shirajira
2024-05-19 15:03:06
4234文字
Public
 

ただ同じように

再録本「ただぬくもりがほしかった」Boostお礼の小ネタ(後日全体公開予定)。書き下ろしのボツネタで、座のビマとヨダナがデアのビマヨダの記録見て影響受けちゃうやつです。ボツ理由は座のことよくわからなすぎたから……。

「おい、お前、あの記録見たか」
 一陣の風と共に現れたビーマに開口一番そう言われ、ドゥリーヨダナは瞬きを返した。
 英霊の座、ドゥリーヨダナが主である庭園の一角。突然吹いた風のせいで、散った花弁が風を色づかせる。
 死後に人々から向けられた想いにより、英霊の一人としてドゥリーヨダナはここ英霊の座に召しあげられた。目の前にいる男もそうだ。小癪なことに。
 ここには数多の英霊がいる。ドゥリーヨダナの友も、敵も、海ばかりでなく時を越えた先の者も。時間だけはいくらでもあるものだから、ドゥリーヨダナは多くの者と交流を深めてきたが、因縁ばかりが強い目の前の男とは没交渉的だった。
 争うものは、争えるものはここには何もない。だから、互いに会う意味はない。
 久しぶりに見る顔に、こいつこんな顔をしていたっけと、思わずじっと見つめてしまう。興奮のためか大きく見開かれている目は、何だか子供のようだった。
 記録の中では何度か見ている顔ではある。サーヴァントとして現世に呼び出された自分を通して。特に最近気に入って何度も見返している記録があるから、余計に妙な気分だ。
 ペーパームーンと呼ばれるシステムの内部で行われた、聖杯戦争。ドゥリーヨダナはバーサーカーとして召喚されたその先で、ランサーとして召喚されたビーマと相対した。
 通常の聖杯戦争とは大きく違ったそこで、ドゥリーヨダナはビーマに、勝った。
 結果だけ見れば相討ちだろうが、あれはドゥリーヨダナの勝ちだ。少なくともドゥリーヨダナはそう認識しているし、そう主張し続けるつもりである。
 初めて、ビーマに勝った。死後何千年も経った、その先で。ドゥリーヨダナが、ビーマに勝った。
 こんな愉快なことがあるか!
 まるで子供が気に入った絵本を擦りきれるまで読み続けるように、ドゥリーヨダナは何度もその記録を見返した。
 サーヴァントとなった全ての自分に記憶として持たせてやりたいくらいだったが、何故だかうまくいかなくて、断片的に持たせるのが精々だ。それでもどこか感じとるものはあるのだろう、分身であるサーヴァントの自分たちは、記録を見る限りは前よりも気楽そうに見える。
 あれは、とてもいい記録だ。ああいう記録はじゃんじゃん座に持ってきてほしい。
 さて、とドゥリーヨダナは目の前にいるビーマを眺める。あれはドゥリーヨダナにとっては最高の記録だが、ビーマにとってはそうではないだろう。となると、ビーマの言う「あの記録」は別のものである可能性が高い。
 どれだ。さっぱり検討がつかない。わざわざこの男がドゥリーヨダナのところに駆け込んでくるような記録。そんなもんあったか?
「いきなり来てあの記録、と言われてもな。何のことだかさっぱりだ」
 できるだけゆっくり答えると、口早な声が返ってきた。
「カルデアの記録だ。俺とお前が同陣営の」
「カルデア~? ああ、これか……
 ペーパームーンの記録ばかり見ていたから気づかなかったが、いつの間にか他の記録も増えていたらしい。さすがわし様、人気者だから引っ張りだこだ。思いながら記録を確認する。
 ほーん、聖杯戦争ではない。人理継続保障機関……なにっ、カルナにアシュヴァッターマンまでおるのか! そんなの勝ち確ではないか! イージーモードだろこれは! で、当然こいつやアルジュナもおったと。ふむふむ……
 ドゥリーヨダナは記録の確認を続けた。馬車馬のような周回やお人好しのマスター、再会した友との交わりに、新しく知己となった英霊たち、そんな記録にこれがどうしたというのだろう、と思っていると。
 突然インクの染みが滲んだように、看過できない記録が現れ始めた。
 不可抗力による魔力供給。そこから始まった肉体関係。互いに手放したくないと、手を取り合った結果始まった恋人関係。
 …………恋人関係!? というか。というか……
 ドゥリーヨダナは思わずビーマの方を見た。うずうずした様子の男の顔を見て、叫ぶ。
「お、お前、わし様の尻目当てか!?」
 後退りながら指を突きつけると、ビーマは「そう言われると反論したくなるが」と言いながら、にじり寄ってきた。
「抱いてお前と分かち合えるものがあるなら、悪くねえと思ってよ」
「反論になっておらん! 尻目当てではないかー! イヤーッ! わし様の慎ましやかな花園が荒らされるぅ!」
 まだ清い――少なくとも座にいるドゥリーヨダナのものは――そこを守ろうと後ろ手に手をやる。ビーマが顔をしかめた。
「ちげーよ、わかんねえやつだな。おい、分霊とは言えサーヴァントの俺たちが俺たちであることに変わりはねえ、それはわかるな?」
「偉そうに講釈垂れるでないわ! それがどうした!?」
「だから、サーヴァントの俺たちがああやって触れ合えたってことはよ――俺たちにだって同じことができるはずだ、ってことだろうが」
 ドゥリーヨダナはビーマを見た。こちらを真っ直ぐに見つめる瞳の輝きとは裏腹に、どこか切なげな声がドゥリーヨダナの名を呼ぶ。
「ドゥリーヨダナ。俺はお前に対する感情を、一言で表すことはできねえ。お前は本当に最低最悪のふざけた野郎で、お前のしたことは未来永劫許さねえが、でも、俺は」
 俺は。続く言葉をドゥリーヨダナは思わず待った。ビーマの話なんて聞かずに逃げればよかったのに、待ってしまった。
……いや、やっぱり言葉にはするもんじゃねえな。とにかくだ」
 ゆるりと首を振ったビーマが、次の瞬間にはドゥリーヨダナの目前に迫っている。あ、と思った時には抵抗を封じるように両の手首を取られていた。
「な、俺たちも、試してみようぜ」
「嫌に決まっとるだろうが!」
……何故」
「むしろ何で色好い返事が返ってくると思った!?」
「だって、お前、すげー気持ち良さそうにしてただろ」
 今ここにいる自分の話ではなく、分霊の自分の話だとわかっても、顔が赤くなった。確かに記録の中の自分は、生前知らなかった快楽に、あられもない声を上げて溺れていたけれど。
「気持ちいいこと好きだろ、お前。興味あるんじゃねえのか?」
「はあ? 高貴なわし様がそんな、子もなせん行為に興味なんてあるわけが」
 ……そんなに気持ちいいのかな。いや尻だぞ。尻にビーマのあれを? いやいやいやいや……。無理だろ……らめぇこわれちゃうとかいうやつだ、記録で見たぞ。いくらわし様が最強最高最優の英霊とは言え、無理なものは無理……だよな?
「だ、だいたい、あれはサーヴァントの身だからどうにかなったのではないか? 霊基異常とか魔力供給とかで……
「俺のがお前に入るかって話か? そりゃあいきなりは入らねえだろうが、少しずつ慣らせばいいだろ。別にそこまで至らなくても俺は……つーか、お前、乗り気じゃねえか」
「乗り気ではない! 人を愚弄しおって! そんなに嬉しいか、分霊のお前が、わし様を組み敷いて蹂躙したのが!」
 からかうような声に、カッと腹が熱くなる。ビーマが眉を寄せた。
「別にお前を馬鹿にしてるつもりはねえんだが……な、じゃあ、キスしようぜ」
「何が『じゃあ』なんだ!?」
「好きだろ、キス。違うのか? このくらいなら、試したっていいだろ」
 伺うように鼻先を擦り寄せられる。朝を連れて夜を走ってきた空のような瞳を、こんな近くで見たことが、生前あっただろうか。
 そりゃあ、キスは好きだが。尻を掘られるよりはよほどましだが。
 そんなことを考えて、抵抗を忘れたのは、記録の自分に少しばかり羨望の気持ちがあったからかもしれない。日中はマスターに貢献してありがたがれ、友と語らい、夜は世界一安全な腕の中で快楽を貪って眠る。
 あり得ざる、夢のような暮らしだ。座に上がってきたのはあくまで記録であって記憶ではないから、ドゥリーヨダナに実感はないが――ペーパームーンでのビーマからの勝利とまた違った意味で、分霊の自分は満たされていただろうと、そう思えた。
 座にいる自分は、記録を見て一喜一憂こそすれ、変わらないままなのに。分霊の自分たちばかりが、死後に可能性を広げていく。生前勝ち得なかったものを勝ち得て、晴々しい気持ちで笑う。
 ずるい、と、そう思ってしまう。自分だって、と、そんなことを思ってしまう。
 欲が、出てしまう。
「ん……
 何度か唇を啄まれる。咄嗟に固く目を閉じると、ふふっと吐息だけで笑う声。何笑っていやがると一言申してやろうと口を開くと、舌が割り入ってきた。びっくりして、目を開けてしまう。
「はっ、んぅ、まて、ちょ、ひゃあっ! あっ、あっ、んむ………………
 まるでドゥリーヨダナの弱いところなんてお見通しだと言わんばかりの舌使いに、じん、と腰の辺りが痺れて、重くなる。いつの間にか手が勝手にビーマの服を掴んでいた。
「ん、んっ、んぅ……
 頭がぼんやりして、気がつけば必死に相手の舌に舌を絡めている。気持ちいい、と思う。こんな、ビーマなんかにいいようにされて、と思うのに。
 記録の中の自分が。ビーマに受け入れられていたから。自分もそうだと、錯覚してしまう。
 腰が揺れる。ごり、と固いものを押し付けられて、肩が跳ねた。たまらず自分からも擦り寄せる。布が擦れる感触に、息が上がる。服の中をまさぐられて、気持ち悪いと思うどころか、嬉しくなってしまう。
 気持ちいい。気持ちいい。もっと、もっと。
 かくん、と膝が折れかけた。伸びてきた手に腰を支えられて、無様に座り込んでしまうことこそ避けられたが、体に力が入らない。荒い息をして、こちらを覗き込んでくる顔を、ぼうっと見上げるので精一杯だ。
「ドゥリーヨダナ」
 興奮でギラついた目。戦場で見た目と同じだなあ、なんて思う。
 自分とこいつが揃えば、どうしたってそこは戦いの場になる。そのはずなのに。
 こんなの、間違ってるのに。
 ああ、まったく。ろくでもない記録のせいで、こんなことになっている。そうだ、わし様は悪くない。悪いのはあの記録だ。
 悪いのは、全部全部、カルデアなんて特殊な環境のせいだ! ビーマのせいだ!
 だから、間違ったって、自分は悪くないのだ。
「続き、していいか」
 嫌だ、と言うのは嫌だったから。ドゥリーヨダナはか細い声で、「ちょっとだけ……先っちょだけ、なら……」と答えた。