さちこ/Sharia
2024-05-08 23:22:59
3882文字
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規律違反常連

非カセン軸クリスタルブレイブルート/祝賀会のはなし

この頃、アルフィノの出来のいい頭を悩ませる人間が一人いた。
規律違反常連、そんな不名誉な二つ名をもつ女性────シャリア・ロダ。深い紫色の髪と瞳を持つ、刃を丸めた双剣を常に腰に下げたヴィエラだ。
当然のようにボタンを全開にし、ズボンではなく履き慣れているというスカートを着用し、着崩されたクリスタルブレイブの制服はきっちり着るよりも確かに彼女には似合っている。
また単独行動も多く、直属の隊長であるイルベルトによると敵の殲滅作戦などには隊が現地へ行けば既に帝国兵や蛮族の捕縛が完了している等の命令違反も目立つそうだ。

また、一番アルフィノの頭を悩ませている行動といえば……

「どーしたの総帥くん。集中切れちゃった?」
……君がいるから集中できないのだが」

待機時間や休憩時間になるとアルフィノの近くにスッと現れ、くつろぎ始めるのだ。
勝手にお茶を入れアルフィノに差し出し、自分も同じものを飲んだり。横から書類にスペルミスの指摘をしたり。頭をわしゃわしゃと撫でたり。

「いいじゃない。ほら、そこ違うわよ」
「あっ」

何が腹立たしいといえば、確かに自分は近頃働きすぎなのかぼんやりして凡ミスが目立ってきたのだ。そこにこの校正が入ると基本的に書類にミスがなくなる。そこそこありがたい存在だということだ。

「ねぇ、そろそろ中断したら? おめめショボショボじゃない」

誰のせいだ、と口に出しかけて必死に飲み込む。2割くらいはお前の問題行動の報告書類なんだぞ。
前そう言って「小指の先っぽだけわたしも悪いけどほとんど休憩しない総帥くんのせい」と言われてぐうの音も出なかったのだ。実際休憩していなかったから。両親以外に口で負けたのはあの時が初めてだった。

そうだね、と渋々口に出し、出された茶を飲み込む。ふわりとレモンの香りがした。今日はどうやら紅茶らしい。
ふと、彼女が腰に下げた燻し金の双剣が視界に入る。刃を丸めたそれは、今の所制圧にしか使われていない。
その剣の切れ味が最悪でも彼女の実力は凄まじいもので、かの英雄と手合わせをしてかなり追い詰めたとか。
隊員の数名に人を殺す覚悟もない腰抜けと揶揄されているが、本人は気にした様子はない。なんなら共に入隊してきた弟の方が怒っているくらいだ。
まぁ、彼女ならばそんな陰口を叩くことしかできない隊員などその気になれば数秒で叩きのめせるだろう。目の前で鼻歌を歌いつつ紅茶を啜る彼女を見てそんなことを考えた。

じいっと見つめていることに気づいたのか、彼女は一度パチリと瞬きをして視線だけこちらへ寄越す。
どうしたの、と問いかけ、アルフィノのそれよりも少しだけ大きな手でわしゃりと頭を撫で、弟に向けるような瞳を私に向ける。……子供扱いはいつものことだ。

「そろそろ任務の時間だろう」
「え〜……もうちょっとだけダメ?」
「ダメだ。私がイルベルトに怒られてしまう」

ちぇ、と口を尖らせ、彼女は立ち上がった。
支給のものではない高いヒールが石の床を叩き、出入り口へと向かう。
彼女は先ほどとは打って変わってこちらへ顔も向けずにひら、と右手を首の横で振るだけ振って、部屋から出ていった。どうやら少し拗ねているらしい。

さて、と小さく伸びをして再び書類に向き直る。
思いの外休憩にはなったらしい。ぼやついていた視界ははっきりして、文章も先ほどよりするすると頭に入る。
冷めてもいい香りを放つ紅茶をお供に、アルフィノは筆記具を手に取った。














「なんだかさ、嫌な予感がしたんだ」

だから、ちょっと研いできたの。
なんともないような顔で、女はそう言った。
似合わない青色が血で黒に染まり、足元には赤が滴っている。
燻金の剣先はまっすぐユユハセの首へと突きつけられており、普段の丸さを失ったそれは小さく首皮を裂いた。
乱闘騒ぎで紐がちぎれたせいで降りた髪のせいで、普段の彼女よりよっぽど実年齢に沿ったような剣呑さが際立っている。

「ユユハセがこうってことは、犯人はイルベルトのクソガキあたりかしら。とにかく────あんたは寝ておきなさい」

剣を振り上げ、ユユハセの脳天をガツンと叩いた。
そして振り返り、少年の視線に合わせるようにしゃがんだ。

「総帥、抱き上げても?」
……ロダ?」
「はい、規律違反常連ですよ。返事なしは肯定と取るわね」
「待て、いったいなぜ君が────うわっ!?」

そう足早に告げて、剣を鞘に収納した後、軽々とアルフィノの背と膝裏を支えるように抱えた……所謂姫抱きというやつだ。
思わず顔から耳まで真っ赤にした少年を見てクスリと笑い、ロダは扉を蹴り開けた。
行儀が悪いと顔を顰めたが、今はそんなことを言っていられない。それに、そんな感想もすぐ吹っ飛ぶほどに外の惨状は酷いものだった。
倒れ伏す青。政庁層の床へと染み渡るどす黒い赤。きっとアルフィノを逃さないために配置されていた兵が、一人残らず切り殺されていた。

思わず見上げる。
ひどく冷たい顔をした女が、そこにいた。

「あんまり見ないほうがいいわ」
「君は……どうして、そこまで……
「別に? 幼い子に全てを押し付ける奴らが気に入らなかっただけよ」

また、この人は私を子供扱いする。
いつもそうだ。子供だから無理をするなだの、まだ幼いのだからだの、理由をつけて私を責任の外へと追いやろうとする。

しかし。彼女にこんなことをさせてしまったのは……他ならぬ、私ではないのか?

ぐる、とアルフィノの思考が一回転しようとした時、大きな彼女のため息が耳の中を揺らした。

「言っておくけど。わたし、元々手は汚れてるの。今更何人殺そうと関係ないから」
「だが、なぜ君が────」

口を閉じてなさい、と静かに告げた彼女の言う通りにアルフィノがしぶしぶ歯を食いしばると、彼女はあろうことか吹き抜け部分へと軽やかに飛び込んだ。
膝のバネを使って衝撃を殺して着地する。血まみれのヴィエラの登場にゴールドコートで夜を過ごしていた人々が驚き騒めくのも気にせず、女は走り出す。
案の定ルビーロードへ続く道は巨大な鉄扉で封鎖されている。仕方がないとサファイアベニューへ向かう道へと足の行く先を切り替えた。

「このままナル大門へ出るわ。スノウとピピンが待ってるから合流する」

揺れるロダの腕の中で、アルフィノは必死に何度も頷いた。
道中、アルフィノを肩で担ぎ、襲い来るクリスタルブレイブの隊員の急所を的確に切り裂く。腰抜けと揶揄された原因である剣はきらりと光を反射し、その鋭さを物語っていた。

視界の端で煌めく燻金をみて、ふと剣の天才という単語が少年の良く回る頭に過った。

サファイアベニューの出口。待ち受けている青服の集団を視界に収めた女は小さく舌打ちをして、少年を腕の中から降ろす。
そしてその手の中に一つのリンクパールを握らせて、自身は組み合わせて双刃となった剣を構え、裏切り者の隊員達を睨みつけた。

「ルート変更。ザル大門から出て」
「なっ、君はどうするんだ!」
「足止め。それ、スノウ直通だから」

女は正面から目を逸らさず、空いた左手でそっと白い癖毛を撫でた。
その手を頭から外して、握って、引っ張る。剣だこだらけの、それでも細い手を。

「君を置いてなどいけるものか!」
「置いてけって言ってんの。この場で誰の命が最優先かわかるでしょう」
「っ……それでも!! これ以上失いたくない!!」
「ならその灯火を抱えて走れ!!」

女がそう吠えた。そしてスルッと手を引き抜き、強引に少年を背後へと押す。
よたつきながらもリンクパールを握りしめた少年は、じわりと瞳の端を潤わせる。

「大丈夫よ、わたしは死なないわ」

それだけ言って、女はニィと笑った。

……絶対に……絶対に、私の元へ帰ってこい!!」
「らじゃ〜!」

気の抜ける返事を合図に、少年と女は正反対の方向へ駆け出した。
後ろを振り返れば、女が一騎当千の如く暴れている。あの調子ならば確かに大丈夫そうだ、とアルフィノは根拠のない信頼をロダへと寄せた。
ところどころ死体が落ちているサファイアベニューを逆走し、少年は目尻を拭ったのだった。













「ば、化け物……!」

燻金の、鋭い刃を首に受けた青服の兵士は、そう言い残して息を止めた。
あちこち刺し傷だらけの体を引きずり、女は辛うじて立ち上がる。腕に突き刺さった矢を抜けば、ウルダハの街路に赤が咲く。
白かった肌は己の血と返り血で染まり、もはやただ赤黒いナニカ────それこそ化け物のような様相を呈していた。
その中で夜空の瞳がぎらりと煌めくものだから、この場にまだ生きている人間がいれば、恐怖も忘れて見惚れていただろう。

女は何度か周囲を見渡し、安心したようにその長い耳を畳む。
もう、2度目だ。
だが覚悟はできている。今更殺す殺さないなんて考える余裕など無い。
幼い彼を、彼らを守るためだ。そのためならば、私は何度だって手を汚そう。

……アル、フィノ……

終ぞ呼べなかった彼の名を呼ぶ。

……スノウ……

愛しい弟の名を呼ぶ。

……────……二人を……

届かないと知りながら、かの英雄に大切なものを託す。
煌々と輝く夜空を鏡のように写した瞳を、そっと閉じる。
次に目を開けた時、きっと見えるのは底なしの暗闇だと知りながら。