鬼太郎がまだ喋れもしない幼子だった頃、度々水木の指を吸ったり舐めたり、時には噛んだり、時には手の甲までペロペロ舐めていることがあった。指を吸ったりしゃぶったりするのは乳を吸いたいのだろうかと、可愛いと同時に哀れでもあったけれど、手の甲までとなると、何か特別美味い味でもするのだろうか?と不思議に思ったものだった。あるいは妖怪(とは違うらしいが)の子らしく、いずれ食べるつもりで味見しているのかとも…。
そんな時たいてい水木は鬼太郎の好きにさせていた。無心にちゅぱちゅぱする姿があんまり健気に見えたものだから。
果たしてそれから十年、二十年、三十年…と時は経ち、今水木は、少年の姿に育った鬼太郎に組み敷かれ、彼を見上げている。けして剣呑な関係でも、動機でもない。ただ、もう親子関係でもない。
閉じていると小さく見えるのに開くと案外大きい口、その中で鈍くとも確かに光る牙は幼い頃より当然に育ち、鋭利さを増して見える。舌だって、健気にちろちろ舐めていた頃より長く伸びている。あれで、伸ばすと水木の喉の奥よりもっと先まで入るくらい長いと知っているのは、口づけたことがあるからだ。最初にベロを奥まで突っ込まれた時はびっくりしたっけ、と水木は微かに笑った。
「みずき」
だが、それが少し義息──今は関係性をもっと違う呼び名に変えた、少年のなりをした男には気に食わなかったらしい。
「…何がおかしいんだ」
普段は泰然自若に見える男が見た目相応に拗ねた顔をするのは、水木からしたら可愛いだけだった。
「わっ」
すぐには答えず、ニッと笑って鬼太郎の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。さすがに予想外だったようで、鬼太郎が目を半分閉じる。
「おまえ、赤ん坊の頃俺の指吸ってたの覚えてるか?」
「……」
「手を噛んだり、舐めたり。可愛かったが、味見されてんのかなって思うことがあった」
どうだ?
と眼差しで問えば、しばし無言で見つめ合った後、鬼太郎は小さく息を吐いた。やれやれ──そんな様子で。
水木は組み敷かれたまま黙って答えを待つ。
鬼太郎は瞬きもせずじっと水木を覗き込みながら、あるかなしかの笑みと共に白状した。
「バレてましたか?」
「………」
万力よりもきつく締め付ける力があるとはとても思えないふくらとした手が、そ、と水木の頬に添えられた。
「水木はとても美味しかったですよ」
おそまつさま、とでも答えればいいのか? と水木が逡巡する間に鬼太郎が背を丸めて顔を近づけてきた。鼻の頭が近づいて、そして。
「味見で我慢できて、僕、いい子だったでしょう」
「は、…」
ぱちりと瞬きした水木の唇わ掠め取り、離れた後に念を押すようちろりと舌で舐めた後、少年の姿をした人外のものが笑う。
「ご褒美があってしかるべきだ」
そして胸を張り、あんまり堂々とそんな主張をするものだから、水木はとうとう笑ってしまった。
「…そのかわり残さず最後まで食えよ」
細い首の後ろに手を回して引き寄せながら上等だと許す水木は、ずいぶん婀娜っぽい顔をしていた。
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