桜の花びらが舞うステージが過ぎて、Double Faceとしての怒涛のお勤めが終わって、こうして春が過ぎてもうすぐ、
……っちうか今がもう初夏やわ。毎日妙な気候でたまらんなぁ? 朝はよから寮を出て、ESビルの空中庭園の木の上で少しの風を感じて、わしは思考を巡らせる。
斑はんとは一時の共同戦線やって言い張ってきたからか、それがほんまになってもうて。それが、別れが心の底から嫌やったわけやない。お互いに必要なことやった。それはわかっとるんよ。けど、
「
……寂しいもんやな」
心に空いた穴が日に日に大きくなっとるのも事実やった。
斑はん、どないしとるやろか。最近そのことばっかり考えよる。寮で顔を合わせても、ESで顔を合わせても、それでもいつでも考える斑はんのこと。
あいつのことやから、日々飄々と自分勝手しとるんやろうけど。わしはその姿を間近で見とる自負があった。今ならそう思える。
――この感情が執着とか嫉妬とか、恋
……とか。そういうもんに分類されるんやって気づいてからまだそんなに日も経たへん。それなのに頭の中も胸の中も斑はんのことばっかりで、そんな感情に振り回されてばっかりやわ。
苦しい。
元気が出る。
苦しい、好き。
溢れかえる想いが腹の中で燻ってて、抱えきれなくなりそうで怖い。わしの身体の中がこんなセンチメンタルなことになっとるなんて、誰が予想したやろか
……。
ふと、思い出す声や顔や香りとか。間近で知っとる臆病なとことか露悪性がクソほど高くて自尊心も腕っぷしも強いとことか、そうやってしたたかなのに優しいとことか。斑はんのことならなんでも知っとる。知っとるんや
……け、ど、
「誕生日知らん!?」
思い至って固まった。
そうや! こういう行事にまだ慣れてへんからって、いい加減初心者マークつけてられへんねん!
「確か
……初夏
……五月やった!?」
思わず大きな声を上げて、慌てる指でスマホなぞって公式サイト見て。
「今日!?」
よりによって今日かい! なんで今日!? はやくに生まれすぎや!
……って、好いた相手の生まれた日を忘れとったわしもわしやけど
……。
「
…………贈り物とか、変やろか
……?」
次に出てきた言葉はこれやった。
人になにかを贈りたいっちいうのは、賄賂、呪縛や束縛、契約、自己満足、みたいな、そういう深いとこ行きすぎたマイナスのイメージしか持ったこともあらへんかったわしがや。Crazy:Bの連中にお礼のクッキー渡したり、
……好いたお人になにか、喜ばせるようななにかを、少しでも気持ちを伝えられるようななにかを贈りたいなんて。こんなに強く思う日が来るなんて思ってもみぃひんかった。
……あかん。こら相当やられとるわ
……。
なにか渡したいようなものが浮かんでは消え浮かんでは消え、結局斑はんはなにが好きなん?
祭り、バイク、楽しいこと、美味い料理
……っちうと語弊あるか? 屋台とかで売ってそうな
……やっぱり祭りか? 祭り? 祭りなんか? あとは妙な壺とか花瓶とか集めとった気はするけど。
「う〜〜〜〜」
考えれば考えるほど頭こんがらがってわからなくなって、
……なんや、わし、案外斑はんのこと知らんのと違う?
……違わないわ。知った気でおったけど、なんも知らん。好きや、っちいうとる相手のことを知らん。お天道はんの見とる道の上を歩きだした斑はんのことは、なんも知らん。
無性に胸がざわついて、食道のあたり掴まれたみたいな
……嫌な気分やわ。悲しいとかやるせないとか、悔しいとか、不甲斐ないとか、結局全部綯い交ぜになってわしの中にある。
――ほんまになにも知らんのや。斑はんのこと。
「
……」
そう思ったら指の先が冷えた。あかんな、初夏でも朝はまだ冷える。あかん。
「こはくさん?」
あかんな。
「こはくさあん?」
あかんよ、あかん、考えすぎて勝手に目の奥が熱い。ほんまにあかん。あかんあかんあかん!
「おおおおおい! こはくさああああん!?」
「あかん言うたやろ喧しいねん黙っとれ! 今考え事
……」
「困っているならママが力になるぞお!?」
「わぎゃ!?」
「おっとお! 危ない危ない! 猿も木から落ちるんだなあ!?」
完っ全に油断した! なんでこいつかここにおんねん! そんでなんで落ちるんやわし! なんでそいつに受け止めらとんのや!
「こはくさん、おめめが赤いなあ? そろそろ紫外線にやられる季節になる。目薬を差した方がいいぞお?」
「
……ッ、うるさい!」
飄々と、ほんで突然現れたこの憎たらしい男に横抱きにされたまま、ほんまに腹が立つほど綺麗な顔で無邪気な顔で可愛ええ顔で
……。
「
――って! ちゃうわ!」
「んん? 違うってことはもしかして泣いてたのかあ?」
「とっとと降ろさんかい!」
「さっきから怒ってばかりだなあ君
……」
そう言った斑はんが、案外早くわしを地面に降ろして笑った。
多分わしは、苦虫噛み潰したような顔しかできてへんけど、
……やっぱり適わんわ。好きや。斑はんや、斑はんが近くにおる。
「お誕生日おめでとう、斑はん」
するりと出てきた言葉がそれやってん。案の定目を白黒させた斑はんがこっちを見たまま固まって、
「
……君に祝ってもらえるなんて思ってなかった。
……嬉しいものだなあ」
そんなこと、いつもの大声やない声で言うからや。ぬしはんが悪い。
「好いたお人の生まれた日を祝わんでどないすんねん」
言葉が勝手にするする出よる。
「優しいなあこはくさん」
「あんな」
初夏の風が吹き抜けて、新緑が揺れる。ああ、斑はんの目の色と新緑、おんなじ色や。
……綺麗やわぁ。
「
……あんな」
「うん?」
「優しいんとちゃうよ。誰にでも言っとる言葉やないし、他の人と同じ気持ちではこんなこと言えん。
……好きや。斑はんが好き」
ほんまに言葉が自然に溢れて、また固まった斑はんの前で段々声が大きくなる。
「好きや! わしの〝好き〟はそういう〝好き〟で、〝好いたお人〟は〝斑はん〟だけや! そこんとこわかっとき!」
完全に勢いだけで叫んでもうた。ここまできて初めて身体がかっと熱くなったことに気づいた。背中に汗が吹き出す。
目の前の斑はんは相変らず固まって、その綺麗な新緑の目が少しだけ細くなって、
「
……最高の誕生日プレゼントをもらってしまったみたいだなあ
……」
憎たらしくて大好きな、その声が、少しだけ困ったように告げた。
「
……もう少しわかりやすく言わんかい」
こうして顔合わすと皮肉しか言えへんけど。それはわしと斑はんが築いたわしらの、唯一無二の関係なんやって自惚れてもええんやろか。
――風が、吹く。
新緑の中で季節外れのひまわりみたいに笑ったそいつの唇が、〝好きだ〟っち三文字の形に形作られる。ったく! 読唇術ぐらいできるけどな、もっとわかりやすく言え! ド阿呆!
思わず腕が憎たらしくて愛らしいそれをきつく抱き寄せた。
「
……斑はん。誕生日、おめでとう」
「
…………ああ」
「来年も、再来年も十年後も、言わせてや」
返事は少しだけ、ほんの少しだけ躊躇いがちに背中に回された斑はんの腕。わしももういっぺん腕の力を強くして、笑ったら頭の上で笑う声がする。
「〝一時の共同戦線〟じゃなかったのかあ?」
「ぬしはんのそういうところ、ほんまに嫌いやわ」
そう吐き捨てて一層強く抱きしめた背中は、初夏の陽気で汗ばんで、きっと一生忘れへん。
今日は大切で大嫌いで、だいすきな相棒が生まれた日。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【誕生日】
60min
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