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あじゃりもんた
2022-02-13 00:48:53
6303文字
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まばたき
2022年2月ロビシャルWebオンリー「オニオンスープと二人の朝」参加作品。
すれ違いバカップルロビシャル。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
僕ばかりがこんなに幸せでいいのだろうか。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、ロビンはすでに起き上がっていた。軽く咳をして、掠れた声で呼びかける。
「おはよぅ⋯⋯」
「おはようさん。いつもより早いじゃないですか。リンゴでも切って持ってきます?」
「ん、大丈夫⋯⋯」
ロビンはにっこりと笑って、シャルルの髪をわしわしと搔き撫ぜる。どうせまた、すごい寝癖になっているのだと思う。だけど触れられることが心地よくて、またゆっくりと瞼が落ちていきそうになる。
「もうひと寝入りします?」
「おきる、起きるけど⋯⋯もう少しだけ、こうしていたいな⋯⋯」
自分でも随分甘ったれた口調になってしまったけど、それを恥ずかしいとは思えなかった。ふぁあ、と生欠伸が漏れていく。
ロビンはそんな僕を、ただ笑って見つめていた。
すぐ、傍で。
僕ばかりが、幸せを感じている。
それは僕の心の中で、罪悪感の棘となって僕を苛んだ。
処刑人として、サーヴァントとして喚ばれたのに、という意味では無い。戦いの中で心が擦り減っていくのは、生者も死者も変わらないはずだ。剣を、槍を、弓を、鋼を手にして戦う僕らであったとしても、その生者の真似事によって心が救われるのならば、それは積極的に行うべきだ。とても幸運なことに、今回の召喚は非常に特殊だ。マスターも、そのバックであるカルデアもそれを推奨してくれている。
さらに僕は、その生活の中で、ロビンフッドという愛する人まで得てしまった。
最初は彼の遠回しなアプローチによるもので、僕は全然⋯⋯というか全く彼の意図に気付いていなかった。交際を始めてから「付き合うことになったんだ」と報告して「やっとか!!」の集中砲火を浴びた僕の驚いたことといったら。
彼のことを友人以上に思えなかっただとか、そういうことは無い。ただ、僕の身分や為したことを知った上で愛してくれる人なんて早々いないので、まずその前提というものが欠如しているのだ。自分自身、その卑屈さはいかがなものかと思ってしまうのだけど。
それに。
英雄。義賊。
村人の平穏な生活を護るために、自らの全てを投げ出したひと。囚われた仲間を救い出すためにあの手この手で尽力するヒーロー。僕には決して手の届かない、僕にはとても出来なかった正義の行い。
伝承のすべてが彼では無かったことは分かっている。それでも、彼の行いも、彼の自由さも、僕にとって憧れの対象だ。
そんな彼を恋人として手中に収めてしまったことは、大きな喜びと同時に、少しの優越感と少しの罪悪感を僕にもたらした。まるで花泥棒にでもなった気分だ。最初に愛を囁いてくれたのは彼の方だと言うのに、まるで僕が固く瞼を閉ざした彼に手をかけてしまったような。
早く彼がシャルルの手元から飛び立ってくれればいい。その自由さも含めてシャルルはロビンに焦がれたのだから。でも、そばにいる限りは、彼にも幸せであって欲しいと願うのは、たぶん、当たり前のことだろう。
彼を幸せにするにはどうしたらいいのだろう。シャルルは頭を悩ませる。
そして、いくつか考えて、周囲にも意見を募って、入念な準備を終えて、ようやくそれを実行に移すことにしたのだ。
「いい匂いですねぇ、パイですか」
「うん、ミートパイ。それからシードルも用意したんだ」
まず真っ先に思い浮かべたのは、料理だった。
世界各国、ありとあらゆる地域の味もレシピも調べることが出来るのは間違いなくカルデアで召喚された特権だとシャルルは考えている。自分で台所に立つまでになるのは正直自分でも驚くが、それでも新しい趣味のひとつは間違いなくシャルルの生活を豊かにしてくれている。いわんや、ロビンもきっと。
「パイ皮を作るのはなかなか難しいね。でも、これは自信作なんだ」
「そりゃー嬉しいこって。ご馳走になります」
弾んだ声音で、ロビンが口角を上げる。それを目にしてシャルルも心が弾むのを感じた。
本当に、「彼を喜ばそう」と思って作る料理を完成させるまで大変だった。物思いに耽っていれば焦げるし、そわそわと逸る気持ちでオーブンを開ければまだ膨らんでいないし。中身の具は彼の好みにしようと思って料理本を紐解いても、いつの間にか自分の慣れ親しんだ味になっていたり。これまでに焼いたパイの数は数えきれない。具材のために葬らせてもらった魔猪の数も。
さくりと包丁を入れればふわりと湯気と、かぐわしい食欲をそそる香りが漂って、ロビンがひゅうと口笛を拭いた。シャルルもなんだか鼓動が跳ね上がるのを感じてしまう。顔が赤くなっていなければいいのだけど。
「召し上がれ」
ぽんと音を立てて瓶の蓋を抜き、グラスに酒を注ぎ入れる。これも少しだけ上等なものを用意している。高級品という訳ではないけど、すっきりした飲み口と香りが良いのが特徴の、彼好みの一品だ。
マスターにならっていただきますと手を合わせ、グラスをぶつける。ひとくち飲んだロビンがふにゃりと笑って、ああ口に合って良かったと安心する。ミートパイも小食の彼にしては良いペースで食べ進めていて、つい次々とおかわりを置きたくなって「早すぎ」と笑いながらたしなめられる始末だ。
テーブルの向こうの彼の笑顔が、僕の胸に温もりをもたらしていく。僕ばかりが幸せを受け取っている。
そんなことを考えていたせいか、突如部屋中に呼び出し音が鳴り響いた。
「はい、サンソン。どうしましたか」
『良かった、居てくれて! レイシフトから帰還したメンバーが状態異常を起こしてるんだ。他の治療が出来る面子も出払っていてね、すぐ来てくれるかい』
「わかりました、すぐに」
急いで椅子を引き、立ち上がる。コートをどこに置いただろうと見回すと、ロビンが架けていたそれを投げ渡してくれた。
「すまない、途中で」
「いい、お疲れさん。片づけとくぜ」
「助かる。頼んだよ」
大慌てで駆け出していく僕を、ロビンは呆れた様子もなく送り出してくれた。
幸い、僕の医術スキルと、遅れて駆けつけたナイチンゲールの助力で対応出来る問題だった。彼らの回復を喜びながらも、恋人を投げ出してきてしまったことが僕の心に影を落とす。
少しだけ肩を落としながら自室に戻ると、電気は消してあった。どうやら彼は部屋に戻ってしまったらしい。テーブルの上には記憶より少し減ったミートパイが包まれていた。瓶は見当たらないから、ロビンが持っていったようだ。あのちゃっかり者め。まあ片付け代と思えば何でもないし、そもそも残れば彼に渡そうとは思っていたのだけど。
皿のわきにはチョコレートと、メッセージカードが添えられていた。
『お疲れ様です。ご馳走さん。美味かった』
歌に聞こえたロビンフッドとは思えないぶっきらぼうな文面にくすくすと笑ってしまって。それから遅れて、じんわりと、胸に愛おしさが込み上げた。
僕ばっかり。
さぁっと吹き抜ける風に思わず目を瞑る。
隣のロビンはぱちぱちと瞬きをして、それから「こりゃ壮観ですねえ」と声を上げた。
「マルガレータに教えてもらったんだ。とても綺麗な場所だろう」
見渡す限り一面の花畑。
ひらひらとした大きな花弁が風になびいて揺れる。空はどこまでも澄み渡り、星の光がくっきりと浮かび上がる。今にもこちらに降ってきそうなほどにまばゆい光。空と地の境目はうっすらと白く光り、花の彩りとなってこちらに近づいて来る。自然が作り出した、幻想的な風景だった。
「ここから見える夜明けが、とても美しいそうなんだ」
初見のような口ぶりで言ったが、本当はもう既に、何度も見ている。確かに幻想的で、自然の力を感じて、美しいものではある。だが、女性を喜ばすような感性で彼を扱ってしやいないかとか。自然に関してならロビンのほうが熟知しているから、彼にとっては見慣れたものでありはしないかとか。そんな色々なことが気になってしまって。結局何度も一人で、この場所に足を向けては藍色の夜空を眺めていた。
シャルルのそんな懊悩はうまく隠せているようで、ロビンは「そりゃ楽しみだ」と笑った。
「寒くないかい?」
「アンタこそ」
持ってきた水筒から温かいお茶を注いで、まず彼の分を手渡す。もくもくと立ち上がる湯気はそのまま空に溶けていきそうだ。ほぅと息が漏れて、それも白くなる。
寒さはそこまで感じなかったけれど、彼が外套を広げて招き入れてくれたので、ありがたくそこに納まる。内側に入り込むと、森の中にいるような草木の匂いと、それから彼の紫煙の匂いがして。胸がきゅぅっと締め付けられる。
ここが僕の居場所でいいのだろうか、そんな訳は無い。だけど、その温かさはどうしようもなく甘美だった。足を運ぶたびに目を奪われる花畑のことだって、どうでもよくなってしまうくらい。
彼の側に少しだけ肩を寄せると、ロビンは熱を逃がさまいとするようにぐっと手を腰に回して、もっとシャルルを引き寄せた。常にはない彼の仕草に驚いて目を向けると、彼はどこか夢見るような表情で、瞼をおろしていた。
「ロビン⋯⋯? 眠いのかい?」
「いいや」
「あと数時間もしたら夜明けだよ。赤い太陽が、暗い夜空をだんだんと淡い青に染めていくんだ。起きていてくれ」
「起きてますって」
でもロビンは目を閉じたまま。疲れていたのに連れ出して、悪いことをしたかな。口調もいつもよりゆったりと、落ち着いているし。日が昇りだしたその時になればまた声をかければいいかと諦めて、背中に回った彼の腕に体を預ける。シャルルの行き場のない手はどうしたらいいか迷って、仕方なく自分の膝に乗せていた。
はっと目を開く。
辺りはすでにほのかに明るくなっていて、太陽はもうすでに半ばまで姿を現していた。
「っロビン、起きて!」
慌てて隣に視線をやると、平然としたロビンと目が合った。
「おはよ、シャルル。よく寝てた⋯⋯」
「⋯⋯起きてたのか」
もちろん眠ってしまった自分が悪いことは百も承知だ。その上で、日が昇ろうとしているのに、シャルルにひと声もかけてくれなかったロビンに対して、責めるような気持ちが湧き上がる。
表情を変えたシャルルにロビンがまた、困り果てて眉を下げたいつもの表情を浮かべている。と思ったら、それは途端に焦りの表情へと変わった。
「な、そこまでかよ?!」
「え⋯⋯」
彼が何のことを言っているのか問い返す前に、ぼたり、と雫が手の甲に落ちた。
雨かと思って見上げるけれども、空は変わらずに雲一つない。
戸惑うシャルルの頬にロビンは大慌てで手を伸ばして、次々と雫を降らせる目尻をぬぐった。
「そんなにショックだとは思いませんでした。最近忙しそうだったし、寝かしといてやりたくて、つい」
「ぼ、ぼくも、なんでこんな、」
ぐっと乱暴に目元を擦ろうとした袖を制止されて、代わりに優しい指先が傘を差しかけるように涙を遮る。
「わからない」
ぐじゅりと濡れた声で呟いたシャルルの困惑に、ロビンは迷惑そうな顔ひとつせずに、むしろ思いやりの籠った表情を浮かべる。
「悪かったよ」
「ちがう。きみが、悪いんじゃなくて」
そうだ。ロビンは何も悪くない。
むしろ、ロビンはシャルルをいつも暖めてくれているというのに、シャルルは何一つ返せやしなくて、ロビンから奪っていくばかりだから。
「美しい光景や。美味しい食事。そういった何かの形で、きみを幸せにしたかったんだ」
また視界が滲む。でも、シャルルの引き攣れた叫びに、ロビンが片眉を上げたのは見てとれた。
「どういうことです」
怒ったような、険のある口調。でも、シャルルが悪いのだから仕方がない。
もう全部諦めてしまえとばかりに、シャルルは全ての企てをさらけ出した。
「僕はきみに数えきれないくらいの幸せをもらっているのに、僕はそれを返せない。それどころか奪ってしまってばかりだ。だから、なにか返したかったんだ」
シャルルがそう吐露して、重い荷物を下したように笑うと、目の前のロビンは目を瞠って。それから、手で顔を覆った。
「どうした? やはり僕がきみになにかしたいだなんて、そんな不相応なことをしたから気分を害しただろうか」
「んなわけ⋯⋯ないだろが!!」
がしりと肩を掴み上げられる。ロビンの咆哮が花畑に響き渡って、わんと反響した。
「アンタこないだから、なんか陰でこそこそしてたり、と思ったらやたらにこにこしてたのはこれかよ⋯⋯」
ばれてたのか、と目を丸くすると、そのシャルルの考えすらも看破してロビンは長い長い溜息を吐いた。
この際だから言っときますけど、と彼は乱暴な、吐き捨てるような口調で言った。
「オレは、アンタだけいればそれで十分なんです」
え、とシャルルの口から勝手に言葉が零れ落ちる。ロビンはそれをちらとも気にせずに、シャルルの目を真っ直ぐに見つめてくる。激情に満ちた、色の濃い瞳が痛いくらいだった。
「ミートパイも、シードルも好きですけど、アンタとだから美味い美味いって食べんですよ。たぶん、アンタと一緒ならオレは豚の餌だって喜んで食う。景色だって、アンタが来ようって言ったから来ただけで、オレひとりだったらそんなもん興味ないですから」
「そんなにもきみの好みを外していたか」
「違えよこの卑屈野郎!」
ちゃんと聞けよ、とロビンは言う。ちゃんと聞いているのに、瞬きもせずに。
「アンタが考えるどんな幸せも、オレにとっちゃ、アンタがそばにいることには勝てないんです」
「⋯⋯つまり、僕がそばにいれば、きみはそれで幸せになってくれるのかい?」
「そうですよ」
また、じわりと涙が視界をぶれさせる。だけど、目を閉じることすらもったいなくて仕方ない。
「そんなの、僕にとっても同じに決まってるじゃないか」
ひんやりとした風が、シャルルの涙を飛ばしていく。
いつの間にか朝日は昇り切って。寄り添いあってひとつになった影を、くっきりと大地に伸ばしていた。
朝焼けに染まる空はとても美しかった。
だけど、シャルルが冷え切っているのが心配だから早く帰ろう、とロビンは主張した。
「そんなに合わなかったかい。僕は綺麗だと思ったのだけど」
「違うっての。ってか、前に見たことあるんですね」
失言に後から気付いたシャルルに、ロビンは半ば呆れたように肩をすくめる。
「だって、がっかりさせたくないじゃないか」
「その為になんだかんだ理由付けて置いてけぼりにされてたほうがさみしかったですよ、オレは」
今日のロビンはいつもよりずっと素直で、とても愛おしい。そう思い、じっと見つめているシャルルの視線にはすぐ気付かれてしまって、でも普段のように顔を背けはしなかった。
「大事なひとに、全然分かってもらえてなかったことが悲しくて仕方ないんですよ」
「そんな表情には見えないな⋯⋯?」
「だから、ベッドの中でしっかり温めてやりますからね」
絡めた指にぎゅっと力がこもって、シャルルは恥ずかしさに顔を下に向けたくなる。けれど、そうしたらロビンをちゃんと見つめていられない。
「じゃあその間、瞬きする暇もないくらい。きみを見つめていてもいいかな」
シャルルの言葉にロビンは目を丸くして、それから三日月型に細めた。
「随分余裕じゃないの。お好きにどうぞ」
目を閉じようが、目を開けようが、そばにいさせてくれるんでしたら。
inspired by 「瞬き」/back number
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