溶けかけ。
2024-05-12 21:41:27
2259文字
Public ほぼ日刊
 

なお、次の日には戻った

ヌヴィレットがフリーナに、フリーナがヌヴィレットになってしまった話。

「おい、ヌヴィレット!本当にフリーナに任せて良かったのかよ!?」

 パイモンがフリーナ――もとい、ヌヴィレットに話しかけた。

「君達の心配も理解出来る……だが、その心配は無用だ」

 ヌヴィレットの目にはなんの憂いもない。むしろ、その瞳は彼女への信頼で満ち溢れている。

「フリーナのことを過大評価しすぎじゃないか……?あいつ、リネの裁判のときだって目茶苦茶なことしか言ってなかっただろ?」

 パイモンの言葉に旅人も頷く。ヌヴィレットはそんな二人の様子に合点がいったようだった。

「確かに、リネ君の裁判の時のフリーナ殿を見ればそう思うのも無理はない――興味があるのなら、裁判を傍聴してきてはどうだろうか?」



「静粛に」

 騒がしい空間に杖を突く音が響き、歌劇場は俄に静まり返った。決して大きなものではないはずなのにヌヴィレットの――フリーナの声は人々に伝播する。

……最高審判官の名において判決を下す。被告人は――



「フリーナ、本物のヌヴィレットみたいだったな!」

 裁判の傍聴後、興奮気味に旅人に言うパイモンに旅人も頷く。

「うん――ヌヴィレットがそこにいるみたいだった」

「それはそうだろう?今の僕はヌヴィレットなんだ。彼の天秤を僕のせいで狂わせるわけにはいかないよ」

 人の気配がないはずの歌劇場の客席で聞こえた声に二人は小さく跳び上がった。

「うわあ!……急に出てくるなよ!びっくりしたじゃないか!」

「裁判終了後も帰らずに長話をしている観客がいるって、相談を受けたんだ。とはいえ、僕に出来るのはこの姿で威嚇するくらいだけどね」

「メリュジーヌたちは知ってるの?」

「ううん。でも、一目見ただけで見破られてしまったよ。流石は彼女たちだね」




「そういえば、フリーナはヌヴィレットが心配じゃないのか?」

「うん?なんで彼のことを心配する必要があるんだい?」

「いや、だって……なあ?」

 言い淀むパイモンに旅人が助け舟を出す。

「ヌヴィレットには悪いけど、彼にフリーナの代わりが務まるとは思えない」

 フリーナは旅人の言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、腹を抱えて笑い出した。

……ハハハッ……フフフッ……

「な、何がそんなにおかしいんだよ!?こっちは心配して言ってるのに!」

 パイモンの言葉に旅人も不満気に頷いた。フリーナは一頻り笑ったあと、目元の涙を指で拭った。

「いやあ、すまない。まさか、キミたちがそんなことを心配してるなんて、と思ったらおかしくて」

「フリーナは全く心配してないの?」

 旅人の疑問にフリーナは力強く頷いた。その目は真剣そのものだ。

「ああ、全くね。……まあ、キミたちが知らないのも無理はない。――彼は僕が認める数少ない演出家だよ。彼自身にはその自覚はないだろうけどね」





……そこの君」

 フリーナの姿のヌヴィレットの言葉に、璃月人役の男性は緊張した面持ちで向き直る。

「な、何でしょうか!?」

「そんなに緊張しないでくれ。君はモンドの出身か?」

「は、はい!……その、何か不都合でも……?」

「ああ、少し気になるところがあってな。最後のセリフのイントネーションがモンドの発音になっている――君の役は璃月人だ。モンドのイントネーションで話しては客が興醒めしてしまう……気をつけてもらうことはできるだろうか?」

「! あ、アドバイスありがとうございます!えっと……

「ここの発音は――

 その様子を眺めていたパイモンと旅人。

「なあ、旅人。今の違いわかったか?」

「全く」

「だよなぁ……



「君たちか」

 男性と話し終わったフリーナの姿のヌヴィレットは二人を見つけると歩み寄る。

「すごいな!ヌヴィレット!オイラたち全然分からなかったぞ!」

 パイモンの言葉に旅人も肯定を示し、二人がヌヴィレットを称賛した。――彼は首を横に振る。

「フリーナ殿ならもっと的確なアドバイスが出来ただろう……私は彼女の足元にも及ばない」

「そんなことないと思うぞ!」

 二人はヌヴィレットにフリーナの言葉を伝えた。

「ふむ。ならば私も彼女の顔に泥を塗るわけにはいかないな」




 深夜のパレ・メルモニアのヌヴィレットの執務室でヌヴィレットはお茶を、フリーナは水を飲みながら話していた。

――という判決で裁判は終わり。詳細はこの報告書で確認してくれ」

 ヌヴィレットが本日の裁判の結果をフリーナに手渡した。

「ふむ。こちらの報告書とも一致している……私が君の立場でも同じ判決をしただろう」

「それはよかった……もうキミを演じるなんてこりごりだよ」

 向かい合ったヌヴィレットの姿のフリーナがへにゃりと顔を緩めた。鏡に映る自身ですら見たことがない表情だ――とフリーナの姿のヌヴィレットは目を細める。
 
「私は璃月人役の男性のイントネーションを――

「うん。僕もその俳優のイントネーションは気になっていたんだ……流石だね」


 遠くで鐘の音が聞こえ、強い眠気に襲われる。向かいを見れば僕の姿をしたヌヴィレットも同じようにうつらつうつらと船を漕いでいた。

「僕もう眠いや……

「私もだ……


 二人は笑い合って目線を合わせた。徐々に目蓋が重くなっていく。


「おやすみ、ヌヴィレット……

「ああ……おやすみ、フリーナ」