ななき
2023-03-14 23:58:14
5884文字
Public 吸死
 

唐揚げ山盛り、アルマジロの旗つきで

(ドラロナ)まだできてないドラロナ。先生生徒パロ、かつ本編より少し先の2人。仮題が、吸血鬼イメプレショタコンおじさん、だったことで察して欲しい。
※設定の矛盾あります。

◇旧版にいいねを押してくれた方、ありがとうございました。おかげで心折れずにすみました!

 少年の意識は唐突に浮上した。
 見慣れた高校の教室は、夕暮れのオレンジで満たされていた。ひどく静かだ。目の前には数学のプリントと筆記用具。途中でわからなくなったらしく、式が半端になっている。木下、と自分の名前の書かれたそのプリントを少年はぼんやりと見つめた。
 さっきまで全然違う場所にいたような。木下は意識にかかる靄を払うように軽く頭を振る。

「ん、終わった?」
 その声は教室によく響いた。
 窓際に立つ、黒縁の眼鏡をかけた背の高い痩せぎすの男。白いシャツに灰色のベスト、上品な臙脂のネクタイ。撫でつけた黒髪には、角のような変な癖がある。
「おまっ! いや、あれ?」
 あぶねぇ、と言いかけて木下は自分の言葉に首を傾げる。教科担当の教師だ。夕日差す放課後の教室にいても、なにもおかしくはない。
「どうした? ああ、詰まっちゃったか」
 カツカツと靴音をさせて机の横まで来た男が、机の上を覗き込んでくる。この教師がいつもつけている香水の香りがして、心臓がドキリとした。

 数学教師は前の席の椅子を引き、どれ、よっこいしょーとおっさんじみたかけ声で反対向きに跨いで座る。背もたれに手を重ね、その上に顎を置く。品よく紳士然としているこの男だが、時たま、こんなふうに崩した態度をみせる。木下はそれが好きだった。
「せんせー行儀わる」
 教師はきょとりと瞬いてから、すぐにイタズラでも思いついたかのように笑う。
「誰かさんの影響でね。教科書見なさいよ。補習プリントなんてさっさと終わらせろ」
 言われてはっとする。そうだ、終わらせなければ帰れない。机の横に下げていた鞄から教科書を取り出し、公式を探すことだけに意識を向ける。

 公式さえ思い出せれば、詰まった箇所はすぐに片付いた。まだ先は残っているが、集中力などとっくに切れてしまっている。数字と記号がのたくる紙より、正面の教師が気になってしかたないので。
 なにしろ木下にとっては、ほんのりと思慕を抱いている相手なのだ。恋であるかもわからないほど淡い、誰にも言えない秘密の感情。その相手とふたりきり。日が傾いて肌寒くなってきたせいで、向かい側の体温が伝わってくるような錯覚に陥って、後ろめたさと高揚感に苛まれる。

 盗みみれば、彫りの深い顔に夕日が落とす影が揺れる様まで見て取れた。細長い首の喉仏は尖っていて、こういうのもセクシーって言うんだろうか、と少年の思考はどんどんずれていく。

「おい、どこ見てるんだ。見るなら教科書みろ、教科書」
 我に返れば、呆れ顔の教師が木下をみていた。
「あ、す、すみません」
「すみません?……さっきから君、なんか変だな」
 訝しげに眉根を寄せて、教師はその手を木下の額に当てる。ひやりとした他人の熱で、木下は逆に顔が熱くなった。照れくささと苦い気持ち。お前は子供でしかないんだぞ、という扱いは面白くない。
「熱が出たわけではなさそうだが……変なかかり方したか?」
「な、何が。ですか?」
「いや、こっちの話。いいから解け」
 ペンでこつこつとプリントを叩かれて、木下はあわててシャープペンシルを握り直す。離れてしまった熱を惜しく思いながら。

 ◇

「じゃあ採点ね」
 しばしの数式との格闘の後に書き終えたプリントが、教師の手の中に回収されていく。なお、木下が解いている間に教師は椅子をこちら側に向けて座り直している。「股関節痛くて死ぬ」だそうだ。よっわ、と口から出掛かったが耐えた。一応、先生なので。

 目の前で赤いペンが丸をつけていく。それを持つ指先には赤いマニキュアが塗られていた。赤い軸に、赤い爪。なぜか見てはいけない気がして、木下は視線を窓の外に逃がした。
 窓から見える空は夜の紺青が割合を増やしつつある。気づけば、部屋を満たしている橙も鮮やかさを失いだしていた。

「はいオッケー。ご苦労」
 返されたプリントにはいくつかの丸と、OKという走り書き。それと、すみっこに得体の知れない四本足の何か。
「なにこれ」
「アルマジロ」
「えぇ……
 とてもそうはみえない。呪われそう。それでも構ってもらえたことが嬉しくて、木下はアルマジロかもしれないソレを折らないように注意しながらプリントをしまう。帰ったらスマホで撮っておこう、なんて考えた。

 さて、プリントを受け取ってしまえば補習は終わりである。この教師を独り占めしていられる時間が終わるのは惜しいが、引き止める口実もない。木下は渋々、腰を浮かせかけたのだが。
「もう少しお話ししようよ、木下君」
 正面の男に手で制された。木下にしてみれば否やはない。素直に従った生徒をみて、教師は満足げに笑った。

「さて、どうするか。進路指導の真似事でもしようか。……進路希望は就職、というか退治人志望だっけ。他の希望はないの、吸対とか、大学で文学やってみたいとか」
「進学は考えてないです。どうしても、退治人になりたいので」
「そう。君のそれはどうやっても変わらないんだなぁ」
 よくわからないが、少年が退治人を目指したのはもうずっと前からで、そして今は、必ずならなければならないと思っている。絶対のことだった。
「落ち着きないからなぁ、君。単独で突っ込んで怪我しそう」
「う……
 否定できない。この補習だって途中から回答欄を一つ間違えたからだ。
「周りをみる余裕を持ちなさいよ。退治人だって連携は必要だろうが」
 どうだろう、同業者とそんな関係を築けるだろうか。退治人は組合に所属するので仲間ともいえるが、商売敵でもある。でも、背中を預けられるような人達と仕事ができたら嬉しい。
 未来の希望と不安を眺めていれば、こほん、と咳払いが聞こえた。
「怪我、怖くないのかい」
「怖くないです。それで誰かを守れるなら。……怪我したいわけじゃ、ないですけど」
 迷いなく返答できた自分に安堵する。教師からは先ほどと同じ、そう、が返ってくる。なぜそんな、答えを知っていたような顔をするのだろう。

「では誰かが、君の怪我に腹を立てたり悲しく思ったりすることは」
 硬さの増した声に、きっとこれが本題だと木下は直感した。
 今度は少しだけ迷った。迷って、迷惑はかけたくない、と答えようとした。耐えるように引き結ばれた口元と机の上で組まれた手の震えを見るまでは。
……そんな誰かが、俺にいるなら、いえ、やっぱり……わかりません」
 わかんない、か。という静かな声。多分、十分な答えではなかったのだと申し訳なくなる。
「いや。そんな相手なんていない、って言わなくなっただけ進歩だな」
 ぎくりとした。それも喉まで出掛かっていた答えだ。ただ、寸での所で兄と妹と、それから誰かの顔が過って、選んではいけない答えだと思ったのだ。あの人達を泣かせたくない。
 眉を下げて困ったようにくしゃりと笑う教師にも、なにか言わなくてはと口を開く。どうしてあんたがそんな顔をするんだ。……結局、何も言えずに視線を下げるだけになったけれど。
 沈黙が気まずい。耐えきれなくなった木下が、今度こそ立ち上がろうとした時。

「ところで今日の夕飯、唐揚げなんだがね」

 急に教師が明るい調子で言いだした。顔に浮かんでいるのは見慣れた笑み。楽しいこと、ろくでもないおふざけを思いついたときの顔だ。
「好きだろ、唐揚げ」
「は? はぁ」
 確かに少年の好物であったが。木下は唐突すぎる話題の方向転換についていけなかった。
「食べにおいで」
「えっ」
 それは、およばれというやつだろうか。眼鏡の奥の瞳は小さくて感情が読みにくい。にこやかに笑んでいるようにみえるのだが、妙な圧力を感じて木下は怖じ気づく。
「食後にプリンもつけてやろう。世界一かわいいアルマジロもいるぞ」
 先生の家。手料理? マジロ。行きたい、唐揚げ絶対うまいやつだ。でも。からかわれてる? あれ、いいんだっけ。ぐるぐると思考が回ってまとまらない。

 気づけば、机の上の手をとられていた。骨の目立つ大人の指が、木下の指に絡む。自分の手だというのに、その光景に色気を感じてしまって落ち着かない。長い指はひんやりするのに、触れられているところから燃えそうだ。他人の体温をこんな風に感じるのは初めてで、じわりと顔に血が上ってくる。耳まで赤い自信があった。

 もうすっかり日が落ちていて、照明をつけていない教室の中は紺青に満たされている。その一際深く暗い青の中から、男の赤い瞳がじっとりと木下を捉えていた。
「ねえ、いや?」
 聞いたことのない色の乗った声。
 返事できずにまばたきを繰り返す様子をどう思ったのか、繋がった手をあやすように揺らされる。
「プリンじゃ足りない? じゃあどうしようか」
 目を合わせたまま、皮膚の薄い指の間をくすぐるように撫でられて、少年の背筋が未知の感覚で泡立った。


 ブブーーー!!

 突然のブザー音。
『アウトー! アウトです師匠! なにしてんですか! 年齢制限つける気ですか!?』
 それから、誰かの声も。同時に教室が急に白く明るくなって、眩しさに木下は目を細めた。
「こんくらいじゃ付かんだろ! 良いところなのに!」
 目の前の教師は空中に怒鳴りかえしている。
 ぱっと手が離されて自由になる。木下は呆然とするしかない。なにこれ。
『何が良いところですか、これ「きらめきハイスクール」のステージなんですけど!? それじゃ十八禁アダルトゲームの教師ですよ! ろなるどさん大丈夫ですか!?』
 その名前は不思議なくらい耳に馴染んだ。
 ろなるどさん。――ロナルドさん、だ。

 パチン!と回路が繋がった。『退治人』ならお馴染みの、催眠が解けるときの感覚が身体を走る。

 降ってきた声は、死のゲームのもの。ここはゲームの中。目の前にいるのは数学教師などではなく。
「何してんだクソ砂ァ!!」
 拳は、無事ドラルクを塵にした。

 ◇

「いやー、だって高校生のロナルド君かわいいんだもん。素直だし、私のこと意識しまくりだし」
「完っ全にアウトな言い分です師匠! 僕使ってイメプレしないでくださいっ!」
 ゲームの世界から解放されて(あのプリントがクリア条件だった。ゲームとは。)、ここはいつもの事務所。文句を言いつのる死のゲームと言い返すドラルクをロナルドは眺めていた。高校生などではなく、しっかり大人のロナルドが、である。
「久しぶりにロナルドさんと遊ぶって言うから教室ステージ用意したのに! ロナルドさんも様子おかしいし! 何かしましたね師匠!」
びっくりアイテム ご真祖様の道具をスパイスにだな」
「僕の世界はゲームなんですからゲームしてくださいゲーム!!」
「あーもううるさいスリープスリープスリープー!」
「もーー!!」
 まだ言い足りなさそうにしながらも従うあたり、懐いているんだろうか。

 静かになった携帯ゲーム機が置かれるのを見ながら、ロナルドは立ち上がる。
 体重を預ける松葉杖がカツンと音をたてた。怪我したてホヤホヤなのだ。入院は免れたものの、久しぶりに救急車のお世話になった。松葉杖をつく右足は折れてこそいなかったが硬く固定されているし、他にも色々。医師からもギルドからも休養を厳命されている状態だった。
 脇腹に走った痛みに、ドラルクがゲームの世界でロナルドを立たせまいとしていたのも怪我のためだと、いまさら気づかされる。

 松葉杖の助けを借り、背の痛みに顔をしかめながらドラルクの横に腰掛ければ、応接用のソファがギュウと鳴った。吸血鬼は目を合わせない。……ゲームを出てから一度も目が合っていない。
「お前さ、真面目な話慣れてねえのはわかるけど、自分で茶化しだすのは止めたほうがいいぞ。死のゲームが止めなかったら収拾つけられなくなってただろ」
「ヴァッ!」
 ドラルクが塵になる。図星か。塵を指先で混ぜればサラサラと慣れた感触がする。
……俺が怪我したのが怖かったのか」
 ビクッと塵の山が大きく震えたが、返事はない。
 たぶん、ただそれだけでこの回りくどいことをしてくれたのだ、この同居人は。

 自分が少し変わったの自覚あんのかな、こいつ。まだなさそうかな、という呟きは砂遊びしながら心の内でだけ。
 いつからかドラルクは、ロナルドが怪我することを怖がるようになった。正確には怪我の先で口を開けてロナルドを待っているモノと、その先の自分を。それは僅かで、でもロナルドの目には明らかな変化。

「言った通り、怪我することは怖くない。それが誰かを守るためなら尚更だ。退治人なんだよ、俺は」
 それは、高校生だろうが現在だろうが変わらない。それでもロナルドは自分でも意外なほど素直に、相棒の素直でない説教を受け入れる気になっていた。
 これは、ロナルドの変化。変えたのはドラルクだ。本人には絶対言いたくないが。

 相変わらず砂山から返事はないが聞こえているのをロナルドは知っている。不貞腐れた顔をしているだろうか、それとも。ゲームの中の、数学教師を思い出す。あれは、泣きそうな顔だったのでは。
「でもそうだな今回は俺が悪い。ギルドの応援を待つ余裕があったのに、あのタイミングで飛び出したのは俺だ。……悪かったよ、心配かけて」

 塵は集まって山になりつつあったが、痩躯が現れる気配はない。いつもの煽りすら飛んでこない。
 これは本格的にへそを曲げたな、とロナルドはため息をついた。とりあえず血の牛乳割でも作ってやって、相棒への詫びの印としようか。動くなと叱られるかもしれないが。

 キッチンに向かおうと再び松葉杖を引き寄せたところでふと思いついた。意趣返しくらいはしておきたい。
 もぞもぞしている塵の上に屈んで顔を寄せる。
「夕飯唐揚げなんだろ。部屋、行きたい。いいよな、せんせ」
 わざとらしく蕩かした声で甘えるように吹き込んでやれば、塵山が再度崩れ落ちた。そのままプルプルしている。喜んじゃってからの恥ずか悔や死、あたりだろうか。ああいうごっこ遊び系プレイ、こいつ好きだもんなと軽く笑った。

 高校生の俺に手ぇだそうとしやがって。吸血鬼イメプレおじさん、ざまあみろ。だすなら先に大人の俺にだしてからにしやがれ。



 それはそれとして、ドラルクの教師姿はヨかったな、とはロナルドの胸の内だけの話。