モブが髭を剃る話

3723の霊モブ。
立派な成人男性に育ったことを師匠に認識されたくなくてモブは体を隠すようになるが…。セックスがどうのこうのと出てきてますが全年齢です。

洗面台の鏡の前でシェービングクリームを顔に塗る。カミソリを手に取りそのまま顎のラインに沿わせて気になるところを剃っていく。そうして身支度を整えているうちにあの人が起きてきたらしい。
「モブが……髭剃ってる……
師匠は頭に寝癖を付けたまま、ポカンと僕を見て固まっていた。
「そりゃまあ……生えますから……大人ですし」
「まぁ……そうだな……。いや、ガキの頃を知ってる分、なんかびっくりしただけ」
半分クリームのついた顔のままどう答えたらいいのか困っていると、彼はそう言ってその場を去っていった。
僕は残り半分の髭を鏡とにらめっこして剃っていたのだけど、さっきの師匠とのやりとりが何だか気になった。僕は今23だ。成人した男性に髭が生えるのは当然だろう。基本的に人と会う日は毎朝剃るようにしてたんだけど、でも……よく考えたら、セックスした翌朝に恋人が洗面所で髭を剃ってるっていうのは……どうなんだろうな。昨晩まで自分の下でアンアンよがりまくって熱烈に愛し合ってた相手が、だ。

出会った頃から師匠は大人だったし年をとっても印象が大きく変わることはあまりない。たとえ師匠がおじいさんになっても僕は彼を好きでい続ける自信があるけど、師匠はどうだろうか。出会った頃の僕はランドセルを背負った子供だった。師匠と付き合い始めた18の頃から見ても、成長につれて印象が大きく変わっているはずだ。僕が色白で若かったから女の子の代わりとして愛してくれたわけじゃないだろうけど、師匠は元々女性が恋愛対象なんだし、男性は性愛の対象ではなかったはずだ。だから……どう見ても成人男性に成長した僕を師匠は好きでいられるんだろうか。今は良くても年をとってく僕を見たら、師匠は目が覚めてしまうんじゃないだろうか。

持っていたカミソリがガシャンと音を立てて洗面台の上に滑り落ちた。

◆◇◆◇◆

モブの様子がおかしい。
なんというか避けられている気がする。まず目を合わせない。体を隠そうとする。セックスをしたがらない。モブはどちらかというと積極的だったし外が明るいうちからおっぱじまることも珍しくなかったが、今は豆電球さえつけない暗闇の中でしかしたがらない。しても声を出そうとしないし正面からのを拒むし後ろからしたがる。俺が何か嫌なことをしたのかもしれない。不安になって「俺とセックスすんの嫌だった?」と聞いてみても、「別に……なんでもないです」と暗闇の中で声がするだけでますます不安が募る。
今まであいつが何を考えているかわかる気でいたが、今はモブがどんな表情をしているのかさえわからない。
「気分じゃなかったか……ごめん。また今度な」
背中を向けて丸まってるモブの頭を手探りに触れてわしゃわしゃと撫でたが、モブがこちらを振り返ることはなかった。

◆◇◆◇◆

その日からモブは俺に体を見せることがなくなった。風呂はもちろん1人で入るし着替えもわざわざ脱衣所でする始末。朝は特に顔さえ見せようとしない。俺の顔を見たくない、というよりは自分の顔を見せたくない、という感じがする。
なんでだ……どうしてモブが思春期のような行動をとってるのかわからない……
つい先週まで上手くやれてなかったか俺たち。
付き合って5年、最近一緒に暮らすようになったとはいえ、その……ぶっちゃけ結構いちゃいちゃしてたのだ。風呂だってたまには一緒に入ってたし、セックスだってそれなりにあった。……うそ。それなりどころか、わりと、結構あった。相談所に来る若い奴らをバカップルだなんて言えないほどには浮かれてた。それがここ一週間まともにモブの顔を見れてない。最後にちゃんと見たのは確かモブが洗面所で髭剃ってた時だ。
……そういえば、あれからモブの様子がおかしくなったんじゃなかったか?確かにガキの頃からあいつを見てきた分モブが髭剃ってる姿にギャップがあって驚きはしたが茶化したつもりじゃなかったんだ。そりゃ昔はまだ下の毛も生え揃ってない中坊だったかもしれんが今は大人の男なんだし生えてるとこ生えてんのは当然だろ。からかったつもりじゃないが、何かあいつの繊細な部分を傷つけてしまった可能性があるならそれはやっぱり俺の責任だ。ちゃんと謝って仲直りしたい。背を向けてこちらを向いてはくれないが、まだ一緒に寝てる分、勝機はあるはずだ。一回モブとちゃんと話をしたい。
恋人に背を向けられたまま過ごすのは……やっぱり寂しい。

◆◇◆◇◆

シンと静まり返った真っ暗闇な部屋の中を壁伝いに移動する。壁に向かって眠っているモブのベッドに俺はそっと潜り込んだ。
……なぁ、モブ」
……
返事はない。
眠ってるという体を貫くつもりらしいモブに俺はそっと近づいて、首の後ろの骨の部分に舌を延ばしてペロっと舐めた。
……っ!?」
モブの体がわかりやすくビクンと震える。だがすぐまた壁を向いて布団を抱きしめる。あくまで寝てるふりを通すらしい。意地でもこちらを向こうとしない背中が段々憎らしくなって、そっちがその気ならこっちも考えがあるぞと奴のパジャマを捲りあげた。
……ッ」
顕になった白い背中にそっと触れ、チュッと唇を落としわざと音を立てながらあちこちキスをする。背骨に沿って下から上へゆっくり舌を這わせると吐息と共にモブの背中が仰け反った。そのまま肩甲骨を丁寧に舐めて少し強めに噛み付いたところで「あっ!?」という声を出してモブの身体が跳ねた。
「やっぱ起きてんじゃねえか」
……何してんだアンタ……
「モブくんがこっち向いてくんないから悪戯してんだよ」
眉を歪ませ少しとろけてるモブの目がやっとこちらを向いた。
「なあモブ、俺が無神経なこと言ってお前を傷つけたなら謝るよ。お前と仲直りしたいんだ」
…………別に……何も……
アンタは悪くない……と、モブはまた背を向けてか細い声でおずおずと言う。
「そんなわけないだろ。じゃあなんで」
俺のこと避けんの。
背を向けたまま、俺のほうを向いてくんないの。

声に出した言葉が思ったより情けなく震えた。出会った頃はランドセル背負ってた小さな背中。それが学ランを着るようになって、段々でかくなって今じゃスーツを着るようになった。頼りがいのある逞しい背中。でも俺は、あいつが嵐の中一人で遠くへと去っていった時の背中を思い出す。俺の声も届かない、振り返ってもくれない、段々小さくなっていく後ろ姿。あの背中を思い出す度、自分が無力であることを思い知る。モブが本気を出せば俺の声なんか届かない。やろうと思えばいつだって、俺の元から去っていける。それを俺は師匠だなんて偽って、嘘ついて、モブにとって価値ある存在でいるために、これを持ってるといい事あるぞと自分を高く売りつけている。そんな価値など何処にもないのに。あいつに渡した価値のないガラクタが、種明かししたあとも手元に持っててくれたそれが、やっぱり要らないものだったと捨てられるのが……今更になって、怖い。

黙りこくって再びシンとした室内でモブがゆっくりと口を開いた。
……師匠。僕、大人になりました?」
顔を見せないまま背中越しに小さくそう問われる。が、その言葉の真意がわからなかった。
「ガキとは付き合えないって断られた時から、早く大人になりたいと思ってました。あれから身長も伸びて、声変わりもして、筋肉もそれなりについて大きくなりました。見た目だけなら、もう子供には見えないと思います。髭もすね毛も生えますし、鍛えてるんでこれからもっと逞しく、男らしくなる予定です。……そんな風に変わっていく僕を、師匠は恋人として好きでいられますか?」
顕になった白い背中が、寒そうに震えている。その背中を後ろからギュッと抱きしめて頬と頬をくっ付けた。
「そんなこと気にしてたの?」
……僕にはそんなことじゃないので」
「俺さ、お前の力強い腕でギュッと抱きしめられんの結構好きだよ」
モブの顔がこちらを向く。
「あんなに小さかった手のひらが俺と変わらないくらいでかくなってるのに気づいてドキッとしたし、お前が寝てる時だって寝顔はガキの頃のまんまだなって思うのに触った頬がチクチクしてて、もう大人なんだな、男の顔になったんだなって感慨深くなったりしてんの」
……なんだそれ」
「正直に言うとな……、大人にならなくていいのにって思ってたこともあるし、早く大人にならねえかなって思ったこともある。でも俺は、お前の子供の頃から大人になるまでを見守ることができてよかったなって思ってんだよ。昔もこけしみたいで可愛かったけどさ、でっかくなった今だってめちゃくちゃ可愛いと思ってんだぞ俺は」
内緒話をするように、暗闇の中で俺の声だけを響かせながらモブは黙って話を聞いていた。
「お前はそのままでいいって言ったろ。大丈夫。ランドセル背負ってた小さなお前も、俺と変わんないくらいでっかく育ったお前も好きだよモブ」
抱きしめた背中がようやくくるりとこちらを振り返り、俺の頬に触れた。
「僕に髭が生えても?」
「いいじゃん。一緒にジョリジョリしようぜ」
そう言って俺は一週間ぶりに顔を見せた恋人の頬に自分の頬を擦り付けてやった。わっくすぐったい、と言うその口をそっと引き寄せて己の口で深く塞ぐ。
ゆっくりと唇を離しモブと目を合わせた。
「ガキにはしねぇぞこんなこと。大人になったんだろ?モブくんは」
モブがゆっくりと俺の首に腕を回す。
「そうですよ。アンタのために大人になったんです」
首元に抱きついて涙ぐむモブを俺は両腕で抱きしめ返した。力強く厚みのある身体。簡単には解けない逞しい腕。抱きしめた背中を背骨に沿って一つ一つ確認するように指を這わせていく。筋肉質という訳では無いが細くもない、成人男性らしい体つき。どこから見ても、大人の男の形をしていた。
───大きくなったな、モブ。
今度は目と目を合わせてゆっくりと唇を重ねていく。離してはくっつけ、啄むように、段々深く。夜の闇に二人の身体が一つに溶けていくようだった。

◆◇◆◇

洗面台の前でシェービングクリームを手に取り顔に塗る。そのままカミソリを顎のラインに沿わせているとよく知った顔が鏡の中から現れた。
「モブ〜、そのクリーム俺にも貸して」
先程使ったそれを師匠に渡すと、彼もまた同じように顔に塗って髭を剃り始める。
「お前早いな。ちゃんと眠れた?」
……お陰様でぐっすりです」
「そりゃよかった」
師匠は上機嫌ですいすい髭を剃っていく。師匠が上を向いてカミソリを当ててる時、晒される喉仏を見て、自分でも変かなって思うけど彼のこういう仕草はなんだかかっこいいなって思う。
「こればっかりは男の嗜みだからな〜。あんま剃りすぎるとカミソリ負けするから気をつけろよ」
狭い洗面所に並んで鏡とにらめっこしながらぎゅうぎゅうになって髭を剃る。クリームを多めに足して摩擦を少なくするといいぞ、なんて言ってるうちに自分のを剃り終えると、彼はツルツルになった僕の肌に触れて、
「うん、いい男になった」
と、そのまま頬にキスをした。