんと食べてる?」
アシュトンは心配そうに柵の中を覗き込んだ。
「食べてると思うんだけどなぁ。
あ、でもほら、アザラシが顔出したよ。これって食べたってことじゃん?」
「まぁ
……
そういう事にしておくか」
その後もアシュトンが一人であげた魚は見向きもせず、二人であげた魚は食べてくれたか判別がつかなかった。
アシュトンは少ししょんぼりして落ち込んでしまった。そんなに気にすることないからとか、お腹いっぱいだったアザラシがいたかもとか色々声をかけたけど、プリシスのは食べてたじゃないか、やっぱり運がないなとため息をつきながら後ろ向き発言が返ってきた。
正直、このままだとちょっとやりづらい。
でもちょうど時間がお昼を少し過ぎていたから、話題を変えてみた。
「ねぇ、お腹空かない? お昼にしよう。食べ物売ってるお店もあるみたいだしさ」
「
……
そっか、もうそんな時間だったんだ。確かに少しお腹空いたな。そしたら何か食べようか」
アシュトンの顔が少し明るくなった。
よかった、下手したら一日中あのままの状態だった可能性があったから、ナイスタイミング。
館内に戻って売店を見てみたらパン製品を中心に売っていたから、それとドリンクを買って。
近くのテーブルが空いていたからそこに買ったものを置いてふと横を見ると、何匹ものクラゲがふよふよとゆらめいていた。
「へぇー、こんな生き物もいるんだ。見てたら何となく癒されるね。それにここも照明は暗めで酒も出してるみたいだから、昼間なのに夜みたいな雰囲気がするな。ほとんどが椅子がない立食でバーにいるみたいだし」
アシュトンはクロワッサンのサンドウィッチを頬張りながら周りを見渡している。
「ねー。なんかクラゲ見てたらのんびりしちゃいそう。生き物見ながらゆっくり休憩っていうのもいいかも」
そんなことを喋ってたら本当にゆっくりしすぎてしまったけど、食べ終わってそろそろ行こうとした時に見知った人物に声をかけられた。
「おや、プリシスとアシュトンさん」
「あら二人とも、もしかしてデートの最中?」
「えっ、ノエルとチサト!?」
まさかの二人と遭遇。ここエクスペルじゃなくて地球なんだけど。
さすがにアシュトンも驚きを隠せないみたい。
「どうしたんですか、二人とも。地球に来るなんて何かあったんですか?」
「僕はもっと宇宙に生息している動物の事を知りたいと思っていまして。他の惑星の動物の事も勉強出来たら、エクスペルに生息している動物達の保全などに役立つことがあるのではないかと。そのためにレオンから逐一資料を頂いていたのですが、実際にこの目で見ようと来たんです」
「私はノエルが地球に行くって言うのを聞いたから、一緒についてきたわけ。最近発行してる新聞の反応がイマイチだから、ここで少し紙面の中身を変えてみようかなと思ってて。何かいいネタないかなーなんてね」
ノエルはエナジーネーデの時と同じく動物学者としてたまにリンガの大学にも出入りしていて、チサトはエクスペルでフリーの新聞記者として地道に販路を広げてるのは聞いていた。
「久しぶりじゃん、二人とも。元気そうでよかった」
「プリシスこそ。なーんか付き合う前にアシュトンと色々あったって聞いたけど、今度ゆっくり聞かせなさいよ。それに将来エクスペルを担う逸材なんだから、今のうちに取材させて。無名の頃から追ってましたなんて言ったら売上もうなぎ登りよ!」
ニヤついた顔であたしにグイグイ迫ってくるチサト。誰なんだろう、チサトにあたしとアシュトンのこと喋ったの。
「ロクでもないこと記事にしそうだから言うわけないじゃん」
「やーねぇ。信用ないのね、私って」
仲間としては十分信用してるんだけど。どうも本業の記者としては事実より大きなこととして書きそうで疑ってしまう。
「チサトさん、その辺にしておきましょうよ。アシュトンさんもいますから」
ノエルがあたしに向かって助け舟を出してくれたけど、チサトはそんなことで諦める人じゃないのは知っている。
「あっ、そっか。プリシスの事はアシュトンに聞けばいいわ」
「ええっ、僕!?」
急に標的にされたアシュトンはうろたえている。
チサトがアシュトンに詰め寄ってるところ、ノエルは周りを気にするようにキョロキョロした後、あたしに声をかけた。
「プリシス、少しあちらにいいですか」
ノエルが指を指した方向は少し離れた隅っこ。
「? いいけど
……
」
よくわからないけど言われた通りに移動すると、ノエルはあたしにしか聞こえないぐらいの声で話を切り出した。
「最初に断っておきますが、これは決してやましい気持ちがあって聞くわけではありませんから」
「えっ、なになに。ノエルからそんなこと言われると思ってなかったんだけど」
逆にちょっと身構えてしまった。
「今日、何か匂いのするものをつけていますか? 香水とか、普段とは違うものを」
「うーん
……
香水はつけてないけど。あ、普段と違うのはこのリップかな」
セリーヌからもらったリップ。さっきお昼ご飯食べたからつけ直したばかりでポケットの中に入れていた。
「ちょっとそれ、見せてもらってもいいですか? もちろん使いません」
「そりゃそうだよ。はい」
リップを渡すと、ノエルはふたを開けてまじまじと見ながらあたしに話しかけた。
「これは
……
どこかで買ったんですか?」
あたしは首を小さく振って答えた。
「ううん、セリーヌからもらったんだ。あたしに似合いそうだからって」
「そうですか、セリーヌさんから
……
」
さらに見回すこと数秒、あたしに聞こえるか聞こえないくらいの音量でぼそぼそと呟いた。
「
……
あの人は一国の王妃として籠の中で閉じ込めておくには優秀すぎる
……
でもこれならその方がいいのかもしれないし
……
」
「えっ、何言ってるの? ノエル?」
この問いかけは完全に無視されたけど、ノエルはふたを閉めてあたしにリップを返してくれた後、忠告した。
「いいですか。これはアシュトンさんのいる時に使ってください。つまり今日みたいな日です。それ以外の日では使わないでください」
「は? どういう意味?」
「そのままの意味です。連れ出してすみませんでした。これ以上ここにいるとアシュトンさんが心配しますので、戻りましょうか」
全く腑に落ちないけど、ノエルはこれ以上答えてくれなさそうだから大人しくアシュトンとチサトのところに戻った。
「すみません、こちらの話は終わりました。そちらも終わりましたか?」
ノエルの穏やかな口調とは反対に、チサトはやや興奮している雰囲気だった。
「えぇ、終わったわよ! 今度エクスペルに戻った時にアシュトンから根掘り葉掘り聞く約束を取り付けたわ。生まれ育った場所とか、剣技のこととか。あとプリシスとの事もね!」
チサトの勢いに負けたらしいアシュトンは肩をすぼめている。
「僕から何も話すことなんてないよ
……
とほほ
……
」
この様子にあたしも少し口調が強くなってしまった。
「あたしの事しゃべったらどうなるか覚えておいてね、マジで」
「わかってるよ
……
」
こういう時少しだけ頼りないんだよなと思ってしまうんだけど、こんなアシュトンを受け入れているあたしもあたしだ。
そんなところにチサトが間に入った。
「ねぇ、お二人とも。デート中のところお邪魔しちゃって悪かったわね。おわびにあっちにあった撮影スポットで写真撮ってあげるわよ」
「えっ、本当? ラッキー! アシュトン、せっかくだからさ、撮ってもらおうよ」
「うん。プリシスがいいならいいよ」
チサトからの願ってもいない誘い。
早速撮影スポットまで行くと、人気なのか順番待ちの列ができていた。ここは背景に水槽があって、ラッコと一緒に撮影できるという。ノエルいわく、ラッコは地球で絶滅危惧種になっていて飼育されているのも数少ないとのこと。そんな動物と一緒に写真撮れるとか貴重だなと思っているうちに順番が回ってきた。
「いくわよー、はいわらってー!」
チサトのカメラはすぐに現像した写真が出てくるタイプ。二回撮ってくれて、それぞれあたしとアシュトンに手渡してくれた。
「二人とも、いい顔してるわよ。
じゃあ、私たちはあっちに用事があるから。久しぶり会えて楽しかったわ。またね」
「僕も二人に会えて嬉しかったです。また今度会いましょう。それでは」
チサトとノエルは別れの挨拶を言って、あたし達の前から遠のいて行った。
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