Killing Time Three Hours③

お互い彼女がだいしゅきなぐだ♂マシュのぐだおくんとエドぐだ♀のダンテスが、男同士で隙間時間にお喋りするシリーズ。
今回はハワイアンカフェ。

 太い道路を挟んだ向かいが海、という立地の、ハワイアンカフェである。
 この場所を男が選んだ理由は、久しぶりにコナコーヒーを味わいたいというただそれだけの理由であったが、同席した青年は物珍しそうに、青い瞳で内装を見回していた。ゆったりとしたウクレレの店内音楽に、白い壁を覆わんばかりのサーフボードにあちこちに飾られた大きな観葉植物、ビンテージを模して古びたテーブルとベンチチェア。そこに腰かけると、青年はさっそくメニューを広げた。にんまり笑う。肉が多い。いかにも男子らしい喜びの理由だった。
 早々にハワイコナエクストラファンシーのアイスを注文した男は、ちらと腕時計を確認する。青年がそれに気付き、あ、と小さく声を上げた。
「ひょっとして時間気にしてる?」
「多少はな。此度は訪問時間が厳粛に定められている」
「どんくらい? オレがっつり食べてもだいじょうぶ?」
「三時間ある。肉なり米なり好きにしろ」
 言って、男が足を組み替える。青年はやった! と声を上げ、店員にアボカドとタルタルソースがたっぷりかかったビーフパテのハンバーガーと山盛りのポテト、それからトロピカルフルーツが添えられたスパイシーシュリンプを注文した。
 男からすれば胸やけがする量だが、彼にとってはこれがちょっとしたおやつ程度の分量だということは理解している。食事を共にするのも何度目か、その度によくも胃袋がはち切れないものだと感心するが――男が愛してやまない赤毛の恋人もまたなかなかの健啖家であり、この年代の健康な男女とはこんなものなのだろう、とも理解している。
 そもそも、この場を設けたのも男の提案によるものだ。
 青年は半年ほどインターンシップで海外に出ており、帰ってきたばかりである。その際に貸していたいくつかの本を返したいと彼が言うので、労いを兼ねて食事に誘った。何をどれだけ注文したとしても、残さず食べきれるのであれば文句はない。
 注文の最後をグレープフルーツのジュースで締めて、青年は男に向き直った。
「ごちそうさまです!」
「食らう前に言う言葉ではない」
 だが構わんさ、と軽く男が肩をすくめる。青年はにかっと笑い、テーブルに身を乗り出した。
「で、で。今日は何待ち? またあれだろ、彼女さんの何かの待ち時間なんだろ」
 もう分かっているのだと青年は訳知り顔だ。実際そうなので男も反論はない。
 別段、隙間時間でしか青年と会わないと決めているわけではなかった。たまたまそれが重なり定番化しているだけなのだが、青年はこの時間を楽しんでいる節がある。男の恋人のことを今日こそ聞き出そうとわくわくしているのが顔全体に滲んでいた。男は片眉を持ち上げる。
「私の話ではなく、おまえの話題であるべきでは? 帰国したばかりだろう、海の向こうの体験を語り聞かせたがると思っていたが」
「海の向こうから来てる人に話してもなあ。それよりほら、赤毛の彼女。今日はどっか行くの? これからデート? また大人~な遊びすんの?」
 今日はぐいぐい来る青年である。男は再度時計を確認した。先ほどから十分も経過していなかった。このままはぐらかすには時間が有り余っている。ふ、と息をつき、仕方が無く口を開く。
「逢瀬に違いはないが、外出ではない」
「おうちデートかよ! それはそれでなんか良いなあ。あれだ、映画見ながら二人きりでイチャイチャするんだ、おしゃれな酒とか飲んで!」
「否、パンを食う」
「パン」
 え、パン?
 と、青年は首を傾げた。丁度よく飲み物が運ばれてくる。それぞれのストローを口に運び、飲み下す。男のコナコーヒーの味わいはなかなかのものだった。豆を買って帰ってもいいかもしれない。それこそこれから行われる食事に合いそうな気がした。
 青年は訝し気に眉をよせ、再びパン、と呟く。そして、
……なんでパン?」
 と、至極まっとうな質問を男に投げた。
 男は答える。それが今回の目的であるからだ、と。
「あれは最近、パンの自作を楽しんでいる。何でも発酵に時間がかかるらしく、故の三時間だ。私も知らなんだが、幼い頃より夢であったと」
「パン焼くのが?」
「正しくは、将来的にBoulangerieを経営するのが、だ」
 好きな人と結婚して、その人と一緒に、小さなパン屋さんやるのが夢だったんだ――
 と、照れくさそうに、愛しい赤毛の娘は男に告白した。
 その為に専門学校に通うのだと、決してただの夢想ではない現実的な将来設計を彼女は打ち立てている。なんだか恥ずかしくて今まで話せなかったと、寝物語に秘密をひとつ暴露した彼女の顔を思い出すと、口元が自然と緩む。青年に見とがめられないようにぐっと引き締めた唇の端から、柔い溜息だけが漏れた。
「いわば修行の一環だ。やっと私に食わせるだけの出来栄えになったと言うのでな。今夜は馳走になるという、ただそれだけの日だ」
「へえ……
「他者に振る舞うだけの自信が付き始めたという事だろうさ。あれが決意したのならば覚悟もまた決まっている。その道を歩むのであれば――他人事ではない。味見役ならば如何ほどでも」
「いや、覚悟ってそこじゃないと思う」
 遮って、青年は言い放った。
 おやと顔を上げた男の前で、神妙な顔つきをしている。また一口グレープフルーツジュースで喉を潤し、彼は続けた。
「彼女さんのじゃなくて、キミの覚悟の方」
「私がか」
「夫婦でって言うんだろ? んで、ゆくゆく結婚するんじゃん。それならキミもパン屋の旦那になる覚悟を決めないといけない。まさか彼女に全部任せて自分は味見とか手伝いとかそれだけって思ってる?」
「金銭面については大いに口と手を出す心算だが。あれが作り振る舞う事を喜びとするのであれば、手出しは不要だろう」
「そんなことない。昨今のパン屋はシビアな世界だよ。仕事自体がハードだし、早朝から深夜まで肉体労働、それが毎日続くんだ。一人でやっていきたいならまだしも、二人でっていうならキミにだって相応の覚悟がいる。勿論店の立地によってはパターンも変わってくると思うけど――例えば駅前とか住宅地なら地域の出勤時間にはもう店を開けておかなきゃだし、ランチ狙いなら周囲はビジネス街の時間帯に合わせるのが望ましいよな。学生街なら帰宅時間とか。あとブランディング。彼女、映え系狙いかな? それともがっつり食べ応え? 夫婦で経営するならそういうのも考えるべきだし、むしろ彼女が集中できるように、キミがサポートするのはそっちの方になるんじゃないかと思う。あと――
 青年の語りは長く続いた。店員が食事を運んできてもなお続いた。器用に食べながら喋り続け、それは男が珈琲を楽しむ余裕がないほどに力強く、確かな口調でもって。
 あまりの迫力に、男は黙るほかない。
 その固まった表情にはっとして、青年は口を押えた。
「ごめん、つい! 余計なこと言っちゃったかも」
「いや。……構わんが」
 やっと二口めを口に運べた男の前で、青年は困り笑顔で手を合わせた。
「他人事とは思えなくて。何ていうか、夫婦足並みそろえてさ、同じものを見て同じ気持ちでやってかないと、心身もたないんじゃないかって勝手に心配になっちゃってさ。そういうの見て来たから余計に」
「待て。もしや、おまえは」
 男の問いに、こくり――と、青年は顎を引いた。
「一応、実家がパン屋を営んでおります」
 そして、俺も将来的に継ぐ予定がございます。
 そう、青年は真摯な瞳で男を見つめた。
 目の前に座った青年は、パン屋の長男。道の険しさと現実をよく知る男。
 惚気にも似た口調で気楽な物言いをした男に一言も二言も物申せる、そんな立場だった。
 彼が饒舌になった理由が、男にもようやく察せれらた。
 知っているのだ、その仕事の過酷さと、必要な心構えが。
――そうか。で、あれば」
 己が未熟さを男は痛感する。そして、その先の行動は決まっていた。
 青年の視線を受け止めたまま、ジャケットの内側からスマートフォンを取り出す。トトト、と数回のタップで目的の番号を呼び出す。耳に当てる。快活な声がすぐに応じた。
「私だ。悪いが約束を一時間ずらしても構わんか。……いや、そこまでせずとも良い。良い土産を用意できそうでな。――ああ、ああ。分かっている。金のかかるものではない、私も反省くらいはする。ではな」
 会話は数分で終わった。ぱたんとテーブルにスマートフォンを伏せる。
 青年は通話の間、頬袋が膨らむほどに、ハンバーガーを頬張っていた。だが目だけが真剣だった。一人のパン屋の息子として、状況を察したことが良く分かる。
 ならば、余計な言葉は必要ない。
 男はすっと、カラフルな彩色のメニューを青年に向けて差し出した。
「好きなだけ注文しろ。代わりに、おまえの知識を求めたい。私がすべき覚悟とは何たるか、先達として教授を願う」
 青年もまた、真面目な様子で頷いた。
「じゃあ、アボカドアンドスモークサンドイッチとミニパンケーキ、ココナッツクリームマシマシで」