フッと思い出したように目が覚めてカンタロウは痛みと寒さで身体にかけられていた茶色い布を手繰り寄せると、辺りの暗闇に見知らぬ恐怖を抱えながら身を縮めた。
怖い、寒い、痛いの三重苦だ。
今どういう状況だろう、と寝起きの頭で考えていると。
「う、うぁ…」
「なんだ、もう目が覚めたのか」
「うわぁああ!?っが、んんーっ!?」
「チッ、いちいち騒ぐな、殺されたいのか?静かにしてろ」
「っんん…っぷは!……っ!」
「ふん、それで良い」
手で口を塞がれた瞬間、恐怖しかなかった。
あの手のひらから血の刃が出るのを見てしまっていたからだ。
しかしカンタロウには目の前の男が一瞬、誰か分からなかった。
だと言うのに首筋に当てられていた血の刃がカンタロウに一瞬で全ての記憶を思い出させた。
逃げなければ。
しかし何故、自分は廃墟のような場所で寝転んでいるのか分からない。
本官は人質になのだろうか?と一瞬考えもしたが周りは静かで廃墟らしき場所には辻斬りナギリとカンタロウしかいない。
だが襲われた時の動揺はあるものの逃げて、辻斬りナギリの存在を仲間や吸対に報告できれば!と言う気持ちがカンタロウには残っていた。
だから動いた時にカチャカチャ、と金属が重なる音が手首からして驚く。
支給されて持っていた手錠が自分にかけられている。
「目覚めたなら交渉だ……って、なんだ?ようやく手錠に気付いたのか、お前」
「えっ?あっ!………えっと」
「早く言え…って、あぁ、普通に喋るくらいは許してやる」
「なら……なんで本官を手錠で拘束してるでありますか?はっ!それよりも今すぐ自首をするであります!辻斬りナギリ!」
「のわっ!?急に叫ぶな!怪我人の癖にうるさい奴め、どうやらお前は本当に身の程知らずらしいな?」
「え?ヒッ!やめっ、ぐぁ!」
スラッと再び伸ばされた血の刃に怯え、掴まれた事でパニックになり、カンタロウは右に思わず頭を庇うように動いてしまってパタタッと遠くて血が飛んだのがカンタロウには見えた。
「っふん!馬鹿野郎が、動かなければ浅く済ませてやったと言うのに」
「っう、ぁ、す、すいません…」
「……は?何故、謝る」
「え?だ、だって仰る通りであります。本官が不用意に避けたから結構ザックリ傷に、うぅ、意識したら痛みがイタタタっ!」
「謝るな!喋るな!俺は辻斬りナギリだぞ!…だぁぁぁ!クソっ!じっとしてろ!」
左頬が予想以上に切れてしまった痛みから身体を丸めてしまったカンタロウにナギリは、少し部屋から居なくなったかと思ったのも束の間で比較的綺麗な布の切れ端で傷口を抑えてきた。
どうやら腹の手当てもナギリによるものらしいと気付いたカンタロウは自然と感謝の言葉が溢れた。
指名手配犯だが手当てをして助けてくれたのは事実だ。
「有難うで、あります」
「はぁ…貴様、誰に礼を言ってるか分かってるのか!?」
「辻斬りナギリと分かっていますが手当てを受けているのも事実でありますから」
「はぁ?こ、れは…そうだ!お前が騒がしいから話がズレた!俺は交渉する為にお前をここまで連れてきたんだぞ!勝手に死ぬのは俺が損だからだ!」
流石のナギリも襲った相手に感謝の言葉を言われると思っていなかったらしく目を丸くして動揺していたが、本来の目的を思い出して怒鳴ってくる。
しかし手は律儀に未だ傷口を抑えたままなので迫力には欠ける。
だと言うのにカンタロウは、変わった所があったが何処までも真面目な警官なので質問してしまう。
「交渉?誰とでありますか?本官は人質にされようと仲間の迷惑になりたくは!」
「人質だと?俺はお前と交渉するつもりだぞ。お前、俺の餌になれ」
「本官がえさ…餌!?え、け、血液を提供しろと?」
辻斬りに頬の傷を布で抑えて貰いながら交渉という間抜けだが脅されている光景は本人たちの何処までも真面目な所が生み出した光景だった。
更に餌になれ、と言う言葉は社会への吸血鬼との共存が進んでいる社会で暮らすカンタロウでも聞き慣れず困惑する。
血を渡す事と何が違うのか分からない。
すると、そんなカンタロウの様子を分かっていたのだろう。
ニヤリと笑ったナギリが交渉を始めた。
「少し違う、お前が俺の餌になっている間だけ俺はこの町で辻斬りはしないでおいてやる!」
「え?ほ、本当でありますか!?なら本官はっ!」
「おまっ、人の話を最後まで聞け!血を貰うだけじゃないぞ!アレだ、住む場所とかもだな!」
「ご提供するであります!それで辻斬り事件が起きないなら安いものですしっ!」
「はぁ!?もう少し考えるとか躊躇うとかしろ!なんなんだ貴様!」
あまりに話がトントン拍子に進むので思わずナギリは思わずカンタロウを指差して怒鳴った。
すると抑えていた手も呆れて離してしまい、止血用の布が外れた。
ただそれだけの筈だった。
この時、ナギリが交渉を持ちかけた本当の理由はカンタロウの血が本当に欲しかったからだ。
辻斬りを行っているナギリとって食欲を満たす為の血液に対して無くなる心配は無い。
しかしカンタロウの血を飲んで直ぐ、ナギリは初めて目の前の人間の血を独り占めしたくて堪らなくなってしまった事は覚えている。
だが自分でも気付いた時には廃墟に連れ去った後で、どのようにして廃墟まで辿り着いたのかなどは全く自覚がなく。
今までに無いことで動揺しつつ、捻り出した結果がカンタロウとの交渉だった。
だから無理はあると自覚していた。
なのに。
「はっ?な、んで刃がっ!?」
「ぐぁああ!?」
「おい、おい、警官?しっかりしろ!お前、目に刃が当たったのかっ!」
先程の不注意から斬った左頬とは反対の右側が不運にも暴走した血の刃によりザックリと切り裂かれた。
怒鳴ったりしたが、それでもナギリ自身は暴走する程、自分の意識がなかった訳ではないと自負している。
しかし結局、血の刃はナギリの味方ではないのだと知らしめるかのようにナギリの狙った獲物は息も絶え絶えだった。
負傷などから血を流し続けたからだろう。
「お、おい、勝手に死ぬな!交渉したばかりだろうが!」
「ずぃ、ませ…」
「っくそ!」
なんで俺はこんなに必死になっているんだろうか?と自問自答して、フッと警官からの有難う御座いますと言うぎこちなかったが、それでも本心からだと分かるほどの間抜けヅラを思い出し。
ナギリはカンタロウを布で頭から覆い包むと抱えて、人の気配が少ないが比較的明るい場所へと続く路地裏に辿り着くと。
「怪我人がいるぞーっ!」
そう叫んで、駆け寄ってくる足音がドンドン大きくなるのを確認してから路地裏の奥へと消えて行った。
それから三日後、血を吸ったマットが鈍い色へと変色してしまっていたが廃墟を変えることもせずに拠点の一つとしていたナギリは、人の気配を感知すると驚いた。
初めて見た時よりも少し瞳の色が変化しただけでなく、未だ完治していないのか少し血の気のない白い肌をさせた、あの日の警官が杖を持って廃墟でキョロキョロと周りを観察していたのだ。
話しかけるつもりはなかったが、真っ先に気になっていた事が口から溢れていた。
「お前、目が見えてるのか…?」
「わっ!?辻斬りナギリっ!ビックリしたであります!」
「のわっ!?だから大声で叫ぶな!!!大体、何しに来た!」
「それは辻斬りナギリの逮捕!と言いたい所ですが本官は血を渡す事をお約束しましたので本日は約束を果たしに参りました!ですので貴方も今日からお約束、守って下さい。」
「…馬鹿なやつ、俺が守る保証なんてあると思うのか?」
「それまでに貴方を捕まえるだけであります!吸対へと入隊すれば本官でも逮捕も可能性は高くなる筈でありますから!」
「お前が?わざわざ俺を捕まえる為に?っは!はは!あの晩だけで、そんな傷だらけになったのに懲りてないのか?」
「はい、今は捕まえられなくても必ず捕まえてみせるであります、だから」
だから辻斬り被害者を出さない為に本官は貴方に血を渡すお約束も守ります。
と言い放ったカンタロウはフラついた足取りにも関わらず杖を捨てると、懐から折りたたみナイフを取りだしたと見つめていると手首を切ろうとし始めた。
この予想外の行動に慌ててナギリは近付いて、ナイフを取り上げるとカンタロウはビクリっと身体を震わせるので思わずしかめっ面になる。
「怯えるくらいならするな!ぁあ!もうっくそ!俺は血の刃から吸血するから、わざわざ斬らなくて良い!」
「あ、本当に刃からの吸血なのでありますね」
「あぁ、そうだ!だから、もう斬ろうとするな!その、アレだ!刃で飲みにくい!」
「そうなのでありますかー…それは本官としても困るので、どのようにすれば飲んで頂けますか?」
「ぐっ……それは…」
怪我を最小限で済ませる吸血なんて考えた事がない。とは言えなかった。
別にナギリは約束を守ろうと思っている訳ではなかったが近付いた警官の姿は入院服で、足はスリッパと明らかに抜け出した人の格好なのはナギリでも理解出来た。
こんな格好で彷徨いているのは明らかに目立つ。
目立つと言うことは廃墟に入る姿を誰かに見られていない保証はない。
なら目の前の警官を殺せば良い。
良いのだが今、殺せばナギリがわざわざ交渉すると言う慣れない事をしてまで貰おうとした血は今日限りで、この世から無くなってしまう。
それはあまりにもナギリにとって惜しかった。
何より包帯の白に包まれた目の前の男の存在が、あまりにナギリには見てはいけないような、目に毒、と言う言葉が何故か当てはまり困惑していた。
そんなナギリを知ってか知らずか計れない目になったカンタロウから声をかけてきた。
「ナギリさん」
「な、なんだ!」
「本官ケイ・カンタロウは今日までお約束、忘れた日はありません。ナギリさんにとっては些細でも本官にとっては違います」
「ふん、それがどうした!俺には関係なっ、ぐわっ!?手、手を離せ!何しやがる!」
所詮、怪我人で。どうせ人間のチカラでしかないのだ、分霊体もあるナギリからすれば容易くねじ伏せられるチカラだ。
しかし掴まれた手はもう震えておらず、掴まれた手はカンタロウの胸板まで誘導されたかと思うと発せられた声には、何処にも弱さが見当たらなくて。
「本官はあの日、己の弱さを知りました!今の本官が貴方を止めるには、あの日のお約束を守るしか思いつかないのであります!強くなるまでなんて言ってられません、でも貴方の辻斬りは止めたいのであります!だから、だから血を…っいた
ぁー…」
肝心な所で痛みに負けて、くずおれそうなカンタロウをナギリは導かれた手を使ってカンタロウの胸倉を掴んで引き寄せてやる。
するとまともな抵抗もなく胸に飛び込んできたカンタロウに思わず鼻で笑うと告げてやる。
「おい、警官。そこまで言うなら血を貰ってやろう。三日後、また此処へ来い。他の連中や吸対なんぞ呼ぶなよ?守ったところで俺が事件を起こさない保証はしないがな」
三日後なんて日にちは無謀だ、とナギリも分かっている。
今からどれだけ回復や対策をしてこようと血を奪われる事が確定しているカンタロウが出来ることは少ない。
「分かりました。三日後に…あ、そうだ!お約束が守れるようにとりあえず今日の分とオマケ何か付けるであります!」
「は?オマケ?」
ナギリは一瞬、何を言われたか分からなかった。
しかしナギリのお陰で身体のバランス感覚が戻ってきたカンタロウは、ヨイショと言いながら身体を離すと。
さも当たり前のように聞いてくるナギリにカンタロウは微笑みかける。
「乗り気でないのならオマケなどあれば少しは守りたくなると思いまして、何か思いつきますか?本官の出来る事であればオマケします」
「お前は駄菓子屋か何か!」
「ですが先程も本官は助けてもらいましたから!不本意ですが、それはそれ。お礼も兼ねて何かオマケを付けるであります」
なので遠慮しなくても良いですよ!と何故かやる気のあるカンタロウに今度こそナギリは頭が痛くなった。
しかし疲れた頭で思いついた事にナギリは、流石に自分が信じられず思わずしゃがみ込む。
「いや、これは流石にっ!」
「えっ、何故、急に屈伸を?」
「違うわ馬鹿野郎!こっちはな!どうせ動けなくなるからお前を抱き枕にでもしよう、と…おも、思ったけど要らん!忘れろ!聞くな!」
「でもオマケ…」
「ガキか!あぁ!もうとりあえず貴様の血を貰うから付いてこい!」
半ばヤケクソになってきたナギリは自分の迂闊さに何もかも切り倒したくて仕方なかったが幸いにもカンタロウは。
思いついた時に、また教えて下さいね!オマケもお約束であります!としか言ってこなかったのでナギリも今回はスルーを決めて、少し刃に意識を向けてカンタロウの手首を握ると最小限の刃を意識して吸血してやる事にした。
ただ結局、ナギリは満腹感から、カンタロウは疲労からお互いに倒れ込むように結果として添い寝する羽目になるのだが、それはまた別の話である。
End
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