ユニカの部屋を訪ねたディルクは、先客のレオノーレとユニカが、テーブル越しにそれぞれ得意げに、あるいは困り顔で向かい合っている場面に遭遇した。
見れば二人の間にチェス盤が広げられており、駒の位置を一瞥すると、
「ユニカをいじめて何を面白がっているんだ」
ディルクはそう判断した。
「別にいじめてないわよ。勝負よ勝負。今日という日の時間を賭けて」
「時間?」
ディルクはさりげなくユニカの背後に回り、彼女の側から改めて盤上を眺めた。これはまぁ、駒の動き程度のルールしか知らないユニカに無理矢理勝負を迫ったのがよく分かる旗色だった。
ユニカはひどく困った顔でディルクを振り返ってくる。無言で助けを求められているのが嬉しくてつい笑ってしまいそうになったがなんとか堪え、どう見てもユニカに迷惑をかけている妹を軽く睨んだ。
「あたしが遊びに来たのに、ユニカったら出掛けるっていうの。だから勝負してるわけ。ユニカが勝ったらユニカが行きたいところに行く、あたしが勝ったらあたしと遊ぶ。ぜんぜん難しくないわ」
「どこがだ。多面打ちで鍛えられたお前とユニカじゃ勝負にならないだろう」
「だから一面しか使ってないのよ?」
それで手加減しているつもりのレオノーレに話は通じそうにない。普通の人間はチェス盤を一面しか使わないし、明らかにやったこともなさそうなユニカにとって、一面で対局するのも五面を並べて対局するのも、難易度としてはそう変わらないというのに。
「あの、今日は午後からエルツェ家の屋敷に行くことになっているの。ヘルミーネ様とのお約束で
……」
それじゃあレオノーレに構っている場合ではあるまい。
「わかった。支度しておいで。ここは俺が引き受けるから」
「ちょっと、だめよ。一度乗った勝負から逃げるなんて」
「こちらが勝てばユニカを解放するんだろう。だったらユニカはもう自由だ」
「ふん、そう。いいわ。じゃあ、あたしが勝ったらあたしはユニカと遊ぶし、ディルクには明日一日あたしのことを〝お姉様〟と呼んで貰うから。でも、それだけユニカがボロ負けしてる状態からあたしに勝てるかしら」
なんだその条件は。生まれたのは、たった数十日の違いとはいえ間違いなくディルクの方が先である。意味が分からないし絶対に御免だ。
表情でそう訴えつつ、ディルクはユニカと席を替わる。
「弱った相手に勝つので嬉しいのか、お前は」
「ぜんぜん構わないわよ。大事なのはユニカと遊ぶこと、ディルクにお姉様と呼ばせること」
目的の達成を最優先にするウゼロ公国の軍人らしいことを言いながら、しっかりと兄の面子を賭け金に加えてレオノーレは胸を反らした。ディルクは呆れたが、賭け金を持って行かれるつもりはない。
こちらの陣営に残った駒を確認してから、まだディルクの傍でおろおろと佇んでいるユニカの手を取る。
「大丈夫。負けかけてはいるけど負けてはない。君が出掛ける時間までには終わらせておく」
「あら、そのためにはあたしを〝お姉様〟って呼ぶことになるわね」
戦いの女神の代わりにユニカの手に口づけると、ディルクの唇はそのまま形のよい弧を描いた。
「まさか。お前を負かして俺がユニカと出掛けるに決まってる」
「なっ、何よそれ! だめ、絶対だめだから!」
「勝てばいいだけだろう?」
敵の動揺を誘うことに成功したディルクは、レオノーレと同じくらいに戸惑っているユニカをとにかく送りだして、最初の駒に手をかけた。
読んだよ👏
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