mishiadd
2024-05-12 21:53:09
2822文字
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何も知らない・おまけ

何も知らない(https://privatter.me/page/663a07ba34aea )のおまけです。散々やりたい放題した挙句立つ鳥跡を濁しまくっていった宗矩殿(裏)去りし後のカルデア【年齢制限なし】

知恵の実――というものがある。
楽園において最初の人類であったアダムとイヴは、ありとあらゆる知識を得られるという知恵の樹の実を食べた。そこで彼らは自分たちが裸の姿でいることに初めて気付き、これを恥ずかしいと思い、イチジクの葉で体を隠した――とある。
つまり、「羞恥」を知ったわけである。

物事を恥ずかしい、と感じるにも相応の「知識」が要る。――という、なんとも含蓄に富んだ話である。







嵐のようにやってきて嵐のように去っていった柳生宗矩の件があってから数日後、カルデアで開催されているイベントは佳境を迎え、現場にはセイバークラスのサーヴァントである宮本伊織も呼び出された。その頃になると散々周回させられ続けていたヤマトタケルなどは過労死寸前で、もはやいつ座に退去したとて誰も笑ったりなどしないであろう過酷な労働環境であったが、マスターに呼び立てられてのこのこやってきた伊織の顔を見るなり元気を取り戻し、あっという間に駆け寄って彼の周囲でぴょんぴょん跳ね回っていた。

そもそもカルデアに来てからというもの、生前の記憶もなければサーヴァントとしての自覚も知識も疎い伊織に先輩風を吹かせ続けているヤマトタケルである。
「ふふん、昔のきみは私が何か知らぬと言うたびに呆れた顔をしていろいろ説明していたのだぞ。私は呆れた顔などしないぞ。なんにも知らぬイオリのためになーんでも懇切丁寧に説明してやる」といって、給湯器やら自販機やらの生活に便利なもの、果ては厨房に忍び込んで最重要機器である炊飯器まで伊織に紹介などしていた。
従って、先に散々周回させられて此度のイベントのなんたるかを身に着けていたヤマトタケルは、当然この場でも先輩風を吹かすべく、伊織を連れて方々を見回っていた。

元々の目的である伊織を加えた編成での高難易度周回を開始して三日目のことだった。
こういった場では、お互いのスキルや宝具の相性のためだんだんメンツが固定化されてくる。生前は縁もゆかりもない故にこの場でも敢えて込み入った話はしないが、あまりにも顔を合わせるのでお互いの顔と真名とクラスは把握している、程度の距離感で、仕事上がりに集団で帰路についていたさなかであった。
つかず離れずのまさしく「同僚」という関係性の集団のうち、伊織にとって唯一の親しい相手はヤマトタケルである。そのヤマトタケルも周囲との社交辞令的会話を成立させる努力もろくにしようとせず、暇さえあれば伊織ばかりに話しかけており、よく懐いた小型犬のようにきゃんきゃんと終始まとわりついている。
もっとも、まわりもヤマトタケルのその態度を特に悪しざまに受け取っている様子はない。というのも、この場に宮本伊織さえいなければ、この大英雄がもう少し周囲に気を配れる性質であることを知っているからである。この場に宮本伊織さえいなければ。

「イオリ、今日はよく頑張ったな! あの硬い難敵を一撃で仕留めたではないか」
「ああ。……二度程仕留め損ねたがな」
「五度失敗していた昨日よりはずっとよい!
あれはイオリでなくともなかなか難しい手合いだったし――きみもそろそろサーヴァントたるもの、という心構えがわかってきたのではないか?」
「だといいがな」
「ふっふっふ。よいよい、照れずともよい。――よーくやっているよ、きみは」

そのやりとりを、周囲のサーヴァントたちも目を細めてほっこりとなごみながら見守っていた。いかにも心温まるやりとりである。
伊織の周囲をうろちょろしていたヤマトタケルが、ふいに背伸びをして手を伸ばす。「よしよし、いいこいいこ!」と半分おどけたような、半分心から労わるような口調で、伊織の頭に触れる。いいこいいこ、とおくれ毛のはねている後頭部の少し上あたりを優しく撫でた。



――がくん、とまるで糸が切れたかのように、伊織がその場に座り込んだ。



集団で問題なく歩いていたところ、急に伊織が倒れ込むようにしてその場に座り込んだので、「ええ!?」と周囲も驚いた声を上げる。最も狼狽えたのは当然ヤマトタケルであった。
腰が抜けてしまったのか、その場にへたり込んで一向に立ち上がれる様子のない伊織に「イオリ!? どうした!? どこか具合が悪いのか、イオリ!」と悲痛な声音で必死に声をかけ続けている。
俯いてしまっている伊織の顔色は、長い癖毛の前髪に隠されてヤマトタケルからは見えない。剣だこだらけの筋張った手で懸命に地面を押して立ち上がろうとしているようだが、どうにもうまくいかないようだった。
焦りで涙目になりかけているヤマトタケルが、伊織の背中をさすりながら心配そうに伊織の顔を覗き込んだ。

……イオリ……?」

気遣わしげなヤマトタケルの顔を見つめ返すように、伊織が顔を上げた。

――それはかつて、生前でも決して見たことがない程に、顔を真っ赤にして呆けたように恥じ入る伊織の顔だった。

目が遭った瞬間に、ヤマトタケルは呆気にとられる。彼の記憶のどこにもない、およそ彼の宮本伊織らしくない表情に、彼もまた呆けてしまう。
普段蒼白く血色の悪い肌は頬から首筋からうなじから火照るように赤く、機嫌がいいのか悪いのかなんなのか、なんとも読めない――読ませない筈の表情は明らかに「驚いていて」、そして「恥じている」。こんなにわかりやすい彼の豊かな表情を見たのは彼が子豚に変じられて以来ではなかろうか。

なんだろう、とヤマトタケルが考える。――そして、すぐに思い至る。



見た目と言動で誤解されがちだが、ヤマトタケルは子供などではない
大切に慈しみ見つめ続けてきた大好きなその顔が、一体どういう類の羞恥を覚えてその場に力なく座り込んでいるのか、わからないような英霊ではなかった。







その後、第三再臨の姿を顕して元に戻らなくなってしまったヤマトタケルが有害なレベルの神気と怒気をまき散らしながらカルデア中を歩き回り、「どこかにまだ柳生宗矩が隠れ潜んでいないか」と手当たり次第に訊いて回っているのが多く目撃された。
事態を収めるため一旦柳生但馬守宗矩が駆り出されて荒ぶるヤマトタケルの前に供されたが、「違う」と短く否定されて(但馬守としては)事なきを得た。
宥めようとして伊織本人を差し向けようにも、今伊織の姿を見るとヤマトタケルの荒魂が悪化するだけだったのであえなく引っ込めさせられ、もはやできることといえばいつかヤマトタケルが自ら落ち着いてくれることを祈祷することくらいだった。古来よりの自然災害に対する心構えと同じである。

「あやつに二度と敷居を跨がせるものか――出禁だ、出禁!」

そう時折喚き散らしながら、どすどすとカルデア中を歩き回る姿はまさしく「日本の神様」らしい空恐ろしさであったとは、別の神話系統出身のサーヴァントの言であった。