ななき
2024-05-15 23:15:31
1684文字
Public 吸死
 

しろいおおかみの話 シンヨコ在住、Aさん

タイトルそのまま。モブによる語りです。Aさんのおじいさまのお話。
※ウスミラ要素あり

25.9 微修正

 じいさんの話だ。
 じいさんは大正の生まれで、二十で幼なじみだったばあちゃんと結婚した。当時は栃木の方に住んでいたと聞いてる。
 俺の知ってる二人は仲の良い夫婦だったが、若い頃は喧嘩もそれなりにしたらしい。じいさんは喧嘩のあと、山に咲く花だとかアケビだとかをひとつふたつとって帰って仲直りするのが常だったとか。

 話を戻すと、その日も花を探しに秋の山に入ったそうだ。
 その日は喧嘩したわけじゃなかったが、理由あって特別きれいな花が欲しかった。それなのにどうしても見つからない。リンドウどころか、ヨメナすら見当たらない。それでつい、いつも入らない奥まではいって、見覚えのない沢に出てしまった。日も傾いている。これはいかんと踵を返しかけたところで、それはきれいな野菊が数本咲いているのを見つけたんだと。
 これならと喜んで摘んで、振り返ったじいさんは腰を抜かしたそうだ。すぐそこで真っ白なおおきい『おいぬさま』――つまりは狼だな、あのへんでは狼をそう呼んでたから。狼がじいっとじいさんを見ていたらしい。
 喰われると覚悟して念仏を唱え始めたじいさんに、狼は
「その花を譲ってはもらえないか」
と低い男の声で尋ねてきた。狼が口をきくなんていくら昔といえど誰も信じやしない。だけどその狼は確かに話したんだそうだ。妻と久しぶりに会うので何か贈りたいが、花も見つからなくて難儀している、と。
 なにかとても途方に暮れた様子だったとか。いつもならしゃんとしてるだろう毛までしんなりしてな、妙に人間臭いおいぬさまだったとじいさんも笑ってた。
「肉でなくてですか」
 おいぬさまの嫁さんならおいぬさまだろう。そう思ってつい、聞いてしまったらしい。いや、じいさんも豪胆だよ。そうだな、って言われてたら自分が手土産になってたかもしれないのに。
 おいぬさまは、すこぅし考えて、
「みりゃさん(そうきこえたらしい)は、花が好きだ」
 そう答えたそうだ。

 それで、じいさんは一本だけ残して残りの花を差し出した。本当ならおいぬさまへ全部お供えすべきだが、どうしてもこの花を嫁にやりたい。一本だけは勘弁してくれ。明日の昼に出征だ、嫁と生まれたばかりの子に、せめての縁としてやりたいのだと伏してお願いしたそうだ。
「お前のことはどうでもいい。……だが、花には感謝する」
 今こんなものしかないが、礼だ。とおいぬさまがその鼻先で何かじいさんの手元に押してよこした。
「日も暮れている。気を付けて帰れ。妻子のためにな」
 次の瞬間にはおいぬさまは消えていたらしい。で、じいさんの目の前に置かれた礼とやらは、金属製の瓶だった。振ってみると水の音がする。こわごわ、ねじ式の蓋を開けると嗅いだことのない、しかしそれはもう上等なのがわかる酒の香りがした。
 当時のじいさんには名前がわからなかったそうだが、あれだよ、スキットル。中身はたぶん、ウイスキー。中身はじいさんがとっくに飲んでるけど、スキットルはまだ実家にあるんじゃないかな。……なんでおいぬさまがそんなもの持ってたんだろうな。
 ともかく、じいさんは転げて帰って、二回目の結婚申し込みかってくらいの勢いでばあちゃんに花渡して、それでこの話をしたらしい。
 ばあちゃん、あの年にしては現実主義だったからさ、全部信じたわけもないだろうけど、見るからに上等な金属の瓶はそこにあるわけで。
「帰ってこねえと、おいぬさまに面目が立たねえよ、あんた」
 そう言って、すこしだけ泣いたそうだ。

 それから? じいさんはそのスキットルをお守りに出征して、無事帰ってきたよ。
 おいぬさまのおかげだって礼を言いたくて、記憶をたどって山に入ったが、何度試してもあの時の沢には辿りつけないままだったそうだ。
 でも一度だけ、大岩の上に、おいぬさまがいた気がするって言ってたよ。気づいたときには消えていたが、ワンピース姿の娘と寄り添ってじいさんをみていた……ように思ったらしい。
「あれが嫁さんなら、贈るのは花だよなぁ」
 とても仲睦まじい様子だったそうだ。