ななき
2023-11-29 19:49:36
3273文字
Public 吸死
 

リビング、すぐ隣のあなたへ

(ドラロナ)没箱から発掘。部品として再利用する・しているので他の文と重複している部分があります。

 どこかの国の古い映画をみている。適当につけたチャンネルで流れていた映画だ。連日、緊急出動が続いていて、トドメのように今日も大量発生したスラミドロの退治。さすがに体が重い。眠れば回復はするだろうけれど、神経が昂ってしまっていて睡魔が来ない。頭を空にする時間が欲しかった。それでテレビをつけたのだ。

 途中からだし、ストーリーの細かい所はよくわからない。少し昔の外国の街が舞台で、複数の若者の恋模様だとしか。でも重い頭でボーッと眺めるにはちょうどよかった。
 レンガ作りの街の映像を眺めながら、意識して思考のスイッチを切っていく。眠れなくとも少しは休めるように。

 叙情的な音楽で演出されるオレンジがかった映像は、どのシーンも美しかった。儚い光でつくられる陰影。敬愛と恋慕と友情。報われない恋をした男の献身。恋する相手を思って手放した古い約束。そういったものが積み重なって感傷を誘う。
 夕焼けの街角で、新しい恋が成立しようとしていた。震える手が差し出した手紙を、もう一つの手が躊躇いながら受け取る。思いを、受け入れられる。

 恋というのはこんな、美しいものなのだろうか。自分のそれと比べて、違いように悲しくなってしまう。俺のそれは、こんなに綺麗じゃない。俺の手紙は、そこにあると気づいた時にはもう、保身や執着で随分汚れていたから。……だから、きっと受け取ってもらえない。

 ひらひらと揺れるマントが重い頭の奥で翻る。好きなことしかしないし好きな場所にしかいない最弱の吸血鬼。俺の家と心を滅茶苦茶にした酷いやつ。惚れたんだと気づいたときにはこっそり泣いた。アレにとって俺は、たぶん、珍しくて面白いおもちゃでしかないから。それがわかっていても、コンビで同居人という位置を手放すことはもうできなかった。この気持ちを隠しとおしさえすれば、飽きられるまでは誰より近い人間は俺だから。

 夕日を吸った封筒は、大事にされるのだろう。白くてまろい手に大切に触れて貰って、何度も読み返されて。

 血色の悪い、赤い爪の手を思い浮かべる。楽しいことと、最愛の使い魔のための手だ。おもちゃからの手紙なんてあの手は受け取らない。手紙が薄汚れているならなおさらだろう。
 いや、もしかしたら。あの悪癖の域の享楽主義を逆手に取ってうまくノセてやれば、受け取らせることはできるかも。でもそうなったとしても、手元でいじくりまわして一通り楽しんだらクソゲーより適当に棚の奥にしまわれて、良くて思い出話だ。人間の恋人をもったことがあってね、しかも退治人だったんだ、なんて隣の誰かに。
 それでも、飽きられるまでだけでも特別になれたなら。好きだよと嘘でも笑いかけられて、触れることを許されたなら、どんなにか。
 それは苦くて痛くて、でも甘美な想像だった。

「眠れないのかい」
 斜め後ろから声がした。
「何かあった?」
 ねぇよ、と答える。映画で感傷的になっただけだ、と。
「本当に映画だけ?」
 俺はよほどひどい顔をしているらしい。
「絡むなよ。……俺は受け取ってもらえないから」
……失恋したのか」
 勘のイイやつ。でも別に、新しく失恋したわけじゃない。は、と自嘲が漏れた。
「ずっと失恋してる」

 グイと顔を声の方に向けさせられた。手袋をしていない、ひんやりした手が俺の頬を捉えている。こいつにしては驚くほど強い力だった。ソファの背もたれの向こうから、のぞき込むようにしている吸血鬼と強制的に視線を合わせられる。
「誰」
……なに、が」
「失恋の相手」
 小さいピジョンブラッドが燃えている。
「ずっと、なんて言い方するのは諦めきれていないからだ。その誰だかは、思わせぶりに気を持たせるような真似して、知り合いとしては関係を続けているんじゃないのか。しかもそれなりの頻度で顔をあわせてるんだろう」
 当てはまらなくもない、か? 答えない俺の表情から何を読みとったのか、ドラルクの顔が一層険しくなる。
「誰だ。私に気取らせずにそんな真似ができるのは」
 気取らせるもなにも。
「知ってどうするんだよ」
「可能な限り引き離す。全力で邪魔してやる」
 唇の端から覗く牙が、吸血鬼の本気の憤りを示していた。でもそれは。
 適当に受け流そうとしていた息が詰まって、血液が一気に下がる。ただでさえ重い頭がグワンと揺れて少し気が遠くなった。ああ、まずい。思考がまとまらなくてクラクラする。こういうコンディションのときは何か失敗するときだ。
「そりゃあ君が誰に恋してようが自由だがね、それで萎れてるのなんて見ても、なぁんにも面白くない」
 引き離す? 俺からお前を? いなく、なる?

「イ、ヤだ」
「おまえな、」
「イヤだ。もうお前やジョンのいない事務所(ここ)なんて考えられないのに」
「うん?」
頬に当てられた手を捉える。
「なんでそんなこと言うんだよ。失恋し続けるくらいなんでもない。受け取ってくれなんて言わないから、だから……だからっ!」
 ここにいて。
 吸血鬼はひどく驚いた顔をしていた。重い瞼は見開かれて、口も半開き。マヌケな顔。こんな時でなければ笑ってやったのに。

「あーーー……タイム」
 骨ばった手がTの形をつくる。
……? 許可する」
 細長い身体が一度スナァと崩れて、ややあってから元にもどった。デスリセットが効いたのか、さっきまでの苛立ち様は消えていて、むしろなんだか血色がいい。耳の先なんかピンクに近い。気まずげに視線を逸らしかけては、こちらへ戻す。なんだよ。
「あー、その相手に気持ちを伝えたことは?」
「ない」
「ないなら失恋でもないだろうがっ!」
「うぇ」
 失礼、と咳払いした吸血鬼は、だからその、とモゴモゴし、よし、と何やら気合いを入れた。
「ロナルド君、一度でいいから伝えてごらん。きみのその気持ちを差し出されて無碍にできるモノなんているものか」
「でも俺おもちゃだから」
「はあ?」
 本気で意味がわからない、という顔をされて少しばかりイジけたくなる。
「珍しいから楽しいけどそのうち飽きるだろ」
……また変な思い込みしてるな」
 そっと伸びてきた手を避けずにいれば、小さい子にするように頭を撫でられた。ジョンはいつもこんな風に撫でられているんだろうか。
「おもちゃだっていうならね、それこそたったひとつの特別だ。どこにいくのだって一緒に連れていくし、誰にも触らせない。いっとう頑丈な棺桶にしまって、毎日大事に手入れしよう。もういやだって言っても離してあげない。ずうっとね」

「でもロナルドくんはおもちゃなんかじゃないから」
 特別なただひとつで、独り占めしておきたくて、もう離してあげられないのは一緒だけれど。と、言い聞かせるような声。
 だから、伝えてごらん。悪いようにはならないよ、とドラルクが笑う。そういうものか、コイツがいうならそうなのか。苦笑が落ちてきた。
 おやすみ、また明日ね、というよく響く声で、俺はようやく眠ることができた。



 スマホのアラームで目が覚める。
 事務所開けないと。今日の予約は遅い時間に一件。その前にギルドにも顔を出したいし、と予定を組み立てながら体を起こしたところで、隣の棺桶が目に入った。――悪いようにはならないよ。

 ……ア″?!
 寝起きの気だるさが一瞬で吹き飛んだ。
 ロナルドくんはおもちゃじゃないから、伝えてごらん。髪を梳く指と、優しい苦笑。珍しい、照れたような。

 コツンと棺の中から小さい音がして、俺は飛び上がって事務所に逃げた。面白いね、ジョン、とクスクス笑いが聞こえた気がして頭を抱えてうずくまる。顔が熱い。あ、メビヤツ、ビックリさせてごめんな、大丈夫だよ。

 しばらく唸っていたが、腹を括るしかないだろう。醜態はいまさらだ。だったら。
 手紙にしよう。タイトルも知らない、オレンジ色の映画にあやかって。赤い爪の指先が、受け取ってくれますように。