ななき
2023-12-27 14:37:27
3584文字
Public 吸死
 

リベンジはキッチンカウンターで

(ドラロナ)バーでナンパされるロナルドくん。ちょっと現パロ風味かもですが結局いつものです。

 ひそやかな話し声が空気に溶ける、いつものバー。
「あちらのお客様からです」
 コトン、と綺麗な赤色のカクテルが目の前に置かれた。頼んでいない。つい、渋い顔をしてしまう。
「マスター、こういうのは……
 断ってくれと抗議しようと視線を上げれば、マスターはなぜかげんなりした様子。
「お断りはしたのですが、どうしてもの一点張りで」
 マスターの大きな手が指し示す先、少し離れたカウンター席には、背の高い、痩せぎすの男が座っていた。見ただけでもわかる仕立てのいい服、彫りの深い顔立ち。明かりの加減か、ちょっと海外俳優っぽくもみえる。ひらひらとこちらに手を振る様にいやらしさはなく、人好きのする雰囲気があった。

 ふぅん……まぁ、いいか。グラスを手に取り、口をつける。ブドウの香りとさわやかな後味。アルコールは感じない。二口ほど飲んだところで、
「失礼、隣に座っても?」
 そうくるだろうなという予想通り、カクテルをよこした男が隣に座った。
「もう座ってるじゃん」
「つれないこと言わないで。きれいな人がいるなって気になってたんだ」
「勧誘ならお断りだ」
「いやいや、そんなつもりは。ただ少しお話させてほしい、そのカクテル飲み終わるまででいいから」

 ヘンリーと呼んでほしいとあからさまな偽名を名乗った男は、しかし実に話上手だった。こちらの興味の先をうまく読んで反応を引き出してくる。俺が警戒を解くまで、時間はかからなかった。気楽に会話するようになった俺に、マスターが呆れている気もしたけれど。
「で? そのアルマジロの子、従兄弟に引き取られたのか?」
「もちろんだとも。もう随分大きくなっていてね、時々写真もくれる。見せようか」
「見る!」
 ほら、とヘンリーが差し出すスマホを覗きこむと、愛らしい小動物が小さなリンゴを抱えていた。スワイプしていいよ、と言われるままに画面を送れば、かわいいの天国だ。

 夢中でみていたが、トン、とふくらはぎになにか当たって意識が現実に戻される。トン、ともう一度、ほんの軽く。カウンター下を確かめようとする前に、また、トン。     
感触からして布に包まれた棒のようなもの。隣の男の脚。周りからみても不自然にみえない範囲で、俺にだけはわかるように。
「ああ、その写真は特にお気に入りだ。かわいいだろう?」
 手が止まったからだろう、ヘンリーが覗きこんでくる。いつのまにか身を乗り出して話し込んでいたせいで、肩が触れた。品のいい香りがする。服か、香水か、よほど距離を詰めなければわからないだろう微かさで香るそれが、ほんの少し頭を傾ければ額が触れてしまう距離を主張してくる。そして四度、トン。当たったそれは、今度は離れず、撫でるように擦りあげてきた。ぞわりとおかしな感覚が神経を伝う。
 いたずらの主である隣の男を軽く睨めば、
「どうかしたかい」
 しらりと返されてしまった。しかしその笑みにも見返してくる視線にも、とろりと重たい熱が透けていて、そして透けていることも計算の内だろう。こういう駆け引きに疎い俺を怯ませるには、十分だ。
「う……
「そうだ、近くにアルマジロカフェがあるんだ。私も一度行ってみたかったんだけどなかなか機会がなくて」
 白い手袋に包まれた指が、俺の手の中からスマホを取り返していく。伸ばした指が手の甲をひっかいていったがあまりにさりげなかったのできっと俺しか気づいていない。そのくせ、触れた所にしっかりと下心を残していった。
「ね、よかったら今から行かないか」
 ヘンリーの態度には余裕がたっぷりある。こちらのイエスを疑ってもいないのだろう。黙った俺の手に、そっと白手袋が重なった。
「どう?」
 すぅ、とひとつ深呼吸。答えは決まっている。

「行くかボケジョンに怒られろなにがヘンリーだ気取った喋り方しやがってクソ砂雑魚きしょい」
「ファーーー!? 貴っ様、五歳児にわざわざ大人の対応してやったというのに!」

 紳士面を捨てて怒鳴り返してくるのはヘンリー、もといドラルクである。四方からは馴染みの声で野次が飛んでくる。
「手口が古いぞ」「カビ生えそうアル」
「なんか生々しくて引いた」「ウチでやられたら退店願いますね、普通に」
 ダメージを負ったらしい。椅子の上に砂山が出来上がる。見慣れて、座り慣れたギルドのカウンターチェアの上に。

 しょうもない勝負だ。
 何がきっかけだったか、暇を持て余した待機中のギルドでの売り言葉に買い言葉。ナンパできるもんならしてみろや! 若造のひとりやふたりや百人三秒で落としてみせるわそこに座れ! と謎の小芝居が始まったわけだ。公平を期すなら攻守交替もするべきだが、さっきの野次から判断するに仲間たちの判定は、俺の勝利……適度に暇がつぶれたので切上げられた、ともいう。
 その証拠にみんな、本日の出し物も終わりかと、パトロールに出たり自分の目の前の飲み物に集中したりと解散し始めている。
「ロナルド。お前はどうすんだ、当番は終わってるだろ」
「ん、今日は上がらせてもらうぜ」
「おう、じゃあな。ちゃんとドラルク持って帰れよ」
 砂山を前に、ため息を落とす。とっとと再生すればいいのに何がそんなにショックなのか、なかなか戻らない塵をマントで包む。その包みの上にずっと抱えていた面白くない気持ちを載せて俺はギルドを出た。

 ◇

「おら、こっからは自分で歩けや」
 ギルドから二つ角を曲がった人気のない路地でマントの中身をぶちまける。ナスナスと人の形をとった塵は、俺を見て呆れたように息をついた。
「反抗期か五歳児。恥かいたの私だけだろうが」
「お前はもともと恥の多い人生じゃねぇか。ガガンボより弱いくせに」
 ドラルクは挑発に乗ってこなかった。不思議そうに重たいまぶたで瞬きをしている。
……なにを拗ねてるんだね」

 我ながらわかりやすいとは思う。唇が尖っている。視線も上がらなくて斜め下にそれる。あいつから見える俺は、いかにも拗ねてますよ、という顔をしているだろう。
 しかしこの、面白くない気持ちには正当性を主張したい。少なくともその権利くらいはある。なぜならば、なにがどうなったのか自分でも理解したくないが、この吸血鬼と俺は少し前から恋人同士という関係にある。だから。

「だってなんかお前、手慣れてた」
 え、と目を見開く砂おじさん。
「なんだよヘンリーって。お前、いつもああやってナンパして」
「してるわけないが?!」
「アルマジロカフェの件はジョンにいいつけるからな」
「未遂だ本気でやめろ!」
「あんな、え、えっちな触り方だって、する必要ねぇだろ。しかもみんなにバレないようにやりやがって常習犯の手口だ絶対」
「そりゃ軽いボディタッチはその気にさせる常套手だ、……なるほど」

 なにか勝手に納得した吸血鬼は、マントを一度揺らして形を整えると、はぁーそうかなるほど、としみじみした息を吐いた。しげしげとこちらを眺めるうるさい視線つき。
「余所行きの紳士な振るまいをしたものだから、私が他の誰かを誘うところを想像したな? しかし勝負にしてしまった上にギルドでは私達の関係は伏せているから怒れもしない。伏せたいと言ったのは自分だからそれも少し後ろめたい。それでそのふくれっ面か。……随分かわいいことをしてくれる」

 わざわざ全部口にしやがるのでだんだん恥ずかしさが登ってきて顔が赤くなる。ああ、俺はこんなに子供じゃなかったはずなのに。最近おかしい。俺の中の、こいつの恋人をしている部分がとんでもなく子供になる。いつだって特別にしてほしくて、少しだってよそ見されたくない。カッコ悪いと思いながらわざと不機嫌に振る舞って、甘やかしてくれる言葉を待ってしまう。

 そして反対に、コイツの俺の恋人である部分は妙に大人だ。今だって煽りもせずに、しかたがないと年長者の顔で俺を覗きこんできている。
「どうしたらご機嫌直るんだ、拗ねルドくんは」
「べつに」
「そうだな、まずは我が城に招待しよう」
「聞けや。俺の事務所だし」
「スーパーキュートなアルマジロと一緒に君をおもてなしだ。メニューは……卵使いたいしオムライスだな。かわいいから特別に唐揚げもつけてやる」
……うん」
 すでに気分は上向いている。
 でも。と、もう一押しほしい甘えた気持ちを見透かして、手袋につつまれた指が、まだ少し尖っていた俺の唇をなぞっていった。
「それから、やり直しがしたい。誰もいないところで」
……いいぜ。招待、うけてやるよ」
 『ヘンリー』とやらじゃなく、お前なら。



「若造のお持ち帰りに成功したんだから私の勝ちでは」
「普通に家に帰るだけだろうが、ばぁか」