Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
溶けかけ。
2024-05-18 20:33:38
2123文字
Public
ほぼ日刊
Clear cache
弱り目に祟り目
大家に追い出されたフと自身の無力を理解するヌのお話
「言いましたよね?次に部屋を水浸しにしたら出ていってもらう、と」
「は、はい
……
」
「はあ
……
今日中に荷物をまとめて出ていきなさい」
「はい、すいません
……
」
数時間後、フリーナはサロンメンバーとともにアパートメントを出た。大家に鍵を返し、軽いキャリーバッグを引きずりながら行くあてもなくフォンテーヌ廷を彷徨った。どこへ行けばいいのか、考えがまとまらずに気がつけば、フォンテーヌ廷の外側へと来てしまっていた。
「ヤーッ!」
ヒルチャールの声が聞こえ、静かに近づけば街の入口にほど近いところで篝火が焚かれ、その周りには奇妙な踊りを踊るヒルチャールが数体とアビスの魔術師がいた。
その中の一体と目が合った。
「ヤーッ!」
「
……
! みんな、迎撃だ!」
サロンメンバーを召喚し、自身も剣を持つとそれを振るう。戦闘は苦手だが、自分が逃げたらフォンテーヌ廷に襲撃をするかもしれない。
フリーナは震える手で剣を掴み直して気合を入れる。ここで逃げたら被害が出るかもしれないぞ、と言い聞かせながら。
「はぁ
……
なんとかなった、けど
……
」
フリーナはよろよろと立ち上がる。魔物の群れは何とか退けた、が
――
「
……
っ!痛
……
」
足に激痛が走り、その場にへたり込む。サロンメンバーが心配そうにフリーナの周りをふわふわと浮かぶ。
「大丈夫
……
すぐ良くなるよ、心配しないで」
おろおろする彼女らを落ち着かせるために痛みに堪えて立ち上がる。
「はあ、嘘だろう?
……
なんてついてないんだ
……
」
ぱらぱらと振り始めた雨は次第に強まり、大雨となった。フリーナは近くの木の下に潜り込んで身を縮こませた。立派な葉や枝が雨粒のすべてを防ぎきれるはずもなく、じわじわと彼女の体を濡らしていく。
雨が強くなるたびに、また水が溢れるのではないのかと恐怖がこみ上げて体の震えが止まらなくなる。体育座りをした膝に顔を埋める。顔を上げたら水の中なのではないか、と考える己を叱咤する。そんなことはありえない、だって旅人とヌヴィレットがフォンテーヌを救ったんだから
――
本当に? 全てはキミの都合の良い幻覚で、現実はポワソン町のように全ての民が水に溶けたんじゃないか、とフリーナの冷静な部分が囁く。
そんなことありえない、そう言おうとして言葉を失う。ポワソン町の住民が溶けたのに本当にないと言い切れるのか?
鼓動が早まり、はあはあと苦しそうな呼吸音が耳元で聞こえて、逃れるために耳を塞いで蹲った。大丈夫、フォンテーヌは、みんなは、ここにいるんだ、と言い聞かせる。
――――――
不意に誰かに腕を掴まれた。
「フリーナ!」
顔を上げれば、見慣れた男性が眉間に皺を寄せて息を弾ませ立っていた。ああ、これは現実だ。
「ヌヴィレット
……
?」
ヌヴィレットはしゃがみ込んで僕と視線を合わせると自身の上着を脱いで寄越した。
「着るといい。その姿のままでは風邪をひく」
彼の言葉に水たまりに映り込む自身の姿を見つめる。なるほど、確かに酷い有り様だ。
泥濘んだ地面に蹲ったせいか服はどろどろびしょぬれで汚れていないところなど探すほうが困難なほどだ。顔も髪も泥だらけでメイクも落ちて怪物のようになっている。
「そんな、悪いよ。君の服を汚してしまうし」
言いながらヌヴィレットに上着を返す。
――
僕は上手く笑えているかい?
「はあ
……
こうなることは予想していたが」
ヌヴィレットは独りごちるとフリーナに向き直る。
強制的な手段は好まなないヌヴィレットだが、事情が事情だと彼は腹を括ることにした。
「フリーナ殿。苦情は後でいくらでも受け付けよう
……
失礼」
「はあ?なにいって
……
んぐー!」
ヌヴィレットはフリーナを素早く上着で包むと担ぎ上げる。もごもごと上着越しに何やら文句を言っているのは分かったがまるっと無視をして歩き出す。ヌヴィレットの後をサロンメンバーが安心した顔をしながらついてくる。
「何故、一番に私に相談しなかった?」
風呂から上がり、セドナに用意されたホットミルクを飲むフリーナに問いかける。いつもより低い私の声に彼女がバツが悪そうに目を伏せたのが分かったが改めるつもりは毛頭なかった。それほどまでに彼女に対して怒りを感じていた。
「それはそうだろ。僕はもうキミの上司じゃない
……
いつまでも迷惑をかけるわけにはいかないだろう?」
ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。彼女に頼って貰えるほど信用されていなかった自身に対して、何も出来ない無力感と怒りに苛まれた。
「今日はありがとう。なるべく早く新居は見つけるからさ
……
おやすみ、ヌヴィレット」
フリーナが微笑んで手を振ると部屋から退出する。退出しながらも腫れた足を引きずる姿を見せることは一度もなかった。
結局、私は彼女には何もしてやれなかった、とヌヴィレットはひとりぼっちになった部屋で自嘲する。人間になった彼女は以前より力強く真っ直ぐな女性になり、自身のことなど忘れてしまうのだろう、と不安を押し隠すように目を閉じた。
広告非表示プランのご案内