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梶間
2024-05-12 18:04:23
5213文字
Public
魔物×ライオス
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ブラックフィッシュ
リヴァイアサン(シャチ)にボコボコにされるライオス。
「地下四階ってこんな感じなんだ」
魔力を含んだ水がほのかに発光する幻想的な景色。ライオスのパーティに参加してからこの階層に初めて訪れたマルシルは、興味深そうに辺りを見回す。
マルシルの隣にファリンが立ち、水面下を指差す。
「マルシル、水面の下見てみて」
「わ、街だ」
遥か水底にはかつての城下町らしき建物の姿。水に沈んだ遥か昔の街並みは迷宮の底知れなさを思わせるものの、どこか浪漫溢れる光景にも感じられた。
「観光気分でいるんじゃねーぞ、なにがいるか分かんねーんだから」
マルシルとファリンの少し浮き足だった声を聞いて、チルチャックが渋い声で忠告する。
迷宮内で若い女の浮かれた姿、というのがどうにも危機感を募らせるのか、慎重な性格のチルチャックの警戒心を嫌でも刺激していた。
厳しい顔をしたチルチャックをライオスがまあまあ、と宥めるが、チルチャックとしては以前所属していた女の魔術師を贔屓していた当の本人が呑気な顔をするな、と余計に苛立ちを募らせるばかりである。
「マルシルがこの先に行くのは初めてだから気をつけて行かないとな。ここからあそこの回廊まで歩くから、水上歩行を頼む。ここは人魚が出るから皆耳栓をつけてくれ。水面下から魚人がくることもあるから、水面に気をつけてほしい。ナマリ、シュロー」
「あいよ」
「分かった」
「先頭は俺とナマリ、チルチャックとマルシル、ファリンとシュローの二人一組で並んでくれ。周囲への警戒と隣りの様子がおかしくなってないか気をつけながら進んで欲しい」
「魔物がいなければ綺麗な景色だね」
「水棲馬や魚人がいるからゆっくり見られないのが残念だな」
雑談を交えながらも、水上歩行の魔法をかけていくマルシル。全員が耳栓を着け終わったかを身振りで確認し、一行は水面へと足を踏み出した。
マルシル以外のメンバーは以前に地下四階へと到達しており、周囲への警戒も手慣れたものだった。水面から現れる刃魚や魚人をライオスとナマリで手早く倒しながら、シーサーペントをもシュローの一刀のもとに切り伏せていく。
誰も声には出さないが、順調に進んでいるな、と全員が内心確かな手応えを感じていた。
目的地まであと半分ほどになった時。水面に微かな違和感を覚えてライオスが立ち止まる。水面が微かに波打ち、揺れていた。
一行に立ち止まるように、チルチャックには耳栓を外すように身振りで指示を出す。頷いて耳栓を外したチルチャックは人魚の声が聴こえないか耳を澄ました。何も聴こえないことを確認すると全員に耳栓を外しても安全だと身振りで示す。
そうして耳栓を外したライオスたちは、背中を預けるように身を寄せ合った。
「どうした?」
「水面が動いてる。何か来るかもしれない。警戒しながら走り抜けよう」
「私たちの歩いた水紋じゃなくて?」
「それとは違う。ナマリは前方への警戒、シュローは引き続き水面下への警戒を頼む。影が見えたら教えてくれ。皆、走るぞ」
全員の返事があったことを確認して、一行が走り出そうとしたその時。
微かに波打っていた水面が、ぐお、と揺れた。
「「「わーーー!!??」」」
全員が足を取られて姿勢が崩れた瞬間に、水面はさらに激しくうねり出す。波打つ水面に運ばれるようにして、ライオスたちは水の上を転がっていく。
「なんだ!?」
「危ねえから武器しまえ!」
「んなこと言っても!」
「き、気持ち悪い」
「皆、無事か!?」
「ちょっと無理ー!」
そうしてライオスたちが騒ぎながら水面を転がされていくと、いつしか窪んだ水面の底に全員が集まっていた。いつのまにか地下四階の水面に大きな渦が出来ていた。水が壁のように聳え立つ渦の中心部で全員が洗濯物のように揉みくちゃにされていく。
「きゃ」
「変なとこ触んな!」
「ライオス!!」
「俺じゃない!」
「いってえ!」
武器を構えることも、呪文を唱えることもままならずライオスたちが目を回しかけたところに、渦の下から迫る黒い影。
全員が視界をぐるぐると回されているので誰も気づくことなく、その影は悠然と一行に迫っていった。
渦の下で獲物を見定めるように止まった後、狙いを定めてわあわあと大騒ぎする人間たちへと突進していく。
突進した影がその鼻先で突き上げたのはライオスだった。
「「「わーーーーー!!??」」」
突如水面下から現れた影に驚くパーティ一行。しかし影の行方を追うこともままならず渦の中を転がり続ける。
影に背中から突き飛ばされ、宙に浮かんだ状態で事態が把握出来ず目を丸くするライオス。重力に引かれて背中から水面に叩きつけられ、痛みにうめきながらも立ち上がろうとするが、またしても水面下から素早く迫る影に宙へと突き飛ばされた。
今度は正面から突き飛ばされたので影の姿を見ることが出来たライオスは、その姿を見て思わず魔物の名前を叫んだ。
「リヴァイアサン!?」
リヴァイアサン。竜の一種でクジラほどの大きさだと言われている魔物。ライオスの知る書籍上のリヴァイアサンは帆船をも飲み込むほどの大きさとされていたが、今目にしているのは小型のクジラほどの大きさだ。トールマンの成人男性三人分ほどの体長だろうか。黒い体躯に白い腹、鋭い歯が並ぶ獰猛な口、厳つい大盾のごとき背びれに目元にアイラインのような白い模様。
辿り着いたばかりの階層で強敵に出会うとは不運以外の何者でもないが、憧れの竜種に出会えたことでライオスは目を一瞬だけ輝かせた。
竜は好きだ、炎竜や緑竜が王道だが他の竜も大好きだしリヴァイアサンだって大好きだ。故郷や旅の途中でみたクジラに似ているけれど、そのどれとも一風違う迫力のある姿。出来れば万全なときにじっくり見ながら戦いたかった、と宙に浮かんだ一瞬でライオスはリヴァイアサンとの出会いを噛み締めていた。次の瞬間にはまた水面に強かに叩きつけられたのでその感慨もひとまずは頭の隅においやった。
「いたた」
水上歩行と防御魔法のおかげでまだ重大なダメージは負わずに済んでいるが、痛いものは痛いしリヴァイアサンの鼻先でボールのように跳ね上げられ続けては反撃もままならない。次にリヴァイアサンが水面に出た瞬間に一撃加えるべく身を起こそうとした瞬間、鋭い歯が並んだ口が現れ水ごとライオスの足を噛み水中へと引きずりこもうとする。
(しまった!)
リヴァイアサンの鼻先は既にライオスの足先ごと水面下へ。水上歩行が効いた状態で水面を掴み抗うが、徐々に身体が水の中へとのめり込んでいく。
水上歩行は術をかけた対象者と液体状のものを反発させる。この術がかかった状態だと水中にいるものを水面へ上げようと強い浮力がかかるが、リヴァイアサンはそれをものともせずライオスを水中へと引きずりこんだ。
水上歩行が効いているためぶよぶよとした水の膜に包まれるようにして水中へと飲み込まれていった。
水を弾いているため呼吸はまだ出来るが、水の抵抗は変わらないためうまく力が入らない。水中は彼らの独擅場だ、泳ぐ魚の速度で水の中を引きずり回されては武器にすら手が届かない。
幼子が虫を振り回すような感覚に似ているな、とライオスは一瞬だけ遠い昔の自分の姿を思い返した。
(なにか、リヴァイアサンへの対抗手段は、)
水の中を引きずりまわされ有効な手が打てないでいると、突如ガン!と頭を殴られた衝撃でライオスの身体から力がぬける。頭皮が少し切れたようで水の中に赤い靄が広がっていく。
(あ、れ?)
このリヴァイアサンは戦闘の意思はなく、ただ動いている人間で遊びたがっている無邪気で幼い個体だった。
リヴァイアサンにとっては渦を作りだすことは泳ぐことと同じくらい簡単で、そこで人間がごろごろと転げ回るのが愉快だったし、人間というものをぽん、ぽん、と跳ね飛ばすのもとても楽しい遊びだった。ただ少しだけ敵意も感じ取れたので、水没している石壁にちょっとだけ擦り付けて大人しくなってもらった。
リヴァイアサンはただただ遊びたいだけだったのだ。普通に顔を出せば人間は自分を襲ってくる。人間と一緒に水中で泳ぎたいだけなのに、一緒に泳ごうと口で噛むと怒り出す。いざ水中に誘っても暴れて泳いでくれない。
今日の人間たちは当たりだった。渦の中で楽しそうに叫んでいるし、遊び相手になってくれた人間は少し怒らせてしまったようだが、すぐに大人しくなってくれた。
リヴァイアサンは、頭部を打ちつけた衝撃で意識が朦朧としているライオスを遊び相手ーーその扱いは最早道具だったがーーとして気に入った。脚を噛んだまま水中で振り回す度に赤いもやもやが広がり、人間もぐにゃぐにゃになって面白い。口を離すと勝手に水面まで浮かんでそのままころりと転がる。今度は尾びれでどこまで高く上げられるだろうか。尾びれでちょっと弾き飛ばすと、壁にあたって音を立てるのがとても楽しい。
一方のライオスは遊びとはほど遠い悲惨な目に遭っていた。石壁に擦り付けられて頭部を強く打ったと思えば振り回されて脚を骨折、脱臼し力が入らなくなる。頭を打ちつけた衝撃で脚の痛みをそこまで感じなかったのはせめてもの不幸中の幸いだろうか。
リヴァイアサンが口を離すとライオスは四肢を投げ出した状態で水中を浮かび上がっていき、やがて水に弾き出されて水面の上で力無く横たわる。リヴァイアサンの尾びれが水面から現れ、ぐったりと横たわったライオスを黒い尾びれで跳ね上げて建物の石壁へと叩きつけた。
叩きつけられた衝撃で、かは、と微かに息が漏れる。
渦の方から仲間たちの叫び声が聞こえて、まだみんな無事でよかった、と思いながらまた水面に落下する。
リヴァイアサンは今度はライオスの腕を噛み、遊ぼう遊ぼうと無邪気に振り回す。牙が容易く皮膚を裂き、血が吹き出す。ステーキにナイフを差し込むがごとくやすやすと肉を裂き。そこから覗いた白い骨がべきばきぼき、と軋んで小枝のように折れていった。ぐにゃぐにゃになったのを存分に振り回して、残りの腕と脚も同様に遊び倒すリヴァイアサン。
ライオスは四肢すべての複雑骨折と脱臼、軽度の脳震盪に出血多量で既に息も絶え絶えだ。ひゅー、ひゅー、と呼吸音だけが口から漏れている。
立つことも出来ずにただ転がされる人形となったライオスをリヴァイアサンが鼻先でつつく。まだ遊びたい。遊ぼうよ。
立つことも出来ずにただ転がされる人形と成り果てたライオスは、リヴァイアサンの鼻先でつつかれる度にごろん、ごろん、と力無く転がる。あらぬ方向にぐにゃりと曲がる手足がおまけのようにくっついて揺れる様が痛々しい。
殆ど反応を示さなくなったライオスに、リヴァイアサンは途端に興味を失った。赤いもやもやで薄汚れてなんだか汚らしくなってしまったし、動かない遊び相手は詰まらない。
無邪気な幼子は、人間でひとしきり遊び倒すと迷宮の奥へと消えていった。
リヴァイアサンが泳ぎさると同時に水面の大渦も収まり、水面はいつもの静寂を取り戻す。
すっかり目を回して立ち上がれない仲間たちの中でいち早く立ち上がったのはファリンだった。
「兄さん!!」
ふらつく足でライオスの元に駆け寄ると、目を見開いて治癒術を施し始める。ライオスの手足は全てちぎれていてもおかしくないほどにぼろぼろで、僅かながらの皮と肉によりギリギリの状態でなんとかくっついている有り様だった。
頭部の裂傷も激しく掌ほどの頭皮がこそげている。
真剣な表情で治療をしているファリンの元に徐々に立ち直った者から駆け寄ってくる。
「ライオス、生きてる?」
「死んでたかもしれない
……
」
「口が聞けりゃまだ上等だな」
「よく生きてたな」
「死んでないだけよくやったもんだ」
「私たちもよく無事だったね」
「恐らくあの魔物は本気で殺す気じゃなかったんだ
……
」
「あれでか?」
「俺たちを殺す気ならいつでも殺せる機会はあったのに、ずっとボールを転がすような感覚でいたんだと思う
……
」
現状を確認しているうちに、ファリンの治癒術である程度ライオスの傷が回復する。
「くっつけて歩けるくらいにはなったと思うけど、喪った血が多すぎるかも。兄さん、今日はもうやめた方がいいんじゃないかな」
「そうだな
……
今日はもう歩くのが精一杯かもしれない
……
皆、すまない。今日の探索はここで引き上げさせてくれ」
「承知」
「分かった」
「異議なし」
「帰還の準備するね」
反対する者は誰もおらず、粛々と帰還し始めるライオス一行。
無事に地上へと戻った後、今日の反省会を開き、次回地下四階を探索する際の対策を色々講じたのだが、次に地下四階へと辿り着いたときにリヴァイアサンと出会うことは二度なく。それをライオスは内心少しだけ残念に思ったのだった。
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