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2024-05-19 18:51:46
4639文字
Public 二次創作(MH)
 

世界でいちばん幸せな

⚠️モンスター同士で喋る⚠️
⚠️ほんのりと死ネタ⚠️
⚠️自己解釈・独自設定を含む⚠️
CP未満のオオナズチとエスピナス in サンブレ密林。草食/飛竜/古龍など種の間に知能差があり、基本はお互い言葉が通じないという独自設定があります。ほのぼのですがちょっとさみしい話かも。
続きあるけど公開するかは未定。

 密林に照りつける日差しは、今日も変わらずあたたかい。ぽかぽかと気持ちがよくて、まどろみは少しずつ深くなっていく。
 穏やかでいい日だ。小さな竜も獣たちも、どことなくのんびりと過ごしている。この先もこんな日ばかりだったらいいのにと、閉じた瞼の裏に平和な日常を思い描いていく。
 巣で丸くなって眠り、起きたら水辺で空を眺め、小腹が空いたらカエルが顔を出すのをじっと待ち、出てきたところを後ろからぱくりと食べる。思い浮かべた幸せな日々が、眠りに落ちて夢に変わっていく頃。自慢の毒棘に覆われた体が、周囲の空気が妙に湿気ってきたのを感じとった。

「うぅん……安眠妨害……
「ややっ、まだ姿も見せていないのに気付いたの? すごいねえ」

 変に間延びした能天気そうな声が、本心かどうかもわからない褒め言葉を投げてきた。
 すごくなんかない。慣れてしまったからわかるだけ。そう言いたいところだったけれど、生憎あくびのほうが優先なので押し込んだ。

「ふわあ……で、今日はなんの用?」
「用なんてないよう。寝顔を覗きにきただけ~」
……えっち」

 不満と共に、目は閉じたまま鼻先のツノをふらりと振る。先端が空気に溶け込んだやわらかいものを掠めて、その主が「ひゃん」と変な声で鳴くのを聞いた。
 何もなかった空間がぐにゃっと歪んで、透明な生き物のシルエットをおぼろげに映し出す。もちもちと動くそれを見ながら、鼻先がとんがっているのは自分と似ている、なんてどうでもいいことを考えた。
 次第に全身の紫色を取り戻したその生き物は、奇妙な形の目をぎょろぎょろさせて長い舌をちらつかせた。

「とおんでもない。やましいことなんてなんにもないよお」
「だったらこっちをまっすぐ見て言ってくれます? 霞龍さん」
「んえ~、ぼくの目はいろんなところを見るのが仕事なの。きみばっかりは見ていられないんだあ」

 寝顔を見にきたとか言ったくせに。この龍はいつもこうだ。
 こいつだって古龍の端くれで、わたしよりずっと長生きしているはずなのに、いつもフラフラしてばかりで威厳なんてかけらも感じない。
 こうして惰眠を貪る飛竜のわたしを、力を見せつけて追い払うでもなく、他愛もない会話をもちかけてくるばかりの変わり者。そんな霞龍さんが密林に現れたのは、もう随分前のことだった。
 寝顔云々だって冗談に過ぎなくて、そういう気はまるでないのだろうけど、雌のわたしは付きまとわれていい気はしない。だけど抵抗したって負けるのはわかっているから、なにも言えない。その事実をいいことに、霞龍さんのウザ絡みはこのところエスカレートしている。

「ねえ、おさんぽ行こうよお。浅瀬がね、すごくたのしいことになってるんだ」
「たのしいことって?」
「イカがいっぱい跳ねてる」
「それはいつものこと」

 やっぱり霞龍さんのノリはわからない。刺さるとちょっと痛いイカの群れが回遊する姿なんて、とっくに見慣れているだろうに。
 それでもこの龍は長い舌を伸ばして、はやく来てと訴えかけてくる。本当に古龍なのか疑わしくなるくらい無邪気な顔を見ると、いつも拒む気が削がれてしまうから不思議だ。
 もしかしたらこれも、いにしえの龍の力だったりするのかな、なんて。

***

 臆病なケルビたちですら、変な龍と眠そうな飛竜が近くをうろつくのには慣れてしまったのかもしれない。浅瀬で並んで座り込み、景色を眺める龍と竜から逃げる様子はなく、ふわふわの生き物たちは遠巻きに草を食べていた。
 水面に反射した日差しが、寝ぼけ眼を貫いてくる。またふわりとあくびがあふれて、大粒のナミダがぽろりと落ちた。
 霞龍さんが話していたイカは、とっくに別の場所へ去っていったあとだった。でも霞龍さんがそのことを話す様子はなかった。もう忘れているみたいだ。

「それでね、ぼくのおともだちが今度こっちに遊びに来るかもしれなくてえ」
「へー……ふあぁ」
「もう、聞いてるう? 彼ね、とおっても面白いんだよ。来たら紹介したげるねえ」
「はいはい。あーたのしみだなー」
「アハハ、すっごい棒読み~」

 霞龍さんのお友達。この霞龍さんと付き合いきれるくらいだから、きっと彼も相当な変わり者なんだろうな。わりとかなりどうでもいい。
 でも、うるさいのが増えてしまったら困る。このところただでさえ寝ても寝ても寝足りないのに、これ以上眠りを妨げられては流石に怒りたくもなる。
 怒ったわたしの姿を見たら、霞龍さんはどう思うだろう。きっととぼけた顔でヘラヘラ笑うだろうな。赤くなってかわいいだなんて言い出したら、突進するのを我慢できないかもしれない。

 ふにゃふにゃとした霞龍さんの声は、気がつけば随分遠くに聞こえていた。ぼんやりと見上げた快晴の空は、いつの間にか赤い色に染まっている。
 赤、あか——まさか、とここでハッとした。居眠りをして、意識がしばらく飛んでしまったらしい。キョロキョロと見渡すと、空一面に夕焼けが広がっていた。

「あっ、起きた? おはよお」
「え、ああ、うん……

 寝ぼけた返事しかできなくても、霞龍さんは気楽そうに笑っていた。「そろそろ帰ろっかあ」と間延びした声で言うと、霞龍さんは背中の翼をぐっと伸ばした。
 無理やり連れ出されたのはわたしなのに、眠りこけていたとなっては、うっかりとはいえやはり申し訳ない気持ちになる。霞龍さんはひとりでずっと、眠ったわたしの近くにいたのだろうか。流石にそれでは退屈だろうし、どこかに出かけていたかもしれない。気になって仕方がなかった。

「あの、わたしが寝ている間どうしていました?」
「えっ。ぼく、きみとずっとお喋りしてたよお」
「へ?」
「寝言でお返事してくれてありがとうねえ。寝ててもツッコミが的確で、ぼく嬉しくなっちゃった」
「はあ……

 どうやらわたしは、この期に及んで変な能力を獲得してしまったらしい。きっとボケ倒しの霞龍さんのせいだ。棘竜として生きていく中で絶対にいらない能力だろうな。
 端から見たらどんな様子だったんだろう。遠くをうろうろしているケルビたちに尋ねてみたい気持ちになった。草食種とも言葉が通じたらいいのに。

 霞龍さんが音もなくフワッと飛び上がったのを見て、重い腰をよっこらせと持ち上げる。飛ぶにも苦労するくらい、体は重くなってしまった。立派になった証かな。巣立ち以来会っていない両親が見たら、大きくなったねって喜んでくれるかも。
 霞龍さんに続いて、羽撃いて空を飛ぶ。霞龍さんはわたしが来るのを待っていてくれた。下から見ると、どっちが頭でどっちが尻尾なのかよくわからない。
 微妙な優しさはどういうつもりなんだろう。彼のことは、やっぱりよくわからない。

***

「昔からよく寝てたのお?」

 数日後、またわたしの安眠を妨げにきた霞龍さんは、突然そんなことを尋ねてきた。乙女の過去が気になるなんて、やっぱり霞龍さんはちょっとえっちだ。

「寝るのなんて、みんな好きでしょ」
「そうかもしれないけどお」
「棘竜はよく寝る生き物ですし。わたしだって昔から、至ってふつうによく寝てました」
「にんげんにでっかい武器で叩かれても?」
「まあ、はい。あんまり痛くないし」

 親譲りの硬い甲殻のお陰で、ちょっとやそっとじゃ痛くも痒くもないのは事実。真っ向から戦うよりも、相手が諦めるのを待った方が楽でいい。
 ここまでハンターに狩られず無事に生き延びられたのは、そんな棘竜特有の図太さがあったからこそだ。二種の毒と炎を混ぜたブレスもあるし、本気を出せば脚だって速い。緑と紅で彩られたこの体は、自慢と自信で満たされている。
 だけど今更威張ったりはしない。細々と縄張りを守るだけで、食べたり寝たり、あとは大あくびして過ごすだけ。そんなだらけた生活も気に入っている。
 それだってふつうのことだと思うのに、どうしてか霞龍さんは不思議そうに首を傾げた。

「ふつう、かあ」
「ええ」
「じゃあ、今みたいにほとんど寝たきりじゃなかったってことだよね」
……そうかもしれないですね」

 霞龍さんは、どこか別のところでふつうの「若い」棘竜も見たことがあるのかもしれない。それならきっと、その棘竜と今のわたしと比べてギャップを感じてしまうだろう。
 わたしはふつうの棘竜だ。ふつうに生きて、ふつうに歳を重ねて、平穏に天寿を全うできそうなことを喜んでいる、ふつうの「老いた」棘竜。
 霞龍さんはまた首を傾げている。飛竜よりずっと賢いんだから、わかっているくせに。つくづく変な龍。

「きみは寝てばかりいるのに。不思議だねえ」
「なにが不思議なんですか」

 ふん、と鼻が鳴った。そんなつもりはなかったけど、眠くて苛ついてしまっているのかもしれない。
 わたしの態度を霞龍さんは気にすることなく、にこやかにフニャリと笑った。

「不思議と、怠け者にはみえないんだよねえ。むしろすっごく頑張ったんだなあって思えるんだ。縄張りを守って生き抜いたきみは、立派な棘竜なんだねえ」
……そう、ですか」

 まったくもって、変な見解だと思った。今のわたしは小さな縄張りでダラダラと余生を過ごす怠け者の棘竜、それで間違いないのに。
 急に日差しが眩しく感じて、翼で顔を覆った。「ぼくなんて縄張りも持たずに遊んでばっかりだよお」とおちゃらけた霞龍さんの言葉は、また少し遠くに感じた。

 年を重ねて賢くなったからか、飛竜のくせして古龍の言葉がわかるようになったこと。霞龍さんと出会ってしまってからは、ずっと後悔していた。わかるようになる前に死んでいく、小さな生き物たちが羨ましいとすら思っていた。
 でも、今日だけは。ここまで頑張って生き抜いてきた自分を、もっともっと褒めたくなってしまった。
 彼の言葉を聞けるのが、こんなにうれしいだなんて。その理由はやっぱり、ふわりと熱くなった頭ではよくわからなかった。

 その後も他愛もない話をして、日も落ちそうな頃に「また来るねえ」と言い残し、霞龍さんはどこかに去っていった。
 嘘、他愛もない話なんかじゃなかった。霞龍さんは「えらいねえ」とか「すごいねえ」とか、そんな調子で何度もわたしを褒めそやした。
 正直言って、甲殻の緑が棘の紅色と同化してしまったんじゃないかってくらい、恥ずかしかった。

 成竜として過ごした時間のほうが長いわたしは、そんな風に褒められるのも久しぶりだった。少し前まではおとなとして当たり前だと思っていたけれど、老いて死期が近づいて、先にあの世へ逝ったであろう両親のことを思い出したりして——つまり、きっとわたしは望んでいたんだろう。
 褒められるのは恥ずかしかった。でも同時に、どうしようもなく嬉しかった。

 お気に入りの場所で寝そべって、穏やかに逝けること。この厳しい自然の中で実現するには困難なことで、そんな終わり方を勝ち取れただけでも満足だと思っていた。
 でも今は、だめだ。それだけじゃきっと物足りなくて、死んだあとに後悔してしまうかもしれない。

 最期の眠りに落ちるとき。あの変に間延びしたやさしい声で、よくがんばったねえ、なんて言われたら。
 きっと、わたしは世界でいちばん幸せな棘竜になれるんだろう。