あじゃりもんた
2022-02-13 00:51:41
4237文字
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ささやき

2022年2月ロビシャルWebオンリー「オニオンスープと二人の朝」参加作品。
2部6章のネタバレを含みます。
愛と勇気だけが友達なロビンが友達を捨ててシャルルを取るロビシャル。

ロビンフッドには仲間がいる。
仲間思いの大男、リトルジョン。
すばしっこいお調子者、マッチ。
陽気な大酒飲み、タック神父。
そして、勇敢なる乙女、メイドマリアン。

じゃあ、『ロビンフッド』には?


「体調が悪いのなら、心配させてくれ」
部屋でくつろいでいたところにそんな声をかけられて、ロビンは寝耳に水の気分だった。
おちゃらけた態度で流そうとするも、目の前にいる恋人はとても誤魔化せる態度でもなく愁いをたたえた表情で。
それでいて、ロビンには心当たりも十分にあった。
「体調不良、ってわけでもないんですけどねぇ⋯⋯」
「それでも、最近のきみの様子は目に余る」
愛しい恋人が、そっとロビンのグローブごしの手に触れる。怒り半分で来るのならまだしも、こうしてしおらしい態度で来られるとどうにもロビンも強くは出られない。シャルルの不安に揺れる瞳に降参して、内情をさらけ出す。

「異聞帯の切除が済んで、随分と新顔が増えたじゃないですか。そいつらの持ってるスキルとオレの魔力が干渉してるようで、たまに耳鳴りみたいなのがするんですよ」
「なるほど。あの地もイングランドとしての座標は同じということか」
「そういうことなんでしょうね」
だからどうにもならない、と肩を竦める。シャルルのほうは得心がいったようで、道理で僕のスキルでも理由が分からなかったわけだと呟いている。随分と不安にさせてしまったようだ。
「そいつもクラススキルかなんかのようで、引っ込めろって訳にいきませんから。幸いと言っていいのか、ダ・ヴィンチには対策道具かなんかを作ってもらえるよう相談済みです。それさえ出来りゃいくらかマシになるでしょう」
そう伝えると、少しだけ安心してあからさまにほっとする。その様子が愛おしくって、頭痛もいくらかマシに感じる。
「あんまり辛かったら霊体化すればいいのに」
「そんなのもったいないでしょう。シャルルと居られる時間が減っちまう。あ、膝枕でもしてもらえればマシかも知れませんね」
今度こそおちゃらけて言った言葉を、真面目な恋人は大真面目に受け止めて。「それじゃあ」と膝をぽんぽんと叩く。純粋な子供を騙してしまったような気がしなくもないが、こればかりは幸いと甘えることに決めた。
「何かあれば隠さずに言ってくれ」
「はいはい」
シャルルにやって欲しいことリストのひとつが埋まった。男にしては柔らかい太腿にすがり付く。
止まない羽音に疲弊しきった頭の痛みも、少しだけ和らいでいく気がした。

妖精国。聞くだけでもおぞましい名前だ。
マスターは「美しい国だった」と言うし、その言葉を耳にした新顔のバーサーカーもまんざらでもない顔をする。
それでも、ロビンはその言葉を信じきれない。
妖精は確かに、美しく、純粋で、無邪気だ。
だからといって、悪意を持っていない訳ではない。
むしろ悪意をかけらも持っていないからこそ、その行いが時におぞましく、不気味で、人間の感性では受け入れられないようなことも多々あるのだ。
『ねぇ、あそぼう』
『きこえてるでしょ』
『きれいなめだね。ぼくのたからものにしたいな』
ここしばらく鳴り止まない耳鳴りに悩むロビンフッドは、舌打ちひとつ。ざわざわと囁く羽音から遠ざかるべく足早に廊下を進む。

「妖精憑きって言うんですか?」
「そ。こっちの世界ではな。正直、妖精のほうが少数派の世界で聞こえるやつがどんなことになるのかは想像つくだろ?」
「うーん⋯⋯ちょっと待ってくださいね⋯⋯。そもそも私には、妖精がほとんど居ないこの環境の方が違和感が強くって」
「えーと、レポートに書いてあったか。人間牧場にひとりだけ居る妖精、絶対ロクな性格してないだろ?」
「ああー!! それ、すっごく分かります!!」
ぶんぶんと頭を上下に振るキャスターに苦笑する。だいぶ前にカルデアとの縁を結んでいた彼女の周囲からは妖精の気配はしない。聞いた話によれば、同じ異聞帯の出身とはいえど、いわば彼女は「別種」であったらしい。
「とはいえ、ごめんなさい。お力にはなれないです⋯⋯。正直、そういうの静かにさせられる魔術があったら私がとっくに使ってますし⋯⋯」
「そうだよなぁ。分かる分かる。ま、オレもダメもとで来てますんでお気になさらず」
本音で言ってはいるのだが、キャスターはしゅんとして頭を下げた。何度か一緒に戦闘に駆り出されて、彼女の魔術に世話になった身。顔見知りの気安さ半分、妖精と縁繋ぎにされちまった同胞への同情半分で足を運んでみただけだ。
「まあ、新入り達が来てからとはいえ⋯⋯内包魔力の一部だけだし、そもそもここが神秘残る大地もクソもない場所ですからねぇ。ホンット、鬱陶しいだけではあるんですけど」
はあと言い捨てた言葉に、キャスターがぴくりと眉を上げる。
「それ、妖精全体に言ってるってのが凄いですね⋯⋯」
「オレが知ってる連中なんてのは、だいたい消えかけの身でしたから。同じようなもんでしょ」
他には内緒で頼みますよ、と立ち去ろうとしたロビンに、キャスターが深々と頭を下げる。
「だから、気にすんなって」
「そっちじゃなくて。⋯⋯あなたがどのくらい辛いとか、辛かったとか、私には想像しか出来ませんけど。だけど、彼に『そうしないように言う』とか、彼自身に霊体化するように、とか、方法はあるのに。迷惑かけてすみません。でも、彼らにやさしくしてくれて、ありがとうございます」
傍から見ればまるで妹のような少女の謝罪に、ロビンは肩をすくめて言った。
「オレにとってもアイツらは、友人みたいなもんでしたからね」

『あそぼうよ』
『ぼーてがんいないね』
『おなかすいた』
益体もつかないことを囁き続ける彼らは、相当に若いのか、それとも元から知性が低いのか。
幼い頃に近くにいた存在達とはまたいくらか違っていて、その記憶すらロビンから引っ張り出す。
記憶に無い頃に母も、そして幼いうちに父も亡くしたロビンにとって、妖精たちは確かに仲間であり友だった。
矢を風に乗せるやり方。きれいな水場の場所。古いフェアリーマジックの言い伝え。
教えてくれたのはぜんぶ妖精だ。
孤独を癒す話し相手になってくれたし、時に子守歌すら歌ってくれた。
代わりに、人との生活はみんな失ったのだけど。
最期、ロビンは妖精憑きとしてでなく人の一員として弓矢をとり、そして死んだ。
それには後悔はひとつもないのだけど、サーヴァントとなった今はどうしても気になることが、ひとつだけ。
「ロビンフッド」は、妖精と語らない。
なら、『オレ』は一体、誰なんだ?
心の奥底深くからの囁きは、ずっと変わらず、ロビンを苛み続ける。

「顔色が悪いね」
「そうです?」
ロビンがドアを開けるなり恋人はそう言って、横になるかいとベッドを指差した。
「魅力的ですけど、今そこで焼き立てのパン貰ってきたんです。先に茶でも飲みましょ」
そういえば、いつもより大盛りいっぱいに貰ったのは心配されたからなのかも知れない。女王陛下に万歳。古代ブリタニアの権力者に珍しくも内心で感謝を捧げ、さっそくシャルルが準備を始めたテーブルの支度を手伝う。
耳鳴りはいまだ、止まない。マスターにはまだ言わないように頼んではいるが、もしちらりとでも耳にすれば妖精王本人に話をしに行こうとするだろう。だが、彼も、それが連れている彼らも、決して悪気は無いのだ。
恋人の前だと言うのに眉間に皺を寄せてしまうロビンの耳に、何とも意外な言葉が届いた。
『いやだ』
「えっ?」
思わず声に出してしまったロビンに、近くにいたシャルルがきょとんとした目を向ける。
「どうかしたかい?」
「あ⋯⋯いや、何でもないです」
ロビンの返事にシャルルは首を傾げて、でもそれ以上追及しようとはしなかった。
「茶葉を切らしてしまった。すぐ用意してくるから待っていてくれるかい」
「はいはい」
恋人の背を見送って、自分ひとりの室内で耳をそばだてる。そして唐突に思い当たる。
シャルルの傍では、妖精の羽音は聞こえなかった。

どことも知れず、空間から音が滲み出す。虫の羽音のような、かすかなささやき。
『ちのにおい』
『くさい』
『はがねのにおいだ』
『いやだ』
『こわいね』
『てつのにおい』
『いっぱいころした』
『こわいこわい』
ぎりと拳を握りしめる。聞かないふりを、関わらないふりをするのが一番だと分かっているというのに。それでも激情は血を上らせる。
風の中の囁き声にどれほど救われたことか。ロビンフッドではない『オレ』の、どれだけの心の芯となったことか。
だが、彼らにシャルルが何をした訳でも無い。彼はただ、誠実に生きただけだと言うのに。それをまるで彼のことを知っているかのように嘲って、嫌悪して。
あの森の中の子供を嫌悪した人間たちのように。
「ふざけんな!!!」
ロビンの憤りと同時に、しゅんと扉が開いてシャルルが戻ってきた。
「えっ、どうしたんだい?!」
「あ、いや、違って」
ぎょっとするシャルルに大慌てで両手を横に振って否定するも、怪訝そうな表情は変わらない。
「なんでついでにと茶葉を多めに買ったのが分かったんだ⋯⋯?」
「いや本当に!! 違って!! ってまた訳の分からん銘柄のやつ買わされてんじゃねえの!!」
先程まであれほど騒がしかったざわめきが、今ではしんと止んでいる。それに気付いて、ロビンはもう堪らない心地になった。
「もう、ずっとそばにいてくださいね」
「僕はそれほど買い物に向いていないかな⋯⋯」

ロビンの友は、味方は、宙に舞った囁きだけだった。
それはサーヴァントとなってなお、ロビンを支え続けた大切な記憶だった。
だが、妖精は鉄のにおいを好まない。
望むと望まざるに関わらず赤に染まったシャルルを、彼らが忌避するというならば。
ロビンの親愛なる彼らが、ロビンの愛する人を救ってくれやしないのなら。
たったひとつの居場所がロビンから離れていくのは大変な苦痛だ。
それでも。民衆の友ロビンフッドは、救えないやつに手を伸ばす。

ロビンは、シャルルの手を選ぶ。
今だけでもいい。忘れてしまったって、もう二度と巡り合えないとしたって、今回だけの運命でも。
「オレ」は鉄くさい人間の手を、居場所に決めた。

inspired by 「風のささやき」/あいみょん