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暁子
2016-08-10 22:58:58
1283文字
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垂媛伝
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たるくる268
垂媛伝の9章268ページ***あたりの時期です。
書くのをやめた病み垂ちゃん。
つややか度:軽微
垂は薄闇の中に浮かび上がって見える人肌にじっと目を凝らした。
日に焼けていて、寸分のぶれもなく大刀を構えることのできるたくましい腕だ。
その二の腕あたりに首を乗せて枕にしていたので、褥をはみ出して伸びているそれに触れるのは容易かった。
右手の甲の、中指の付け根あたりからすっとまっすぐに走る一筋の線。まだ皮膚が新しいから浮いて見える、傷痕だ。
垂は指先で、中指の付け根から丁寧にその傷を撫でる。少しだけ盛り上がった皮の感触、腕の持ち主の体温。
国久流の傷がふさがるくらいには時が過ぎた。けれどまだ、その皮膚のやわさが分かるくらいの時しか流れていない。
善いも悪いもなく、ただただ昔は遠ざかる。
善いとか、悪いとかではない。
もう一度目をつむって夜の闇を受け入れ、垂は虚しく息をついた。
善くも悪くもないのなら、一体なんなのだろう。昔が遠ざかるまま、わたしは今どんな顔をしているのだろう。
毎夕国久流がこの館へ帰ってくるので、夜は自然と外すことが常となった琥珀と赤瑪瑙の御統が、枕元の絹の敷物の上で微かに光った。 すると、肩の傷痕がつくんと疼く。まるで責めるように。
気のせいだとは分かっていても、つい身体を起こして御統を光らせた“何か”の気配を追おうとしてしまう。
しかしそれは叶わなかった。
垂が起き上がろうとした途端、腰のあたりにだらりと乗せられていた腕に突然力がこもったのだ。
垂に撫でられるままだった右腕も目を覚ました蛇のように持ち上がり、身じろぎひとつ許さないというような強い力で垂を捉える。
「起きていたの」
「傷を触られると嫌な感じがする。すぐ起きる」
先ほどまで重なっていた肌が背中にぴたりとくっついてくる。夏を迎えたこの頃、そうしているとどうしようもなく熱い。それだけでなく、まるで垂の肺を叩くように聞こえてくる鼓動も悲しいくらい熱かった。
これを望んだのに。
これを望んで舟に乗り、望んで戻ってきたのに。
国久流の身体だけでなく、自分の身体にも生きた熱が通っていることを思い知ると、時々どうしようもなく泣き喚きたい衝動に駆られた。
ただの柑子色の光になってしまった者のことを思うと、どうしてもここにはいられないという気持ちになった。
国久流の腕は背後から垂を捕らえたまま、何を言うでもなく、離れていかない。
垂は身体を締め付けるその腕にそっと手を添え、囚われていることに絶望しながら安堵もし、また安堵している自分に絶望しもした。
ぱたぱたと目尻から落ちる涙は国久流には見えまい。
けれど彼は慰めるようにいっそう身体をすり寄せてくる。
そして、垂が何も考えられなくなるように、分厚い身体で再び覆いかぶさってきた。
言葉はない。
けれど、うなじや肩、背中へと滑っていく唇が、今は考えるなと言っていた。
まだ夜は明けない。
神となった者の魂が、地霊や魚霊とともに輝きながら空を翔んでいる。
迎えに行けない。
まだ、
まだ、赦しを請う勇気もないのだから。
ならば、いつになったら、
わたしはお前に会うために、また翔ぼうと思えるのだろうか。
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