あじゃりもんた
2022-02-13 00:53:26
5784文字
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夜明け

2022年2月ロビシャルWebオンリー「オニオンスープと二人の朝」参加作品。
セイレムのネタバレを含みます。
シャルル厨こじらせて無理心中しようとするロビン。

空高く輝ける星。
手も届かないほど遠くから見上げるその輝きの正体を、察知出来るものはいるのだろうか。
眩くきらきらと輝く宝石だと思っていたのに、近付いてみたら泥臭く汚れた松明であるかも知れない。
でもそれは、それに焦がれない理由に成りうるのだろうか。
光は変わらず、そこにあるのに。

しんとした室内に、少女の高い、だが明晰な声が響く。
「魔術解析はすでに終了している。そして結果、何の異常も発見されなかった」
ロビンはその報告に、「そうですか」とだけ呟いた。
「敵性ゴーストが想定以上に強力だったんだ。前衛三人全員が消滅させられ、彼はそのうちのひとりだった。あぁ、戦闘自体も問題なく終了しているよ」
「そして、マスター帰還後。きみらサーヴァントは戦闘不能になれば自動的にカルデア内の自室で再召喚されるが、大抵マスターの様子を確認しに管制室へと戻るだろう。特に、彼みたいな律儀な性格の人間はね。その彼がいつまで経っても訪れないので確認しに来てみたら、これだったというわけだ。」
「現状、レイシフトは全て中止。機材に関しては全て一から造り直すような勢いで精査中だ。彼の前歴に関わらず、これはカルデア全体の重大な問題として解決に取り組んでいるよ」
真剣に聞かなければならないと分かっているのに、ダ・ヴィンチの説明は頭に入ってきやしない。
目の前の人間の穏やかな表情が、ロビンの心臓をぐじゃぐじゃに握り潰すからだ。
何も知らなければ、ただぐっすりと眠っていると思っただろう。それほどまでに安らかな表情だった。
シャルルはすぅすぅと穏やかに呼吸している。
「眠っているんだ」

ダ・ヴィンチの言葉に嘘は無かったようで、人の出入りこそ少ないもののシャルル本人には厳重なセンサーがいくつもいくつも取り付けられていた。脈拍、血圧、その他ぱっと見ただけでは分からないような線や数字が毎日シャルルの横に積み上げられていく。
見舞客も大勢訪れる。誰も彼も、大変なトラブルと聞いたのに顔ばかりは穏やかだなと笑って。早く起きろ寝坊助、などとどやしつけたり、たまにはゆっくり寝たいわよね、と微笑んだり。そしてロビンに痛ましいような気づかわしげな視線を向けて、立ち去るのだ。
シャルル本人よりもよほど酷い顔になっているのだろう。サーヴァントであるのをいいことに、食事も睡眠もすべておざなりにしているのだから。
みんな、恋人がこんな状態になればそうもなるだろうと、労りの言葉をロビンに投げかける。
でも、本当は────シャルルがトラブルに遭ったことが心配で仕方がないと────そうではないことを、ロビンフッド自身は気付いている。
あの時ロビンフッド自身が縄からおろしたサンソンと、重なって仕方がないのだ。
ベッドのシャルルが立てる寝息と、冷たくない掌だけが、ロビンに正気を保たせていた。

前の、あの懐かしき雪山のカルデアは氷漬けになってしまったらしい。
その中でシャルルはたったひとり、再召喚されたサーヴァントであった。
あの呪われた忌まわしき祭壇に、自分の体を横たえたサンソン。マスターの、マシュの、アビゲイルの、そして世界の為に、混沌のるつぼに身を投げて。
狂った特異点に幕を下したサンソンは、あの特異点と一緒に影も形も残さず消えたはずだった。夜空に咲く火の花のように。
それだってのに、アイツは、シャルルは、ひょっこりとまたカルデアに戻ってきやがって。
本当にバカだ。戦いも、死も、心底嫌ってる癖に。ここに戻ってきたらまた戦わなくちゃいけないんだぞ。なんで、そこまで愚直に、ひとを信じるんだ。
何度そう怒鳴りつけてやりたくなったか知れないもんだ。だが、セイレムでのあのバカの生き様を見ていれば、そうとしかなれないだろうことも分かってしまうのだ。
どれだけ頑張ったって報われなかったと思ってる真面目野郎が、少しくらい幸せな夢を見たっていいだろう。そう思って近づいたロビンフッドは、やがて、その光に呑まれた。
もしかしたら、シャルル本人からも、少しくらいは手を伸ばしてくれたのかも知れないが。ロビンの醜い執着に光を当てて、優しく応えてくれたのはシャルルだったのだから。
それでも、ロビンフッドは、ずっと悩んでいた。
オレが愛した唯一は、セイレムで死んだサンソンなのか。
それとも、ロビンの伸ばした手を取ってくれたシャルルなのか。

眠り続けるシャルルは、まるで眠り姫のようだった。
呪いを受けて、百年眠り続けたお姫様。王子様の迎えを待ってる、茨の繁みの中の秘密。
そんなことが冗談まじりに、半ば懸念を込めて語られるようになるまではそう時間はかからなかった。
魔力供給は問題なく行われている。霊基の異常もみられない。
それなのにただ昏々と眠り続けるシャルルに、スタッフ達は戦力を失うことを恐れ、サーヴァント達は次は自分がそうなる番かと怯え、遠巻きに見つめられている。
だから、そうした案が出るのも当然予想出来たはずだった。

「シャルルを殺せっていうのか」
自分で思った以上に乾いた声が出て、あぁ結構疲れてんなと頭のどこかで冷静な自分が語りかける。
「ロビンフッド。落ち着き給え」
「ふざけんなよ、アイツが何したってんだ!」
がなり立てるロビンにホームズが冷静に語りかけるが、それすらも神経を逆撫でした。
「今すぐにという訳では無い。ただ案として出た以上、きみにこれを伝えないわけにはいかないだろうというスタッフの総意だ。あぁ、スタッフと言っても、マスターとキリエライト嬢はこの件から除外されている」
今にも吠えかかりそうな暗い目のロビンから庇うように、少しずつ人間のスタッフが退いていく。お前らだって、サンソンがあの時死ななかったら、セイレムの暗い鍵穴に全て呑まれていただろうに。
「シミュレーターでの戦闘不能であっても、再召喚自体は問題なく行われる。その原理を利用すれば、いわばリセットが可能では無いかという案だ」
「それで、今度こそアイツが満足しちまったらどうしてくれんですか」
ロビンの疑問に答える声は無かった。
「言っておくが────極端なことを言えば、サーヴァントとは使い魔。代替のきく存在だ。その上で彼は眠り続けたまま、カルデアの魔力を受け取り続けている。電力とて無尽蔵ではないんだ。そんな状態でいることを、あの時あの選択をしたサンソンが望むのだろうか」
「他人がシャルルを語るなよ」
「⋯⋯では、きみならば彼の代弁が出来るのかい。無貌の王、ロビンフッド」
答えず、ロビンは背を向けた。
ひとり勝手に宙まで駆けてくようなバカの代弁が出来るやつなんて、本人しかいる訳ないだろう。

来客は無かったようだ。シャルルの部屋のトラップが作動していないことを確認して、シャルルの寝顔を覗き込む。
くぅくぅと寝息の度に、かすかに長い睫毛が震える。その度に、今度こそ目を覚ますのではと期待してしまうのだった。
あの時もそうだった。じっとりとした気味の悪い潮風が彼の睫毛を揺らして、期待して触った掌は冷たく固まっていた。濁った眼球が彼の澄んだ魂がそこに無いことを映し出していた。

シャルルが眠ってからというもの、ロビンの心はあのヴァルプルギスの夜へと逆戻りしたまま囚われている。
眠る彼の魂は、今どこにいるのだろう。
すべての重荷を下ろしてしまって、今度こそ宙に輝いているのだろうか。
それともこの重たい体の中で、不安げに燃えているのだろうか。
シャルルの魂に、あの美しい精神に捧げたロビンの魂も、一体どこへ行ってしまったのやら。これだけ執着してしがみ付いているのなら、少しくらいは傍にいるといいのだけど。
でもきっと、シャルルは、またひとりで往くのだ。
ぎしりとベッドが軋んだ。

ロビンフッドに乗り掛かられてなお、サンソンは穏やかに眠っている。安心しきった子供のような表情で。
彼の安らぎはいつも夜にある。暗い夜には、処刑は行われないから。
いつか話していたそれが、脳裏をよぎった。
「このまま、朝が来ないままでいましょうか」
問いかけに返事は無い。
苛立ちまじりに彼の腹にどんと跨って、一瞬息は乱れたけれどそれだけだ。また呼吸は静かに整っていく。
シャルルを愛している、そのはずだ。だから、今度こそ。
狂った脳味噌で、ロビンフッドは小瓶を取り出した。禍々しい色の、自然の叡智。いつか鍋に注ぎ入れたそれを、ロビンは一息に煽った。
「あの時死んだサンソンの残骸だったとしても、オレは、シャルルを愛してる」
味覚を焼き、えづく喉をこらえ、ロビンはシャルルの唇に自分のそれを重ねた。少しも隙間の開かないようにぴったりと塞いで、柔らかな上下の唇の間に自らの舌を強引に差し込む。その僅かな隙間から、ロビンは自分のエゴを流し込む。力の入らない歯列を割って、喉の奥まで届くように。

燃えがらが僅かに熱を持っていた、それでもいい。
水に映った月を見ていた、それでもいい。
笑われたって、なんだっていい。
もう息をしなくてもいいと思うほど、オレはこいつを愛したのだ。


ぴくりと、白い指先が動いた。



がくりとシャルルが大きく腕を持ち上げた。苦しみにもがいているのかと、彼の理想とは異なるおわりを与えてしまうことをほんの少しだけ申し訳なく思う。それでも引っ掴んだシャツの襟は決して離さない。
また目が覚めてしまったとしても、今度はロビンフッドも一緒だ。手の力は、何があっても絶対に緩めない。
シャルルの手が、ロビンの手に重なる。熱い。燃えているようだと思う。シャルルがいのちを燃やしつくしているかのように。
その指先から、蛍のような光が、かすかに、滲むように、こぼれた。

げほげほとシャルルが激しく咳き込む。その背中をさすってやろうとして手を伸ばして、べしりと強くはたき落とされる。当然のことだろう、殺されかけたのだ。俯き加減になったロビンの頬を、シャルルの熱い手が包む。
「バカ! なんだってそんな、きみまで心中するような真似するんだ」
毒によって青褪めた顔は、だんだんと色を取り戻してはいるがまだいくらか白かった。そんななかに、彼の淡い空の瞳が瞬いている。
唇が震える。
どの面下げて、と自分でも思うのだけど。ささやくような僅かな声しか出なかったけれど。
「シャルル」
指先からじわりと冷たさが忍び寄る。血の気が引いて、呼吸すらうまく出来なくなる。
それでも、胸の中は燃えるように熱かった。その火の粉が飛んで、表情すら熱さで歪んでしまう。
「シャルル」
愛してる。
続きはもう涙でぐしゃぐしゃに濡れて、湿気ってしまったから、言葉には出来なかった。
ぎゅうと心臓が痛んで、川の流れのように歓喜を全身に送り出す。
呆れ顔のシャルルは、朝焼けのように赤い頬で泣きわめくロビンに、目覚めのキスを贈った。

敵からのスタンが霊核にはいった直後に戦闘不能になった為、霊核だけが金縛りになったような状態で再構成されてしまったらしい。
霊核だけが魔力供給を受けられないまま、外側から見れば十分に満ち満ちた体。起き上がることは出来ないが、感覚だけは接続されている。
受肉したわけでもないのに体に閉じ込められてたんですか、真面目ですねと笑ったら、きみの声に日に日に元気が無くなっていくから胸が痛んで仕方なかったよ、と返されて真顔になるしかない。夢でも見ていれば良かったのにって、言いかけたんですよ。
そして思いつめたロビンが、とっておきの毒をシャルルに含ませた。すなわち、致死量を遥かに上回る宝具の毒。つまりは魔力を潤沢に含んだ液体。それが霊核に届き、そのまま蝕もうとするその時────その魔力を利用して、自分自身にスキルを使ったのだという。
彼の慈しみが積み上げた、刃とは別方向のスキル。蛍のように瞬く光。金縛りも毒も解除出来る、医術のスキルを。

かくして謎のサーヴァント昏睡事件は本人の常人を超えた精神力によって解明され、現在スタッフたちは戦闘不能時に状態異常になっていてもその影響を自動解除するシステムを必死で構築中らしい。
まぁロビンには関係のない話だ、と知らんぷりをしていたら、きみも危うく自分の毒で死ぬところだっただろうと嗜められる。
「オレは別にそんなもんいらないですよ。シャルルが治してくれるんですから」
全くもう、と腕組みをするシャルル。その手を取って、彼の温かい指に指を絡める。あの硬い指とは違って、ちゃんと握り返してくれる。
「謝らなきゃいけないことがあるんです」
「どうしたの」
「オレ、セイレムで死んだアンタが好きなのか、カルデアで改めて話すようになったシャルルが好きなのか、迷ったまんまアンタを手に入れました。でも、そうじゃなかった。シャルルは名残りでもなんでもない。光り方は違ってたって、オレにとっては輝く星だった。夜にまばゆく光ってるのはなんにも違わなかった。水に映ってようが、霞んでようが、オレはずっと、ひとつだけアンタの星を見てましたよ」
きみにしては随分詩的だね、と零して、シャルルは空色の瞳を閉じた。ふるりと揺れる睫毛はもうなにも怖くない。
「じゃあ僕からも。きみは自分のことを染みか何かと思うほど卑下しているけれども。僕にとっては、きみも輝く星なんだ。伝承のロビンフッドでなかったとしても、きみは、僕が憧れてしまうくらいには、立派なことを為したのだから。きみの守った村人の中には子を生んだ者もいるだろう。その子やさらに孫が、歴史のキーポイントとなったかもしれない。きみも、歴史を紡いだ。僕の愛する、憧れの英雄だよ」
はにかむシャルルに、ロビンは笑い声を上げた。
「オレも星ですか」
「そう。きみも星だよ」
照れくさいことを言っているせいか、ずっと繋いでいるせいか、指先には熱がこもっていた。
時代が、銀河が、エーテルの体の中で燃えていた。いのちが燃えていた。

自分にとっては、太陽よりもまばゆい光で、世界が照らし出されていくのを目にすると。きっと誰も彼も幸せになってしまえるような、そんな気がするのだった。

inspired by 「夜明けと蛍」/n-buna