こびゅ
2024-05-11 23:31:29
8020文字
Public JB
 

手繰る彼の香2

ピクシブの小話詰め合わせ①に収録した、診断お題(※あなたは6時間以内に12RTされたら、どちらかが調香師の設定で同居して暮らし始めたこびゅのししさめの、漫画または小説を書きます。 https://shindanmaker.com/293935 )のししさめ、その続編☔視点です。

🦁視点はこちら→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21113307#7

 私が獅子神と出会ったのは、大学院の博士課程に進んだ二年目のことだ。
 普段ならば絶対に参加しない学部混合の懇親会へ、兄の代わりに参加させられた。
 兄はその懇親会で距離を詰めたい相手がおり、それを目当てに参加する予定だったのだ。だが直前になり個人的にその相手と約束を取り付けることが叶った為に、私が数合わせとして放り込まれた。迷惑な話だ。
 私は幼い頃から人よりも五感が鋭く、嗅覚は特に優秀だったが、だからこそ難儀することの方が圧倒的に多い。
 それを知りながら一生のお願いだと頼み込んで来た兄も、どうなるか理解しながら折れてしまった自分自身も、マヌケとしか言いようが無かった。
 案の定、体臭と酒と化粧、制汗剤や香水の類で匂いの洪水に呑まれた私は、なるべく会場となっていた居酒屋の個室の隅で大人しく時間が過ぎるのを待っていたが、周囲がそれを許す筈もない。
 兄の同期だという人間に絡まれて抗う気力も無くし、言われるがまま嗅ぎたくもない相手の匂いを嗅ぎ、香りを当てるのを繰り返していた。
 怒って帰っても良かったが、それで兄に不利益が及ぶのは避けてやりたかったし、酔った相手に力任せで来られては余計な怪我を負いかねない。
 人の体質を特技か何かのように吹聴した兄への呪詛を胸中で綴りながら、じりじりと時が過ぎるのを待った。表情には出さないまま、兄貴には後日絶対にジョイキチでステーキセットを奢らせてやるからな、という決意で何とか持ち堪える。
 宴も酣という頃合いで限界になって店の外に逃げ出し、廊下の壁に寄り掛かって休んでいると、ふわりと何かがささくれた神経を柔らかく撫でていくのを感じ――
……オイ、大丈夫か? 悪酔いでもしたのかよ」
 声を掛けられて見上げた先に居たのが、獅子神だった。
 その時の会話は覚えているが、何より鮮烈だったのはその香り。トワレと混ざったその体臭が、恐ろしく良い匂いだったのだ。
 何の仏心か、男は酒の席で会話を交わした訳でもない私に手を差し伸べ、地獄のような懇親会から共に抜け出そうと言ってくれた。
 余りにも良い匂いだったので足が縺れた振りをして男に凭れ、失礼を承知で深く嗅いだが、全く勘違いなどではなくただただ心地良いだけの――人生で、家族以外に初めて出会った快だけの存在。
 驚いた。一瞬で欲しい、と思った。
 感情ではなく純粋な欲求として、ただ傍に置きたいと願う程のもの。
 そもそも他者に対してそういう欲を抱いたことがなく、感情的にも肉体的にも自分はそういうものが〝ない〟あるいは極度に薄い人間なのだと思っていた。なのに。
 私が混乱している間にも、共にタクシーに乗り込み行き先を告げて家路を辿る。
 沈黙の落ちる車内で、連絡先を聞くか散々に迷った。
 人間の体臭など体のコンディションやその日の衣類、トワレや整髪料などの混合具合で日によって変わる。
 この男に対しての欲求が、本当にこの時間だけの偶然の産物である可能性は十分に高かった。
 何より、どう考えても自分と人生が交わるタイプには見えない男だったが故に、私は一度機会を逃すことに決める。
「助かった、感謝する。礼はいずれ」
 いずれ、などという日は来ないだろうと思いながら、男の匂いを惜しみつつ車を降りた。
 これが獅子神敬一との出会い、その一部始終だ。
 互いに名乗ることもなく、縁はこれっきりだろうと走り去るタクシーを見送った。

 /

 ……の、だが。
 存外にそうでもなかったのだと、その数年後知ることになる。
 薬学部の博士課程を終えて薬品会社への就職を決めた私だが、思わぬ形でこの体質を役立てることになった。
 フレグランス類の開発部へ配属された時は、多くの香りに囲まれて意識的に嗅がなければならない状態でやっていけるかと疑問に思ったものだったが、存外に楽しく仕事が出来ている。
 偶然を待つよりも自らの手で快い香りを作り出す方が余程建設的だ、と考えられたというのもあった。
 そうして数年を過ごしたある日、再会は唐突に訪れたのだ。
 同席した取引先との打ち合わせ。
 数年ぶりに見た男は、トワレが変わっても心地良い匂いのままだった。
 渡された名刺で名前を知り、話の流れで三歳年下であることを知る。仕事の話をしつつも、交わされる視線から獅子神が私を覚えているのは明白だ。
 打ち合わせは恙無く終わり、男が退室して建物から出た頃合いで、名刺に記載された電話番号をタップする。
『はい』
「獅子神か」
『そうだけどよ。取引相手の電話に掛けて、初っ端呼び捨てはねぇんじゃねーの』
「あなたもそのタメ口はどうなんだ」
 笑みを含む気の抜けたやりとりが、簡単に口から滑り出したのが不思議だった。
 まるで十年来の友人であったかのように約束を取り付け、そこから先はすんなりと、本当の友人同士になれた、と思う。
 獅子神に対する、一種の執着めいた欲求はずっと私の中に燻っていたが、時折男から漂う女の匂いに気付いてからは次第に鳴りを潜めていった。
 当たり前に好ましくない一面がある。その事実は不快であり、一方でどこか安堵を齎した。
 ああ。この男は決して、私のものにはならない。
 それは一種の予防線となり、健全な友人としての付き合いの支えとなっていた。
 しかし、世の中は中々上手くいかないものだ。この場合、どちらかといえば災難に見舞われたのは獅子神の方ではあるが。
 マンションで起こった漏水で行き場をなくした男を自宅へ誘ったのは、同情半分下心半分といった所だ。
 招き入れ、いつも通りに会話を交わしながら、私の中にこれはチャンスなのではないか、という考えが生じた。
 他の友人や女、あるいは親類縁者でも気楽に頼れる先があるのであれば、獅子神がああして夜道で途方に暮れている筈がない。であれば、本当に現在は窮地な訳だ。
 どれだけ長く掛かっても、この窮地は精々がひと月程度だろう。余程管理会社がマヌケでも、それならば取れるものを取って引っ越すという手段がある。
 つまり――状態が整うほんの僅かな間だけでも、この男を独占出来る機会が目の前に転がって来ていた。
 だが、その真意を話さずに招き入れるのは不誠実だ。
 今後の友人関係が破綻することすら天秤に乗せ、酒の勢いも借りながら全てを詳らかにした上でルームシェアを持ち掛けた。
 結果存外簡単に、獅子神との共同生活が実現することになる。
 更に(私にとって)運が良かったのは、管理会社の漏水が起こった部屋への修繕対応自体は真摯であったものの、修繕期間が長く掛かる事実。浮き足立つ心が表情に出難い、自身の顔に感謝する。
 他人どころか家族ともあまり縁がなかったらしい獅子神は最初こそ戸惑っていたが、半月程で慣れたのかこの部屋でも生活も気分良く過ごしているようだった。
 時折供される食事の美味しさは想定外で、男との共同生活を惜しむ理由が増えてしまう。居候状態に対する引け目なのかと思ったものの、どうやら獅子神は他人の世話を焼いてしまう性質らしく、不快ではないので好きにさせていた。
 条件に提示した件も、獅子神の側から逆に「こんなもので良いのか」と言われるくらいの接触に留めている。
 同じ居住空間にいれば、その匂いを堪能するには十分だ。勘違いをしているのを放置しているのは、私にとってその方が都合が良いからだった。
 しかし――
 順風満帆と思われたこの生活に、突然異物が紛れ込んだ。
 否。予測出来てしかるべき事態であり、それを知っていた筈なのに意識出来ていなかった私自身の失態だ。
 朝帰りをした獅子神から漂う女の匂いに、過剰な拒否感を示してしまった。
 元よりただの友人だ。獅子神が誰とどういう時間を過ごしたとしても、詰る権利など最初からない。何よりそういう相手がいることを、私はとっくに知っていた。
 なのに自身を御せず、当たるような真似をしてしまった羞恥と後悔に見舞われる。
 近づくなと言ってしまった言葉通りこちらを避けてくれるのを良いことに、獅子神の顔を見ずに済む時間に安堵すら感じて、それがまた気持ちを沈ませた。男がこの部屋を出ると言っても、仕方がない対応をしたのだと。
 それから数日後、女の匂いが完全に消えた頃に獅子神から提案が齎された。
 内容は驚くべきことに、この部屋で生活する間は女の元へは行かないという宣言と、代わりに同衾して欲しいという申し出だ。
 流石に困惑した。
 私自身が獅子神へ向けている欲求に、性的なものは含まれていない。そして、獅子神からの提案にもそういう意図はないという。
 言葉の上でだけであれば確かに合理的に思えるが、果たしてこれは健全な友人関係なのだろうか。
 多少の疑問は一度試して駄目ならそれまでという事実に終わるだろう、と考えて一晩を過ごし、結局習慣が増えるだけの結果になった。
 私自身も決して身長が低い訳では無いし、比較すれば細身というだけで女のように華奢でもない。
 なのに獅子神の腕にすっぽりと収まり、その匂いと高い体温に抱き締められて眠るのは心地良く、熟睡出来た。
 この共同生活を惜しむ理由ばかりが増えて、断る理由がなくなっていく。
 そもそもここまで密着して抱き締める必要があるのか? と思わなくも無かったが、眠りの中で時折縋るように服の裾を握る手に、何も言えなかった。獅子神が、気付いていないようだったので。
 だが、早々にそれだけでは済まなくなる。
 矢張りというべきかなんというべきか、獅子神の生理現象には難儀した。抱き締められるのは良いが、腰や尻に勃起した男性器を擦り付けられるのは普通に怖い。
 嫌悪というより、正しく身の危険を感じてしまうのだ。
 本人が申し訳なさそうな顔をしているので許してしまうものの、私は出来ればこの体温を手放さず安眠したい。
 この時既に、当初聞いていた獅子神の部屋の修繕期間が終わるまでの時間が、残り少なくなっていた。
 そのうちまた離れて、元通りの適切な距離に戻るのだ。ならばせめて、今のうちに堪能していたかった。
 思案の末、思い切った提案をしたのはその為だ。
 獅子神の勃起の原因が――万が一にでも――私にあるのであれば、手でも貸してやれば気が済むのではないか、と。
 不覚を取ったのは、男から愛撫紛いの接触をされるなど夢にも思っていなかったからだ。風俗ではなく定期的に相手をしてくれる女がいるような人間が、男の私にこんな真似をする筈がないと考えても仕方がないだろう。
 あれよあれよという間に服を脱がされ、全身を獅子神の手がは這い回り、互いの性器を擦り合わせて体ごと揺らされた。
 初めての体験に自分がどうなったのか分からないまま、しかし翌朝目覚めた時にはすっきりとしていて、渋々とこの行為が悪くなかったと認めるしかない。
 得意気に笑う獅子神の顔を睨みながらも、一度では終わらせるつもりがない男の様子に期待している、自分自身に気が付いてしまった。もう、残り時間は少ないのに。
 そうしていくつかの習慣が付与されたまま、時は過ぎていった。
 互いに仕事をして、家に帰れば好きに過ごしたり、時間を共にしたりする。どちらかの同じベッドで眠る夜が週の殆どを占めたが、互いに望んでのことであれば文句の出よう筈もない。
 獅子神が寝入りしなに、耳元で「ずっとこうしていたい」だの「お前はどう思う」だのと聞いてくる時もあった。気持ち良くて温かいこの習慣を手放したい人間などいないだろう、と思いながら、うんうんと頷いてやる日々が続く。
 そんな日常のある夜。
 獅子神に補修工事が終わったという連絡が入り、私は本格的にこの生活の終わりを悟る。
 リビングで初めて男を招いた日のように顔を突き合わせながら、真剣な表情で口を開いたのは獅子神が先だった。
「あー、あのよ。マンションの補修が終わって、来週には戻れることになった」
「そうか、良かったな」
 こちらの言葉に対して、獅子神が何故か複雑そうな顔を見せる。何かを言い淀むような、迷うような顔を。
……けど、オレは」
「どうした」
 視線が彷徨う。本当に真剣に、言い辛いことがある素振りだ。
 何を言おうとしているのか全く分からず、私は訝しみながらも獅子神の言葉を待つ。
「この部屋を、出て行きたくねぇ」
「はぁ。まぁ居たいのならば居ても構わんが。補修工事中は免除されてたが、今後はあちらの家賃もあるだろう。どうするつもりだ」
……いや、えっと。お前が良いなら、あっちは引き払うつもりだ。一応、その可能性があるってのはもう大家には言ってあって」
「そうか」
 確かに家賃は貰っていないし、その方が節約になるだろう。
 水道光熱費は折半、何かしら必要になれば互いに出しているし、そもそもが料理の殆どを作るようになった男の方が逆に負担が大きいように思っていた。
 なので獅子神がこのまま住みたいと言うのであれば、私に断る理由はない。
……あの、村雨」
「何だ」
「オレが何で出て行きたくねぇって言ってんのか、ちゃんと分かってるか?」
「勿論。家賃の節約にもなるし、またぞろ所持品の移動も面倒だろうからな」
「ちげぇわ!!」
 突然の大声に、わんっと空気が震えた。
 驚いて目を見開いて獅子神をみれば、苦虫を噛み潰したような顔で悪い、と謝罪が続く。
「あのな、村雨」
「何だ」
「オレはお前のことが恋愛感情の意味で好きだから、居候じゃなくてちゃんとした同居人になりてぇんだよ」
……なに?」
「なに、じゃねぇ……!! だから、その。今まで通り一緒に寝たりしてぇし。処理みたいにヌきあいすんじゃなくて、キスもセックスもする関係になりてぇの」
「なぜ、あ、いや」
 つい疑問が口をついたが、理由は既に述べられている。
 恋愛感情。獅子神が、私を。
「私を……?」
「何だよ、そんなにおかしいか? ってかマジで欠片も気付いてなかったって顔しやがって。テメーは最初聞いた時、男女問わず興味がないって言ってたけどよ……。触ったら気持ち良さそうにするし、オレにくっついてくるのは好きみてぇだし」
「それは確かに、あなたを好ましいと思っている。だが」
 獅子神が欲しいと、出会った最初に思った。
 良き友人としての付き合いが心地良く、共同生活に至って性的な接触を持ったことは青天の霹靂ではあったものの、良いものとして受け入れられた。
 だが、私のこれは。
 獅子神に対する感情は。
 そして、この関係がそれで本当に――良い、のか。
「なんつうか。オレは自覚して、村雨のことがそういう意味で好きだけど。お前の好きが絶対同じでなきゃいけねぇとは、思ってないんだよな」
「な」
「でもオレは絶対にお前とキスしたいし、セックスもしたくなっちまう。だから、オレ達の習慣にそれが入り込んで大丈夫かどうかだけ、考えてくれねぇか」
……いや、しかし獅子神。あなたはいつから? 当たり前に私は男で、今後を考えればそんな選択肢は」
「完全に自覚出来たのは、ヌきあいするようになってから。でもその前から、多分オレはそうだったんだと思う。お前を抱いて寝るのが好きで、手放せなくて……体の方が正直だったんだよな」
「そんな、即物的な」
「それにオレだってもう二十六だぜ? この先も考えて真剣に好きだと思わなきゃ、こんなこと言わねぇよ。……これに関しちゃ、体から始めちまったオレが悪いのかもしんねぇけど」
 なぁ、と思考を促されて、私は緩慢に頭を働かせ始めた。
 人の匂いは交わる人間によって変わる。それは性的接触だけを意味するものではない。
 兄は義姉と過ごすようになって変わった。好ましくない変化、ではない。
 ただもう、きっと戻らないという寂しさは味わった。
 そういうものを知っているから、今だけ、と。
 今だけは、この男がその気紛れをこちらに向けて便利に使っている間だけはと願いながら、友人同士とはもう到底言い切れない距離で、この共同生活を過ごしてきた。
 それが違うのだという。
 獅子神は私を好きで、この生活を終わらせたくないのだという。
 私には、明確な恋愛感情が分からない。
 ただ男の匂いが、接触が、声が、言葉が、全て気持ち良いことしかわからない。
 私は。
……どう、したら良いのか。わからない、だが」
「おう」
「あなたが居て、嬉しいことは分かる」
「そっか。お前が嬉しいとオレも嬉しいし……分かんねぇならさ、試してみりゃ良いんじゃねぇかな」
「試す?」
「最初っからそうだったろ。まずやってみりゃ良いんだよ、オレ達は」
 そういえば確かにそうだった。同じベッドで寝てみるのも、性的な接触も。
「だから、先ずはキスな。試して良いか?」
……ああ」
 問いに応え、獅子神が近くに座り直すのを見る。
 温かくて大きな手が腰を抱き寄せ、もう片方の手が私の頬を撫でて僅かに上向くよう促された。
 吐息が混ざる距離に男の顔が寄ってきて、反射的に目を閉じる。
 心臓が身勝手に鼓動してなお、私は受け入れることに何の疑問も持たなかった。
 啄むように重なる唇が気持ち良い。幾度も繰り返されて、離れて欲しくなくてこちらから食んだ。
 獅子神の肩口を掴めば、代わりに男の手が項から後頭部を支える。呼吸が苦しくて大きく口を開けた瞬間、ぬるりと舌が入り込んできた。
「んぅ?! ッん、む、ゥ」
 味、味がする。獅子神の味が、性感と共に神経を満たしていく。
 藻掻く体はしっかりと抱き留められて、逃げ場のない気持ち良さにただ体を震わせることしか出来ない。
「ァむ、ぢゅっ、ぅぐ、んくっ、んっ」
 舌のザラつきと味、流し込まれる唾液を飲み込み、いつの間にかぐったりと獅子神の胸元に凭れ掛かっていた。
「大丈夫か、村雨」
 息を整えながら、必死に頷く。気持ち良かった。このまま射精するかと思った。
……あ、あなたは?」
「オレ?」
「そう」
「すげぇ気持ち良かったよ。ずっと想像してたけど、それ以上だった」
 想像。想像していたのか。私と、私に口付けるのを。
 獅子神とのキスはとんでもなく気持ち良く、最早試すまでもなくセックスも気持ち良いのだろうと考えながら、それでも自分の感情が掴みきれないまま私は。
……私だけに、なるのなら」
「ん?」
「私はやはり、恋愛感情というものが良く分からない。そういう機微にはずっと疎いだろう」
「うん」
「でも、この先ずっとこういうことをするのが私だけになるのなら、その。良い、と思う。私は元々、あなた以外など考えられないが」
 だから、と言葉を続けた。
「これを私達の習慣に、したい。あなたと暮らす時間も、ずっと」
……おう。ありがとな、すげぇ嬉しい」
 満面の笑みを浮かべた獅子神に、改めて抱き寄せられた。
 その大きな背に手を回し、手指で形を確かめながら満たされる五感に身を任せる。
 そうだ。ずっと欲しかった。
 感情よりも先に、初めて会った時から欲求だけが村雨の中にある。
 充足の熱い息を吐きながら、獅子神の名前を呼んだ。
「ししがみ」
「なに」
「私には分からないが」
「ああ」
「あなたに満たされるこの感覚を、あなたが好きだという気持ちだと思いたい」
「良いぜ。オレもきっと、結局は同じだからさ」
 ならば良いかと、私は目を閉じて堪能する。
 もしかしたら蓋を開けてみれば、昨日までと大して違いのない生活が始まるのかもしれないが。
 それなら尚の事問題はないなと、思い切り好きな匂いを吸い込んだ。