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nina_40enaga
2024-05-19 00:23:21
2663文字
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不器用な君とカスタードクリーム色の恋
「そんなことより、シュークリームを買ってきたんだけど」
「どうしてそんなに大事なこと早く言わなかったの?」
僕の言葉に、スコーピウスはそう言って目を輝かせた。どうやら長かった魔法史の話は終わりのようだった。もはや試験があるわけではなく、さほど魔法史に詳しいわけでもない僕以外にろくに話し相手もいないスコーピウスがいまだに自主的に魔法史の情報をあれこれ仕入れているのは驚くべきことだった。まさか僕に聞かせるために情報を仕入れているわけではないだろうが結果的にその成果が僕の前でしか発揮されないことはどちらかと言うと嬉しいことだから、僕は彼の話を聞くのが嫌いではない。だから帰ってきてからずっと滔々と話し続ける彼の話をとりあえず一通り聞いてしまったのだった。
「でもその新解釈ってさ、つまり屋敷しもべ妖精は杖を持ってはいけないっていう」
「アルバス、まだその話をしてるの? そんなことよりシュークリームを食べよう」
彼が始めた話題だったのに早々に片付けられてしまい、代わりにスコーピウスが取り出してきたのは皿が二枚だった。
「別にいちいちお皿に載せなくてもいいよ」
「でもせっかくアルバスが買ってきてくれたのに」
「お菓子なんかいつでも買ってあげるよ」
彼と暮らし始めてから僕が彼のために手土産を買って帰ったのは初めてだった。一方スコーピウスは花やら服やら靴下やら、特別な日でもないのに何かと買って来てはプレゼントしてくれる。二人の生活費は折半しているから彼の財布は僕のものでもあるのだが、彼が僕のために何かを選んでくれるのは嬉しいことだった。だから僕もなにか買って帰りたいと検討していたのだが、彼のように形の残るものをプレゼントするのがなんとなく気恥ずかしくて何気なく見えるように選んだつもりなのに、スコーピウスの方が感激してしまって大袈裟になりつつある。
「なんだか食べちゃうのもったいないかも」
「君って大袈裟だ。割と昔から。知ってた?」
「ねえ、これどこで買ったの?」
スコーピウスは僕の話をまったく聞かずに僕の手から箱を受け取るとにこにこと機嫌良さそうに笑ってソファに向かったから、僕も彼の隣に座る。
「帰り道、たまたま通りがかった。期間限定みたいだったけど」
箱を開けると中にはシュークリームが二つ並んでいた。カスタードの甘い香りに誘われてガラスケースを覗き込み、スコーピウスが喜んでくれるかその場で十分くらい検討してから買ったものだが、喜んでもらえたようだった。
「美味しそう! やっぱりこれは食べるべきだな」
「もちろん」
スコーピウスがシュークリームを手に取ったので、僕も箱から取り出した。片手には収まりきらないほど大きなシュークリームだった。中にはクリームが詰まっているようで、ずっしりと重みがある。
「いただきまーす!」
スコーピウスは嬉しそうにシュークリームに齧り付いた。スコーピウスを喜ばせるのはこんなに簡単なことだったんだ、と思う。心がふわふわと軽くなって、僕もシュークリームを齧った。実家にいる頃は基本的に甘いものは特別なとき以外禁止だったから、家でソファに座ってくつろぎながら甘いものを食べているだけで特別な気持ちに浸ることができた。
「スコーピウス、」
美味しいね、と声をかけようとしたとき、スコーピウスが手に持っているシュークリームの反対側からクリームが溢れそうになっていることに気がついた。どうやらスコーピウスもそれに気づいたらしく視線で僕に助けを訴えてくる。必死な目線を向けられたところで、先ほどスコーピウスが出してくれたお皿は片付けてしまったし、お皿がわりになりそうなものは見当たらない。僕は咄嗟に手を差し出した。間一髪でクリームを手で受け止めることに成功する。彼の服にクリームがべったりつくのを避けることができてひとまず安心する。手はべたべたして気持ち悪いけれどまあ洗えば済む。
「あ、ありがとうアルバス」
「ううん。君ってこういう食べ物食べるの下手なんだった」
「こういう食べ物?」
「おもにカトラリーの出番がない食べ物だな」
言いながら布巾で手を拭う。スコーピウスはすまなそうに僕を見ていた。
「ごめんね、アルバス」
「いいよ。それより早く残りも食べた方がいい」
「うん、たしかに」
スコーピウスは今度は慎重にシュークリームを持ち上げ、控えめにぱくりと齧り付いた。しかしどうやら彼にはまったくこのお菓子を食べる才能がないらしい。先ほどよりも大量のクリームが今にも溢れ落ちそうだった。ソファにクリームが落下することだけは避けたかった。スコージファイはそれほど得意な呪文ではないから。
「んん!」
僕は咄嗟に彼のシュークリームに口を近づけた。クリームが溢れる前に、ぎりぎり間に合って安心する。危機を脱したと思った僕は、スコーピウスの顔が目の前にあることに気がついた。それは比喩ではなくほんとうに真ん前だった。彼とこんなに距離が近いのは、キスする時だけだ、と気がついてしまう。最後にキスしたのは、今朝だ。と今この瞬間まったく思い出さなくていいことも思い出す。
「ん、んっ」
それから僕がどんな技術を使ったのかはよくわからない。呆然としているスコーピウスの手を掴んでシュークリームの真下に持ってこさせ、口を離してすぐに皿を取ってきたのだと思う。とにかくソファは無事だった。それは喜ばしいことだ。
なんだかんだとシュークリームをそれぞれの腹に納めた僕達は、一体どんな顔をしていいのかわからなかった。ただ猛烈に彼とキスしたくて、どうやってそれを誘ったらいいのかをソファに身を沈めたまま考えていた。そのとき、スコーピウスの口の端にクリームが残っていることに気がついた。なんて都合がいいんだ、と思う。身体を起こしてスコーピウスの肩に手を伸ばし、抱き寄せようとしたそのとき、僕より一瞬早くスコーピウスの腕が伸びてくる。シュークリームを食べる時にはあんなに不器用だったのに、彼は僕の抱き寄せ方だけは大層スマートなのだった。
「なんだか君にキスしたくなっちゃった。どうしてだと思う?」
僕を抱きしめたまま、スコーピウスが尋ねてくる。僕もそっと彼の背中に腕を回した。
「君がシュークリームを食べるのがへたくそだからだ」
「そうかも」
スコーピウスが嬉しそうにくすくす笑うと、振動が伝わってくる。それがなんだか心地よくて、やっぱり僕は彼を喜ばせていたいみたいだ、と思った。
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