結婚するのやめましょうか

2539のモブ霊。
師匠にプロポーズしてOKを貰ったものの、その後の師匠がなぜか話を濁し続けるため時間だけが過ぎてゆき…。安心のハッピーエンドです。茂夫の架空の同期が結構喋ります。

「霊幻新隆さん、僕と結婚してください」
師匠の座る椅子の前に跪いて指輪の入った箱を見せながら、僕は家の食卓で一世一代のプロポーズをした。師匠はびっくりし過ぎて椅子から転げ落ちて尻もちをついてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「な……おま……なん……なんて……
「霊幻師匠とずっと一緒にいたいです。僕と結婚してください」
師匠と同じように床に膝をつき、わなわなと震える師匠の手を握りながら僕はもう一度プロポーズの言葉を言う。
この人のことだからきっと最初は拒否されるだろうと思っていたのに、師匠の口から出た言葉は、
「俺でよければ……よろこんで……
だったのであまりにも嬉しくて泣きながら師匠を抱きしめたら、師匠も泣きながら僕を抱きしめ返してくれた。
幸せの絶頂だった。これが一週間前の出来事。

「僕、霊幻師匠のご両親へご挨拶に行きたいです」
結婚をするのだし、僕と師匠のご両親へ結婚のご挨拶に伺わなくては。そう思って僕は霊幻師匠に話を切り出した。手土産は何がいいだろう?服装は?師匠のお父さんとお母さんってどんな人たちだろう。確かお姉さんがいるって言ってたな。やっぱり緊張するな。粗相がないようにしっかり頑張らなくちゃ
なんて思っていたのだけど、師匠は、
……あ〜、うん、そうだな……
と言葉を濁しながら答えると、
「また話通しとくからさ。もうちょっと待っててくれ」
そう言ってこの話は終わった。

そうしてなんだかんだと過ごしているうちにプロポーズから一ヶ月が経とうとしているのだけど、驚くことにあれからなんの進捗もないまま現在に至る。師匠にはあれからどうですか、ご挨拶伺えそうですかって聞いてみたんだけど、あ〜うん……もうちょい待っててな、って濁されてばかりいるし、じゃあ僕の方の家族に先に会いませんかって聞いてみても、今ちょうど仕事が忙しくてな……落ち着いたらご挨拶に伺うからもう少し待っててくれ、と言われたきりである。
あれ結婚の流れってこんなものなのかな結婚したことないからわからないや。まあまだプロポーズから一ヶ月しか経ってないわけだし、お互い仕事が忙しい時期だって当然あるわけだし、そんなに焦ることもないのかな。結婚するって言っても、正式に籍を入れられる訳でもないのだし
そうして気づけばプロポーズから二ヶ月が過ぎようとしていた。

師匠とは僕の就職に会わせて一緒に住み始めたから、同棲を初めて丸二年になる。今日まで特に大きな問題もなく上手くやれてると思ってたんだけど、この頃の僕らはちょっとギクシャクし始めていた。喧嘩したわけじゃないけどなんとなく師匠と噛み合わなくなってるような師匠が何か考え事をしているような、そんな感じ。今の僕らって、婚約者同士ってことになるのかな?プロポーズって成功したんだっけ?二ヶ月前の出来事なんか無かったかのようにいつも通りの日々が過ぎていく。


◇◆◇


ある金曜日の夜、僕は会社の同期たちと飲みに誘われた。あんまりお酒は飲める方じゃないんだけど、せっかくだし師匠にメールで断りを入れて会社近くの居酒屋へ久しぶりについて行くことにした。
「影山ってさ〜、彼女いんの?」
あ〜それ聞きたいと思ってた〜!あんまりそういう話聞かないもんね〜!同期の子たちから次々と声が上がる。
「彼女はいないけど彼氏がいるよ」
隠すことでもないのでそう言うと、みんなが一斉にえっ!?とどよめき、その声で周りのお客さんから注目を浴びてしまった。
「こ、声が大きいよ……
「いやすまんそっか、影山恋人いたのかよ
「えっ彼氏ってどこで知り合ったの?何してる人?」
「えっと、学生時代のバイト先の上司で、色んな人の相談にのったりしてる人かな」
「へぇ〜コンサルタント的な?」
「どちらかというとカウンセラーかな
流石に霊能関係とは言わない方がいいんだろうなと思って言葉を濁した。
「バ先の上司ってことは年上だよね?いくつ?」
「たしか今年で39だったと思う」
僕がそう言うと、再びえっ!と声が上がり今度はみんなが周りを見渡してすいませんとポーズをとった。
「39ってことは14歳差?影山やるなお前
「実はこないだプロポーズしてOK貰ったんだけど、そこから話が進まなくて
それを話した途端、今日一番の、えっ!?という声がお店に響き渡った。
「だから声が大き
「えっ、影山くんプロポーズしたの?OKもらったの?影山くん結婚するの?」
同期の女の子が食い気味に聞いてくる。
「おいおい影山が一番恋愛に疎そうだと思ってたのにお前が一番先に結婚すんのかよ!すげえな影山!」
おめでと〜とその場が祝福ムードに変わり、みんなそれぞれお酒を手にして僕のグラスに乾杯してきた。
「いやそれが、僕は結婚したいんだけど話がなかなか進まなくて……
「話が進まないって、ご両親に反対されてるとか?」
「反対も何も会いに行かせてくれないんだよね。プロポーズしたの、もう二ヶ月も前なんだけど……
そこでみんな、えっ、と小さな声で驚きを口にする。
「ご両親に会わせてもらえないの?」
「うん。話をしてもなんだか歯切れが悪くて」
「誠実な人?影山くん騙されてない?お金貢いだりしてない?」
「してないよ。一緒に暮らしてるけど生活費は折半だし」
同棲してたの!?とそこでもまた驚きの声が上がる。
「他所で浮気してる可能性は?」
……たぶん無いと思う」
今までの付き合いの中で、師匠は僕のことを弟子としても恋人としても大切にしてくれていたと思う。大切にされてる実感があったから、僕は彼にプロポーズした。だから、そこは、彼のことを信じたい。
「う〜ん、じゃあもしかしたら、彼氏さんはまだ結婚する覚悟を決めてないのかもしれないね」
その言葉に、僕の胸はズキッと痛んだ。
「あ〜ごめんごめん!別に結婚したくないわけじゃないと思うよ?現にプロポーズは受けてくれたんでしょ?」
……うん」
「なら想いあってることは間違いないんだし、相手の気持ちの整理がつくまで様子みてもいいんじゃない?」
「何?マリッジブルーってやつ?」
「え〜でも二ヶ月って長くない?」
みんなが思い思いの言葉を口にする。
僕は話を聞きながら手元のビールに映る自分をしばらく見つめた後、そのままグラスを持ってくいっと一口胃に流し込んだ。
「みんなありがとう。やっぱり彼とよく話し合ってみるよ」
うん、それがいいよね。応援してるぞ影山〜。そう言ってこの話は終わり、そろそろお開きということで僕達は居酒屋を後にしてそれぞれの家路へと解散した。



夜風に当たりながら師匠とのことを考える。
師匠に告白したのは僕からだった。中学の卒業式と高校の卒業式、それぞれ告白しては振られてきた。
「霊幻師匠、好きです。僕と付き合ってください」
その度に彼は、男同士だとか年が離れてるとかお前はまだ子供だとか、あげくにその恋は勘違いだとか言って散々いなしてきた。振られる度に僕は、もっと頑張って早く大人の男になろう、いい奴になろう、好きな人に振り向いてもらえるように。師匠のことを隣で支えられるように。そう思って努力を重ねた。勉強を頑張って希望の大学に合格して身体も鍛えて新しいバイトも始めたりして。そうしてアタックし続けて二十歳の誕生日を迎えた日にやっと、俺もモブが好きだよ、の言葉を貰えたのだ。最高の誕生日プレゼントだった。
霊幻師匠が好きだ。僕の人生になくてはならない人だと思う。これから先もずっと一緒にいたい。だから結婚したい。できれば自分たちの家族にも認めてもらいたいし、祝福してほしいと思ってる。
でもそれは僕の独りよがりな希望であって、現実の師匠はそんなことを望んではいないのかもしれない。
師匠の本心はこのまま僕と二人、恋人同士でいるだけで満足なんじゃないだろうか。
……本当は、こんなに予定を先延ばしされて黙っていたのは、師匠に僕と結婚したくないんですかって聞く勇気がなかったからだ。だって、僕と結婚なんかしたくない、そんなのいらないって彼に言われたら、僕は……。どうしたらいいか、わからなくなる……
男同士だし、年が離れてるし、大人の男になろうって頑張ったけど彼から見たらずっと子供に見えるのかもしれないし。師匠のそれは親しくしてきた子供への愛情であって、それを恋と呼ぶのは勘違いだったのかもしれないし。……障害が多いんだ、きっと。師匠の中で僕と一緒に生きていこうとするのは。
もし、本当にそうなら悲しいけど、僕に合わせようとして師匠の人生を犠牲にしてほしくはないから……僕から婚約解消を言わなくちゃ。たとえ結婚できなくても師匠が僕の隣を選んでくれてるその間、そばにいられるのならそれでいいから。

ある程度自分の考えがまとまったところで二人で暮らす家の前まで着いてしまった。
時間は午後十一時。
師匠はまだ起きているだろうか。


◇◆◇


……ただいま」
「おかえり」
師匠は起きていた。パソコンに向かってメールを打ってるようだった。
「結構遅かったな」
「同期の子たちと話が弾んじゃって」
スーツのジャケットを脱いでラックに掛けると、僕は着替えもせずにそのままワークチェアに座る師匠の前へと立つ。
……師匠、話があるんですけど」
……着替えてこいよ」
「今聞いてください」
師匠が僕を見上げる。僕は小さく深呼吸をした後、
「結婚するのやめましょうか」
と切り出した。言った。言ってしまった。もう後には戻れない。師匠の返事が急に怖くなって、僕は彼から目を逸らした。そのまま秒針の音だけが部屋に響く。何を言われるのか身構えて待っていたんだけど、しばらく経っても師匠からの返事は無い。師匠、本当は僕と結婚するの、乗り気じゃなかったんでしょう。何とか言ってくださいよ、師匠。
何も言われないまま時間が過ぎる。無言を通されることに段々腹が立ってきた。
「師匠っ……
文句のひとつでも言ってやろうと目を向けたらそのまま息が止まってしまった。
師匠が泣いていた。
声もなく、さらさらと、涙が目の端から次々と溢れ出ては頬を伝って落ちていた。
「っ……ごめん」
彼はそのまま顔を覆って俯いてしまった。
顎の先へと伝う涙が手の隙間からこぼれ落ちるのが見える。

僕は彼の前に膝をついて、両脚の間で投げ出されているもう片方の手を静かに握って諭すように話しかけた。いつだったか、ずっと昔に師匠がしてくれたのと同じように。
……ねぇ、師匠。思ってること、全部話して」



「元々、結婚できるなんて思ってなかったんだ」
彼の両手を握りながら僕は黙って話を聞いた。
「そもそも、こんなに長く交際が続くと思ってなかった。お前はずっと告白し続けてくれたけど、まだ若いし環境が変われば同世代の奴らの方が魅力的に見えてくると思った。一緒に住もうって言ってくれたのもすげえ嬉しかったけど、いつか終わるんだろうなって覚悟してたんだ」
「それなのにお前にプロポーズされて、ずっと一緒にいたいって言われて、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。すっげえ浮かれてた。モブとずっと一緒にいてもいい権利が欲しかったんだよ。だからお前のプロポーズを受けた」
「でも、実際話が具体的になってお互いの親に会いに行くってなったら急に怖くなった。俺は男で、モブと14も年が離れてて、自称霊能力者。師匠なんて呼ばせて子供のお前をずっと騙して仕事させてた詐欺師なんだぞ。認められる訳無いだろ、そんな奴」
「自分たちが大切に育てた息子を、お前はずっと騙して誑かしてきたのかって、お前の親御さんに面と向かって責められたら……俺は……何も言えない……
師匠の目からまた涙が零れ、繋いだ手の甲へと落ちていく。
……お前には言わなかったけど、俺の親、田舎の古い考えの人間でさ、今までも散々孫の顔見せろって見合い話持ってきてたんだ。全部断ったけどそんな感じだったから、モブとの事を話してもすんなり上手くいくとは思えなかった」
「何度も実家に連絡入れようとしたんだ。でもモブとのことを否定されたら、お前との、この関係が終わっちまうきっかけになったらどうしようって、そう考えたら言い出せなくなって……
「こんなの男らしくないよな。お前は覚悟を決めて俺にプロポーズしてくれたのに……。モブに対して誠実じゃない。……別れを考えるのも当然だと思う。ずるずる引き伸ばすような真似をして、本当にすまなかった」
そう言い終わると、師匠は僕に頭を下げた。
「そんなの、やめてよ師匠。僕の方こそ師匠の不安に気づいてあげられなくてごめんなさい。師匠はこんなにいっぱい僕のことを考えてくれてたんですね。もっと早く話を聞いておけばよかった……
……お前のことじゃない。全部俺のことなんだよ」
「それでも、僕との将来を本気で考えてくれたんでしょ?嬉しいです。すごく」
僕は師匠の手を握り直して目線を合わせた。
「大丈夫ですよ師匠。僕の両親には同棲する時に師匠と一緒に住むことを伝えてあるし、僕達が付き合ってることも知ってますよ」
……同棲ごっこと結婚じゃ訳が違うだろ」
「二人とも僕が幸せなら相手が男だとか年が離れてるだとか気にしませんよ」
「職業、霊能詐欺師は気にするだろ」
「僕は超能力者ですよ?僕の師匠が霊能力者なのは普通じゃないですか。それに詐欺師じゃありません。あんたはいつだって自分の力で人を救ってきた。目の前にいる、超能力者の子供とかをね」
僕は大きく息を吸った。
「師匠、言ったじゃないですか。僕には力があったから今の僕があるんだし、師匠には嘘があったから僕と知り合えたって。師匠が嘘つきでよかったです。おかげで師匠と出会えたから」
繋いだ手が小さく震えているのがわかる。
「師匠のご両親へだって一緒に土下座しに行きますよ。新隆さんと結婚させてくださいって。僕が何年あんたに告白し続けたと思ってるんですか?何度だってお願いしに行きますよ。それくらい全然平気です。あんたと結婚できるならなんだってします」
「でも強制はしません。結婚するのも両親に会いに行くのも、やっぱり師匠に望んでしてもらわなきゃ、意味がないと思うから。だから、あんたが望まないなら結婚なんかしなくても構いません。僕の恋人でいてくれるならそれ以上は望まない。その上でもう一度、僕との将来を考えてくれませんか?」
……お前、それもう、プロポーズだろ……
彼はもう隠そうともせず肩を震わせて泣いていた。涙が次々と溢れ出て彼の頬を伝っていく。悲しみの涙じゃなくて、今度はきっと嬉しい方の。
「えへへ……ね、師匠。僕、あんたが思ってるよりずっとあんたのこと愛してますよ」
……俺も。モブを愛してる」
俺と結婚したいって思ってくれてありがとう。
僕達は手を繋いだまま、おでことおでこをくっつけて内緒話をするみたいに二人で静かに笑いあった。二人の心を分け合うように。二人の永遠を誓うように。


◇◆◇


「影山茂夫さん、俺と結婚してください」
後日、彼は小さな箱を開けて見せながら照れくさそうに僕の前に跪いてプロポーズの言葉を言った。
あまりの衝撃に、僕はポカンと口を開け間抜けな顔をしたまま何も考えられなくなってしまった。目をまんまるにして師匠の持つその箱の中身を見つめる。中心で光る、シンプルな銀色の指輪。きっと僕があげたのとお揃いのもの。
モブ……?と、何も言わない僕に不安そうに彼が声をかける。
でもすぐに息を呑むのがわかった。
僕が泣いていたからだ。

「僕でよければ……よろこんで……