スサ
2024-05-17 19:15:38
3025文字
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【鬼水】その後半年ねずみの姿を見たものはいなかった

鬼くんの匂いがべったりついてるを体臭が移ったってことかな?と思ってた水の話のその後(バレ編)です。

 水木は怒っていた。半分くらいは羞恥によるものだが、とにかく怒っていた。

 話は小一時間前に遡る。
 ──にいさん、さすがに少し控えた方が良くないかね、と。
 旧知の男(最初に知り合った時は向こうも少年だったので、随分時が経ったと感じる所だが)が袖で鼻を隠すようにしながら、わずかに鼻の頭に皺を寄せて言ったのは昨日のことだ。意味がわからず、水木は首を傾げた。何カマトトぶってんだヨこの兄さんは、とさらに顔をしかめたねずみ男だったが、水木の怪訝な顔が芝居ではないと気づいたようで、今度は一転目を丸くした。
「兄さんアンタ、気付いてないのかい」
「何にだ」
 やたら大げさな言い方をする。水木はそろそろ暑くなってきたなと背広を脱いだ。ウワ、とねずみ男がうめき声を上げた。
「だから何だよさっきから」
 何やかや色々あってやたらな長寿になってしまい、ついでにほとんど外見の加齢も止まってしまった水木は、しかし今も人の世で働いている。それしか生き方を知らないというか、何かしていないと落ち着かないのだ。
いやぁ……昨夜もお楽しみだったようで」
?鬼太郎と将棋はしたが、長考に入っちまったから楽しんだっていうと
 楽しいか楽しくないかでいえばまあ楽しかったといえるが。
 水木の的はずれな答えに、ねずみ男は盛大なため息をついた。
「あのねェ、ニィ〜さんよ。あんたもそんだけの男前だ。まだ普通の人間だった頃はあちこちの女を泣かせてきたんだろ?そんな下手な芝居で騙そうなんざお人が悪い」
「は?」
 水木はますます怪訝な顔をした。そこでようやく、ねずみ男もこれはおかしいぞと気づいた。何かをごまかしているわけではないと。
その〜、だな。兄さん、あんたからキタ公のニオイがプンプンするんだ」
 ねずみ男は鼻をつまむジェスチャーを交えて伝える。しかし水木は首を傾げるだけ。 
そりゃ、一緒にいれば、俺はわからんが、妖怪ってのはやっぱり人間より鼻が効くんだな」
 へえ、と感心したようですらある声に、ねずみ男は混乱した。朝までしっぽりやってやがったんでしょ、とこっちはからかっているというのに、剛毅すぎる。いや、本当にそうなのか?
「オレっちは人間のはじらいのなさにびっくりしてるよ
「はじらい?」
 きょとんとした顔はやはり芝居には見えない。
鬼太郎の匂いって、あれだろ?森の匂いみたいな」
「ハァ?!」
「なんだよ、デカい声出して。違うのか?あいつを膝にのっけて座るとさ、つむじからそんな感じの匂いがして落ち着くんだよな」
…………、ははぁ、なるほど、なるほど?」
「なんだよ
 水木はやっと警戒するような顔を見せる。ねずみ男はニヤニヤ笑って、こそりと声のトーンを落とす。
「兄さん、鬼太郎のやつ、知っててあんたにゃ黙ってるのかもしれねぇなぁ」
「鬼太郎はそんなことしない」
 きっぱり、水木は曇りなきまなこで言い切った。鬼太郎から水木へ向かう感情も大概巨大だが、その逆もまた然りなのだとこれを見ればわかる。まあ、相思相愛ということか?
「人間ならな、イカくせぇって言うわな」
…………、は?」
 水木は大きな目を丸くした。ぽかん、とした顔だ。そうすると童顔が際立つ。中身はそろそろ百に手が届こうかというところだろうが。
「つまり、ま、そういうこった」
 袖をひらひらさせながら、ねずみ男はケヒヒと下品に笑う。対する水木はといえば、呆然とした後わなわなと震え出し、用事を思いだした、と硬い声で告げてねずみ男に背を向ける。ちらと見えた顔は赤面しつつも般若の形相だった。
 美人が怒るとおっかないねぇ、と笑いつつ、はい、いってらっしゃ〜い、とねずみ男は旧知の男を見送った。

 そんなわけで、冒頭に戻る。
おまえ、知ってたんだな」
 鬼太郎の前で仁王立ちして腕組みする水木は、さながら不動明王のごとしだった。
 幼い頃から一緒に過ごして(間に少しの別離を挟んでいるが)ここまで怒らせたことは記憶にない。
 水木の前で正座しながらも、何をですか、と鬼太郎は問う。何となくわかるような気もしたが。水木は明らかに頭に血がのぼっている様子で詰る。
っ!ねずみ君に聞いたぞ」
「はぁ、あいつに何を」
 またろくでもないことを始めたんじゃなかろうなという気持ちと、水木に何を吹き込んだのだという疑念が鬼太郎の中で渦巻く。事と次第によっては
「に、匂いって、匂いって!」
 その先はもごもご口ごもりただ顔を赤くする。ああと鬼太郎は思った。理解した。そして少し残念にも思った。気づかないで無邪気に笑っていたのは可愛かったのに、と。
「そ、そういうことだったのかよ!俺、どんなイロキチだと思われてたんだよ!」
 怒りすぎて涙目になっている水木をまじまじ見上げた後、鬼太郎は冷静に答える。
「どちらかといえば、それは僕の方が思われてると思いますが
「は?!」
「鼻が利く妖怪ならあなたのそばにも寄りませんよ。僕の方が強いから」
 淡々とした物言いに、水木は二の句がつげない。
「あの、立ってもいいですか」
…………足しびれたのか?」
 罰を受けるための正座だったのだが、その程度で許してくれるつもりなのだとしたら、水木は実際鬼太郎に甘すぎるだろう。鬼太郎自身そう思う。僕、愛されてるなぁと。
違います、あなたを抱きしめたいから」
「おまえ、俺は怒ってるんだぞ!」
「はい」
「反省してるのか!?」
「それは、何に対して」
!生意気だぞ!」
 カッと頬をさらに赤くする水木に、鬼太郎は困ったように笑った。
「反省してますよ。あなたに黙ってたこと」
…………
 水木が何に怒っているか正確に推し測る鬼太郎は、さすがに水木をよくわかっている。
「だけど、僕の匂いが、ああ、体臭のことですけど、これは。それが好きって言ってくれたの、嬉しくて」
 はにかむような表情に、水木はウッと詰まる。こういう顔にどうにも弱い。いや、鬼太郎は水木の弱点の集合体のようなところがあるのだけれど、それはともかく。
「だから言えなくて。ずるくて、ごめんなさい」
……………
 水木はへにょりと眉を下げ、振り上げた拳をするすると落とした。甘い。大丈夫なのかこの人は。僕が守られなければ、鬼太郎はあらためて誓った。
「水木。抱きしめても?」
………………………
 水木は顔を赤くしたまま苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ダメだ、と言った。地を這うような声だった。ダメか、とため息をついた鬼太郎だったが、次の瞬間ぎゅうっと抱きしめられた。
「俺がいいって言うまでお前は手を出すな」
はい」
 更にぎゅうぎゅうと強く締め付けられる。もしかしてこれで罰のつもりなのだろうか?なすがままになりながら、これじゃご褒美なんだがと鬼太郎は思った。
「ところで、ねずみのやつには何て言われたんです」
…………何でもいいだろ」
 拗ねと照れがあいなかばする声と顔に、鬼太郎はいい顔で笑った。
鬼太郎?」
「なんですか」
…………、反省したか?」
「はい。それはもう」
 じゃあ、動いてもいい。
 偉そうな声で赦しを与える元養父に、「ごめんなさい」ともう一度殊勝に謝り、今度こそ鬼太郎は水木の背に手を回した。