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スサ
2024-05-19 18:38:42
4660文字
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【鬼水】選ぶ選ばないの話
定期的に「妖怪最強の戦闘力」を思い出してあれこれ考えてしまい、つまり最強の鬼くんがほしい女妖怪(だけじゃないと思うが)もいるよね?嫉妬したりするよね?と思って、だけどそれを断るに当たり…みたいな…ことを…
人間の水木にはピンとこないが、妖怪の世界における幽霊族、ひいてはその最後の末裔鬼太郎というのは水木が思うよりも有名で、そしてひらたく言えばモテる。らしい。そこは愛する養い子のこと、そうだろうそうだろう、あいつはとっても可愛いし、紳士的だし、落ち着いてるし、何より心優しいからな、と鼻高々である。なお水木がそれら義息の美点を並べると、おおむね鬼太郎の父以外は微妙な顔をするのが常なのだが、対水木の時にのみフルスペックで発揮される美点であることは父達以外は知らないので仕方がない。いや、目玉のおやじはさすがに気づいているだろうが、気にしていないというか。
そうはいってもだ。それは知識としてそうらしいと知っているだけであって。
『人間のくせに、なんで鬼太郎の連れ合いに選ばれたのよ!』
普通の人間なら、きっと言葉はわからず、ただ狐がギャーギャー騒いでいるとしか思わなかっただろう。いや、開発が進み狐は最近珍しくなってきたから、狐の姿そのものには驚くかもしれないが。
「ええと
…
」
困ったな、と水木は頬をかいた。気づかないふりをすべきだった。人間なら、狐の言葉などわかるわけもないのだし。聞えて、理解できてしまっている、というのが相手に伝わってしまう。
だが、つい反応してしまった。
あいつ、本当にモテるんだな
…
。水木はやれやれとため息をつく。
──何の因果か、墓場で命を掬い上げた子を育て、育てた果てに、その子に求婚された。そこだけなぞれば、まるで水木が己の道行きを託すために育てたかのようにも見えそうで、水木はそれが嫌だった。少なくともそんな打算はあの時にはなかった。あったのはもっと違う
…
、もっと大きくて、あいまいで、どこか切ない気持ちだった。そこから小さな赤ん坊を育てていた間だって、この子に何も悲しいことがないように、そう願って、尽くすように愛し慈しんだ。ただそれだけだ。そこに何らかの計算や下心があったことなどない。
しかし結果としては、義息──鬼太郎は水木に何を思ったか求婚し、当初はとても考えられないと突っぱねた水木も紆余曲折の末それを受け入れたため、立場的には連れ合い
…
のようなものになる。人の理からは外れた、あるいは超越した所での話で、誰に認めてもらう必要もなく(目玉のおやじには伝えたし、了承も得たが)、ただ互いがそれと知っていればよいだけの、契り。
…
なのだけれども。鬼太郎はそんなにおしゃべりな質ではないし、己の色恋を面白おかしく喧伝することもないだろう。伴侶を見せびらかしたいという欲求も薄そうに見える。
…
水木にそう見えるだけであったということをこの後知ることになるのだが、まだその時の水木はそんなことは夢にも思っていなかった。
水木はあたりを注意深く見回した。人はいない。水木が狐と話していた、なんて変な噂が立つことはなさそうだ。
ちらりと狐を見下ろし、その赤みの強い目の端を見るようにしながら
―
あまり目をあわせるものではないと注意されていた
―
水木は言った。
「あいつは罪作りな男だな」
狐の目が鋭くなる。だが水木は肩をすくめるしかない。
さて、と思った所で、上空からわさわさと羽ばたきが聞えてくる。多い。もはやちょっとした嵐のようである。カアーッという声がつけば、どうやら烏の群れと知れる。烏は少し近しい者だ。あの子が使いに使うから、水木にとっても他の動物よりなじみがあった。
何となく顔を上げ、水木はぎょっとした。
烏、だけではなかった。烏が何羽もいたのは、彼らが誰かを運んでいたからだ。
呆気にとられる水木の前で、狐がこん、と鳴いた。どろんと姿を変えて、そこに立っていたのは十代半ばくらいに見える少女だ。とびきり美しいが、雰囲気が人のそれではない。
美少女が水木の前に立つのと、着陸など待たずかなりの高度から飛び降りてきた鬼太郎が着地してその前に立ちはだかったのはほとんど同時だった。
鬼太郎は鋭い目つきで目の前の少女を見据えている。睥睨、とでも言った方が良さそうな厳しい顔だ。友好的でなどまったくあり得ない様子だが、そこは人間ではないからだろう、狐は気にした様子もない。
「鬼太郎」
にこりと笑いかける。妖艶、という雰囲気だ。
狐と言えば九尾の狐、玉藻前の話がすぐに思い起こされる。那須の殺生石、観に行ったことないなあ、と水木はぼんやり思った。鬼太郎が来たからもういいか、という気持ちが少しあったことは否めない。
「この人に近づくな」
ぴしゃりと鬼太郎は言う。とりつく島もない、といった風情だった。烏の一羽が水木の肩に止まったので、くすぐるように指を出しながら水木は養い子にして今は伴侶
…
ということになる男の背中を見た。めちゃくちゃ怒ってるな
…
、と思った。だから烏も鬼太郎ではなく自分の肩に止まったのだろうと。他の烏たちの姿は見えないから、この烏だけ伝令のような役割で残ったものと見られた。災難だったな、と水木は心の中で呼びかける。
「人間になんか用はないわよ。妾が用があるのは鬼太郎よ」
わらわ
…
、と水木は思わず繰り返した。
童?と最初に思ってしまい、子狐なのか
…
と思ったが、すぐにそれだと文脈が通じないなと思い直し、ああ、わたくし、みたいな
…
、と追って理解する。美少女に睨まれたが、気にしないこととする。
「僕はおまえに用はない」
またもぴしゃりと。
水木は思わず眉を下げた。まるで制止するように手も伸びかける。そんな、女の子におまえ
…
という気持ちで。だがそれを言うと鬼太郎が激怒するのはわかっていたので、水木はきゅっと唇を引き結んだ。
「? 帰りましょう」
もう用事はない、と鬼太郎は狐に背を向け、水木を振り仰いだ。別人のように優しい顔で、水木の手をそっと取る。つなぐ前に少しだけ手の甲を撫でていくのが抜け目がなく、水木はうっかり目元を染めてしまった。さりげない触れ方があまりにも手慣れている。
…
そういう手管を発揮するのは自分にだけらしいが、それってどんな天才だ、と思わずにいられない。
「
…
うん、
…
だが、あの
…
」
水木は鬼太郎に頷き、それからちらりと狐の美少女、いや美少女の狐?をうかがう。嫉妬。凄まじい嫉妬が渦巻く瞳が水木を睨みつけている。
…
水木をからかってくる妖怪には大分慣れたつもりだ。しかし、こういった嫉妬に対しては、まだどうしていいか迷うことが多い。そもそも相手の方が正当ではないかと思ってしまう。負い目、というのか。
水木は人間だし(今はもう正しく人間とは言いがたいが)男だし、確かに鬼太郎と釣り合うかといわれるとそうではないと思う。若くもないし、というのは、親友であり義父ということにもなるらしい目玉から、水木も鬼太郎もわしからみりゃどっちもひよっこみたいなもんで変わらんわということらしいので、考慮から外して久しい。
「あなたが気にすることはありません」
「どうしてよッ! なんで人間なんか! 弱いのに!」
はあ、と鬼太郎はため息をつき、きゅ、と水木の手を強く握った。あたたかくて、
…
それは水木のための温度だ。本来幽霊族の体温は人間ほど高くないというから。
安心して、と鬼太郎はその手の温度で伝えてきた。それがわかるから、水木はただ頷いた。
鬼太郎がゆっくり振り向く。
「おまえも僕より弱いじゃないか」
「
………
ッ!」
カッ、と美少女の顔が赤くなり、怒りにゆがみ──ぱっと狐の姿に戻っていた。狐って本当に化けるんだな、と水木は変な部分で感心してしまう。鬼太郎に手を握られていなかったら、拍手していたかもしれない。そんなことになったら狐はますます憤慨していただろうから、そうならなかったことは幸いだった。
「みんな僕より弱い。なら、それは関係ない」
「
…
き、鬼太郎
…
」
さすがに水木は止めた方がいいと名前を呼んだが、鬼太郎は首を振り、水木に唇の形だけで「黙って」と告げた。ひゅ、と水木は思わず息を呑んでしまった。
穏やかな風情でありつつ、それはとても少年がするような顔ではなかったので。
「僕はこの人じゃないとだめだ。
…
ねぐらにお帰り」
鬼太郎は烏を見た。烏は一声鳴くと、狐の上を旋回する。ついてこいと言っているようにも見えた。水木は混乱しながら、わああん、と癇癪を爆発させたように鳴く狐を見るしか出来ない。
「みずき」
が、少々そちらに意識を取られすぎていたようで、はっと気づいた時には鬼太郎に担ぎ上げられていた。
「え! お、おい、なんだこれ」
「僕らも帰らないと」
「え、いや
…
」
「黙って。舌噛みますよ」
米俵よろしく二つ折りに担ぎ上げられ、水木は行き過ぎる風景があまりにも早く、線でしか見えないことにうっすらと恐怖を覚えた。どうやら自分は知らぬ間にあちらとこちらの間に紛れ込んでいたらしい。いわゆる異界というものだろうか。
酔う、とぎゅっと目を閉じた後はわずかもかからず、つきましたよ、と声をかけられ、水木は到着を知る。目を開き、そうっと地面に下ろされて見上げるのは自宅だ。まさに狐につままれたような気持ちで瞬きした後、水木は困ったように眉を寄せ、鬼太郎を見る。義息は感情の読みづらい顔をしているが、水木と視線が合うと眉根を寄せ、また捕まって、と短く詰る。
「
…
いや、でも、今日は俺は悪くないんじゃないか?」
あれはおまえのお客さんだろう、と言外に含めれば、鬼太郎はむう、と唇を軽く尖らせる。それが幼い頃を思い出させて、気づけば水木は鬼太郎を抱きしめていた。ふうわりと。鬼太郎も予想外だったのか、少し固まっている。だが、おずおずと水木の背に手を回した。
「上がってくだろう? 今夜は生姜焼きにしようと思ってたんだ」
「
………
わかってるんですか?」
変わらず拗ねた顔で見上げて、鬼太郎はぽつりと尋ねる。なにが、と首を傾げた水木に小さくため息をつくと、少年の手が水木の尻の上あたりをく、と押すように撫でた。さすがに目を見開き、それから顔を真っ赤にした水木に、鬼太郎はまるで大人の顔で告げる。
「僕は我慢強い方だけど、だからといって聖人君子じゃない」
妖怪だし。
と、続くかどうかはわからないが、欲もあればそれに忠実になることもあるのだと大きくぎょろりとした目が告げてくる。水木は思わず唾を飲み、それから
…
ぐしゃぐしゃと鬼太郎の栗色の髪をかきまぜた。
わ、と声を出す義息──いや、伴侶に、水木もぼそぼそと返す。
「
……
精のつくもの食わせるっていったんだぞ、俺は、今」
「
…………
」
鬼太郎もこれには驚いたらしく、目を丸くして「は
…
?」と声をこぼした。それに少し気を良くして、水木は目を細める。
「ついでにいうと、明日は俺は休みだ」
「
…
!」
で、と水木は言う。妖艶ぶって、
…
けれど目元にさした赤みが、完全にはなりきれていないことを暗に示している。
「で、どうする? 上がってくか、帰るか」
「泊まる」
「
…………
ん」
水木は頷いた後ぱっと手を離し、くるりと背を向けた。
──大きな背中と思っていた背中が案外なで肩でそこまで大きくもないのではと知ったのはいつだったか。鬼太郎は口角を上げ、水木に追いつく。
「手伝います。僕、味噌汁作ります」
「
…
ん」
ガラガラと引き戸をあけ、ただいまと二人で玄関をくぐれば、後は誰にも邪魔されない、二人だけの世界だった。
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