あじゃりもんた
2021-09-19 10:18:48
1554文字
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金木犀

2021年9月ロビシャルwebオンリーお題企画

部屋には香水のように甘い香りが漂っていた。
「何飲んでるんですか? ハーブティー?」
シャルルが手にしているのは中国式のティーカップ。ロビンに気付くともう一客を手に取る。
「荊軻から貰ったんだ。桂花茶といって偶然だそうだけど彼女と同じ名前の響きのお茶だよ」
「さいで。ハーブを茶葉に混ぜるやつですね」
シャルルの最近の気に入りのガラス製のポットの中には大き目の茶葉の中に隠れるように鮮やかなオレンジ色の欠片が揺蕩っている。
「あぁ。中国原産だそうだけど、マスターの国にもよくあるそうだ。懐かしいと言っていたのでおすそ分けしたらお返しを貰ったよ。食べるかい」
そう言って差し出したのは砂糖菓子。見慣れた花や葉を砂糖に漬け込んだものではなく、そのものを象ったものだ。確かアジアはこのようにすることが多いと聞いたのでマスターの出身国のものだろう。そう思って緑の葉の形のものをひとつ摘まみ上げて、「着色料を使うことが多いそうだが、シェフが工夫して抹茶でその色を出したらしい」と聞いて一瞬手が止まりかけたが何とかそのまま口に放り込んだ。コックはいけ好かなくとも菓子に罪はない。飴とは違ってスッとほどける爽やかな甘さが広がった。
「んー······悪いとは、まぁ、言いませんけども。菓子も甘い、香りも甘いで少し塩っけの欲しい感じもしますわ」
そうだろうか、と言いながらシャルルがカップを差し出す。目を離した隙にレモンを浮かべたかと思うほど明るい水色だ。
「それなら砂糖はいらないね」
「いらないっすわ。それにこれ、いやに赤いですけど。柑橘入れました?それともそういう茶ですか」
「花びらの色が出たんだ。鮮やかな橙色だから香りだけでなくこうして食用にも楽しまれるようになったそうだよ」
それに、と一口飲んでからまた続ける。
「咳止めの薬としても使われているんだ」
「へぇ。こっちのタイムやアニスみたいにですか」
「そうだ。花だからリンデンにも近いだろうか」
脳内から記憶を探り出してから、あぁ、と頷く。記憶に馴染んだあの樹も甘い香りでミツバチを寄せるのが特徴だ。
「ライムの木ですね。言われてみりゃ納得だ」
「とはいってもあくまで似通った部分があるというだけで、花の色も違うし、植生も違うし、そもそも種類が全く異なるが」
「ああそうですか」
堅物め。内心そう毒づいたロビンに気付いたのか気付かないのか知らないが、シャルルはいつもの真面目くさった顔でつらつらと続ける。中国原産ということは生前見知ったという訳でもないだろうにずいぶん一家言あるようだ。
「リンデンは薄いクリーム色の花で、火花のように細かい花弁が開くのが特徴の落葉樹だ。花言葉は『夫婦愛』。桂花、金木犀は十字架型の花弁の小花が葉のそばに集まって咲く常緑樹。」
はいはい、よくわかりましたよ。いくら皐月の王といえども遠く離れた土地にしかない樹なんか知るもんかっての。苛立ちを砂糖菓子と一緒にがりがりと嚙み砕いた。

「······つまり、緑の葉に、君の髪と同じ色の花が見え隠れしているという樹で。もちろん君にも僕にもゆかりは無いのだけれど、君に似た樹だと思ってしまって」
「は」
思わず口から空気が漏れ出して、驚いた表情のまま見上げると変わらず平然としたすまし顔でティーカップに口を付け、それでも僅かに耳が赤く染まっているのは伺える。
「それから、金木犀の花言葉は『気高い人』。そんなところもまるで君のようだ」
乱暴に噛み砕いた砂糖菓子のつけか、製作者の呪いか。胸に重く重く込み上げるものと、ついでに顔にも何やら上っていく感覚。ふいと目を逸らして、どうにか一言呟く。
いくらなんでも、その台詞は。
「甘い通り越して、クサすぎやしませんかね······」