ゆい
2024-05-15 22:12:45
2774文字
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【宗みか♀️】白旗が足りない

フォロワーさんのリクエストで「お互いの事をずるい人だと思っている宗みか♀️」でした。
にょたはいくらでも甘く出来るので気が楽です。

「‥また上着を忘れているよ」

 呆れと戸惑いがちょうど半分ずつ沁みた声が温もりと共に降ってくる。お気に入りの匂いが移ったカーディガンは、抜け殻と思えないくらいお師さんの存在が香って、剥き出しの肌が少し粟立つ。色気より肌触りに傾いたブラカップ付きのキャミソールとお尻にくまさんがでかでかプリントされたパンツだけ身に着け、体育座りでベッドの真ん中を占領するような女にも、このひとは舞台上と同じくらい優しくしてくれるのに。気後れする程の麗しさに包まれてもはしたなく爪先を丸めてしまうおれは、多分果てしなく馬鹿なのだろう。そんなことは振り返るまでもなく分かっていたことだけど、ここは三秒我慢してから出来るだけ何も気付いていない顔で後ろを向いた。首は僅か左へ傾けて、華奢さを見せびらかすように。唇は淡く結んで微笑めば、きっとこんなおれでも二度見するくらいには可愛い筈。水分補給に部屋を出たお師さんを待っている間中、何度も脳内でなぞった呪文を舌の上でもう一度唱えて何時もよりときめく胸をこっそり押さえる。だけど、上目で見上げた先に居たのは部屋の入り口に立ち尽くし、眉間へ不揃いな皺を沢山集めてこちらを見下ろす何時も通りのお師さんだった。肩に乗った温もりが風船のように萎み枯れ、指先まで一気に血が凍る。なるちゃんに教えてもらったせっかくの魔法は砂より脆く破けて、笑みだった筈の頬の動きが瞬く間に気まずい強張りに擦り変わっていく。慣れないことをするんじゃ無かった。馬鹿な戯れとくどくど窘められていた方が虚しくたって百倍ましだ。

「やっぱりおれにプリティなんて無理なんや‥」
「はっ!?君また面倒臭いことを考えているだろう!!拗れの元にしかならないから即刻止めたまえ!!」

 半泣きのおれに引いたのか、ぎょっと顔色を無くしたお師さんが光の速さでベッドのに乗り上げてくる。そのまま後ろ向きの身体を回されたかと思えば、勢い任せの向かい合わせに持ち込まれてカーディガンの上から強く肩を捕まれて揺さぶられた。すっかり座った筈の首と目がぐらぐら回って気持ち悪い。おれの無駄な患いを払い落とさんばかりに上下左右に弄ばれて、何となくさっきまでの疾しさを思い出す。少し響くお腹をこっそりかばいつつ、降参を示すように骨張った大きな手に指を添えれば、やっと振動と眩暈が止まる。ちかちか煩い視界を瞬きで誤魔化して何とか視界を広げていけば、目と鼻の先で存外焦りに塗れた紫の瞳が翳っている。

「馬鹿げた妄言を取り消す気にはなったかい?」
「プリティ5で教えてもらったテクニック、何でお師さんには全然効かへんの」
「‥焼き付け刃の可愛さなど真似ずとも、君はしっかり愛らしいからだよ」

 愛の言葉と呼ぶには少々疲れ過ぎている声音で力無く呟いて、お師さんはおれの肩からようやく手を離す。慌てて剥がれようとした指は一瞥もされないまま結ばれ、ぺたりと座り込んだおれの膝頭の辺りで一つになる。ぴしり、と固まったおれの肩から借りたばかりのカーディガンがずり落ちるけれど、今度はお咎めもなく晒されたまま夜に冷える。指先まで温かいお師さんの手と繋がったおれの小さな手は、少し汗ばみ始めている。不埒な湿度が不愉快じゃないだろうか、思わず爪先が遠慮するけれど重なる力が一層増しただけで手放される気配は微塵も無い。几帳面なこのひとには珍しく、パジャマのボタンが何時もより一つ多く外され、襟元にも柔らかな皺が残っていた。無防備に伏せられた頬の辺りで滅多につかない寝癖が揺れ、二人で泥のように眠った先程までがまた脳裏を過ぎる。誰にも見せないだらしなさをすぐそばで覗くことを許される度、震える程の優越と匂い立つような後ろめたさで何時も胸が苦しくなった。空気も読めずに色づいた頬が急に恥ずかしくなって思わず結んだ指に力を込めれば、俯いていたつむじがぱっと元の位置に戻り、幾分鋭さの抜けた瞳がそれでも凛々しく俺を映す。

「君は抜けたら冴えたり忙しないからね。大事なことも
も正しく伝わっているかどうか心配になる」
「お師さんが言葉足らずなせいもあるやろ」
「それはお互い様。足りないのならきみがもう止めてと泣くまで教え続けることも可能だけど、どうする?」
「‥今日は眠いから抱っこにして」

 解くのは諦めた手を二人分持ち上げて苦し紛れにお願いすれば、悪戯で満ちていた紫の星がぱちりと瞬く。大きく見開かれる目に欲張り過ぎたかもと、咄嗟に肩を竦めて小言を待った。だけど、反省会を終える前に石みたいだった指は水のように離れ、少し冷め出した肩を再び強く引き寄せられる。殆ど条件反射で背中へ空いた手を回して、その豊かな広さに何度目かも分からない溜め息を漏らす。今夜は揺さぶられてばかりだと厚い胸に抱き締められながら思うけれど、自業自得だし藪蛇になりそうだから口には出さない。手つきは乱暴だったけれど、閉じ込められてしまえばひたすら温かいばかりで恥も失態も一旦忘れて頬を寄せる。ほんの少しだけ早い気もする心音を贅沢に味わって、前より掴みにくくなった肌をパジャマ越しに何度も触る。

「お師さん、また大きくなった?さっきも思ったけど背中に手ェが回らんかった」
「‥あまりベタベタ触らない。早くパジャマを着なさい、どこに触れれば良いか分からなくて困るよ」
「んあっ?お師さんが触れちゃあかんとこなんて無いやろ?」

 今更過ぎる呟きに思わず顔を上げれば、今夜一番厳しい顔をしたお師さんと睫毛の距離で目が合った。散々確かめ終えたことを真面目な顔をして掘り返すのが、お師さんの悪い癖。本当におかしなひと、心も運命もはじめてだって余すことなく攫ってくれた貴方に許されないことなんて一つも無いのに。
 知らず溢れた笑みを見て眉根をぎゅっと寄せた後、一つ大きく息を吐いてお師さんは指の腹まで使ってもう一度おれを抱き締め直してくれる。沈み込むような温度と爪先が白くなる掴み方で、今夜はまだまだ長いことを知った。ちゃんと眠いって言ったのに。溜め息にはなり損ねた吐息もきちんとお見通しなお師さんは、おれと同じ色を歪めて低く掠れた声を出す。

「‥君は人を誑かすのが上手すぎる。僕以外にしたら承知しないよ」
「そんなことで褒められるより、可愛いって言われたいんやけど」
「可愛さ余って常時気が狂いそうだよ」

 結局欲しい言葉だけくれなかったお師さんが自棄糞に叫んで、代わりに苺みたいな耳先を晒して噛み付くようなキスをくれた。のらりくらり躱されて癪だし、明日起きたらまた懲りずにかわいこぶってみようか。その分の体力は残しておいてくれると良いな。頭の片隅できっと夢と散る楽観を持て余しつつ、それでも決して離れぬように強く掴まって目を閉じた。