離れて暮らしてはいるものの、縁を切ったわけではないので、幽霊族の親子はそれなりの頻度で水木家を訪れる。間隔はまちまちで、2日続けて来たかと思えば3ヶ月空いたり、自由だ。
しかし一度それですれ違いがあってから(水木の出張中に義息がやってきて、水木がいない、と大騒ぎになった)というもの、鬼太郎か目玉の方から明日行くとか、あるいは水木の方からしばらく家を空けるとか、そんな連絡を取り合ってはいる。
昨日の朝、カラスが持ってきた手紙には今日鬼太郎が来ると書いてあった。玄関の向こうが明るいから、どうやら向こうが水木より先に訪れたらしい。自分がいない時は中に入って待っているように、ここはお前の家でもあるんだから、と含めてからは遠慮せず家で待っていてくれるようになった。水木はそれが嬉しい。胸がくすぐったくなるような心持ちになる。
「ただい…」
誰かが家にいるっていうのはいいものだな、なんて思いながら玄関を開けた水木だったが、最後までは言えなかった。
目と口をぽかんと開いて、まじまじとそこに立って水木を出迎えようとしている相手を見つめてしまう。
「…………きたろ…?」
困惑しきりである。
何しろ、そこに立っていたのは、前髪を片目を隠している以外義息と共通点のない美少女だったので。
でも鬼太郎以外にここにいるわけがないし、俺の息子は娘だった…?と頭に疑問符を浮かべている水木に、美少女は朗らかに笑った。
「お帰りなさい、水木さん」
「ワッ…き、鬼太郎か?やっぱり…?どうしたんだその格好は…」
出てきたのは完全に鬼太郎の声だったので、水木はさらにぽかんとしながら、とりあえず尋ねてみた。
美少女──いや鬼太郎は晴れやかに笑い、艷やかな唇の口角を上げてこう言った。
「それはもちろん、ご奉仕です」
は? と聞き返した水木の声はいよいよ混乱していたが、ウフフと笑う鬼太郎は気にしていないようだった。
だってメイドといったらそうなんでしょう? と楽しげに自分の足元に両膝をついた義息に、「それは世のメイドさんに失礼だ」と水木ははっきり釘を刺した。しかし、はぁい、という軽い返事からするとあまり聞き入れる気はなさそうだ。
「…なあ、本当に鬼太郎なんだよな…?」
何となく流されてしまっているし、このままでは何というか…、よろしくないような。水木はごくりとつばを飲んだ。
どういう原理なのか、美少女の外見の鬼太郎の手は普段より少し大きいようにさえ見える。指が何となく違うような…そんな馬鹿な。
白い指が水木のスラックスのファスナーに触れる。ジ、ジ、とゆっくり降ろされていく、その音に耳がなぶられているように感じた。
あは、と小さく笑ったような声にいたたまれなさを覚える。
「汗で蒸れてますね…」
やめろ、と制止する声は自分でも弱々しいと思ったくらいだから、鬼太郎だってそう思っただろう。
「あなた絶対洗わせてくれないんだから」
「当たり前だろ…」
壁際に追い詰められ、膝をついて上目遣いに見つめてくるのは知らない顔。兆していないどころか罪悪感のような何か説明のつかない感情で爆発しそうだった。
自分を抑える手はびくともしなくて、別に手酷く扱われているわけでもないのだけれど…。
「ぅ…」
スラックスを膝まで下ろされ、下着もずらされ、白魚のような手がまさに性器に触れようとした時、ポロッと水木の頬を涙が落ちた。
エッ、と一際大きな声を出し、鬼太郎はここにきて初めてギョッとした顔をした。
「ご、ごめんなさい、どうし…、」
慌てて立ち上がりながらも下着だけは手早く元の位置に戻してくれた鬼太郎にはいささかのデリカシーがある。色んなものと相殺すると残るか怪しいかもしれないが。
うー、と唸って、水木はぎゅうと鬼太郎を抱きしめ、知らないやつに触られるみたいで嫌だ、と教えてくれる。鬼太郎は天を仰ぎ、ごめんなさい…と殊勝に謝った。とりあえず、取り急ぎ。
部屋着に着替えて落ち着いた水木の前、こちらも普段通りの姿形に戻った鬼太郎は正座していた。
「…もう少し大人っぽいか、僕っぽくなければ水木の気も楽になるかと…」
美少女メイド姿で現れてのご奉仕云々発言について白状させられる鬼太郎は、ちらりと水木を見た。養父にして鬼太郎の唯一の人は、憮然とした様子であぐらをかき、腕組みをしている。…ダメそうだ。
「……鬼太郎」
大きなため息の後、水木は眉間にしわをよせ、重々しい声を出す。
…ただその厳しさの何割かは恥ずかしさだと鬼太郎もわかっている。わかっているが、照れ隠しですかなんて言ったら外につまみ出されるかもしれないこともわかっているから言わない。
「……ン」
水木は憮然とした顔のまま、腕を開き、とんとん、と自分の膝を示す。訝しく思ったが、鬼太郎は呼ばれるがままに水木の膝に腰をおろした。すると、後ろからガバっと抱きしめられ、すんすんと頭の匂いをかがれた。
「…ちょっ…」
「仕返しだ」
本当に幼い頃そうされたように抱きしめてくる水木に、鬼太郎は早々に降参した。
「……いい考えだと思ったんたけどなぁ」
「俺を癒やしたいなら3歳くらいの頃のお前になって会いにきてほしい」
「それじゃ何もできないじゃないか」
はぁ、とため息をついた鬼太郎に、水木も負けずにため息をつく。
「何する気だ。だいたいご、ご奉仕ってなんだよ」
れ、と鬼太郎は長い舌を出し、見ろとばかり水木の方を向く。
「…バカ、マセガキ!」
カッと頬を染めて芸のないことを言う人に、鬼太郎は肩で息を吐いた。やれやれ、である。
「…もうやることやってるっていうのに」
思わずのぼやきに、水木はゲンコツを落としてきた。
「恥じらいがない!」
乙女のごとくうっすら頬を染める養父を顎を上げるようにして見上げ、なんだ、という目を受け止めた後鬼太郎は楽しげに笑い、いつも通りのふっくらした手を水木の口元近くに置いた。そうして伸び上がるようにして唇を奪った一連の動作は堂に入ったものだった。
接吻を受けた水木の方が呆然としている。その顔が間が抜けていて、隙だらけで、可愛かった。
「ごめんなさい?」
「……………………」
水木は顔を赤くしたまま盛大に眉をしかめて、ぎゅうと鬼太郎を抱きしめ、細い肩に顔を隠してしまう。
「………俺が世話する方がいい」
「え?」
「………………」
「え、水木?どういう意味だ」
「………………」
水木!と鬼太郎は水木に抱きしめられたまま何度か名を呼んだけれど、30分くらいそのままの体勢が続き、その間水木は貝のように押し黙り続けたのだった。
〜水木メイド編に続く(続かない)〜
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