ななき
2023-02-28 02:30:15
4710文字
Public 吸死
 

花束を貴方に

(ドラロナ)ド→←ロ。好きだと言えないまま、友人としてロナルドくんと過ごしたドラルクの話。死にネタ(※死なない)です。ロナルドくんとモブ女性の結婚描写有り。
※矛盾あり。御了承ください。

 ◇◇◇

 夜中だというのに蝉が鳴いている。暑い暑い夏の盛り。胸を埋める湿った空気の匂いで溺れるような、そんな夜。
「今年もこの花だよ。君がちゃんと受け取るまで変える気はないからな。まったく」
 待ち合わせ、といってもドラルクが勝手に待ち合わせているだけだが、とにかく待ち合わせ相手に差し出したのは、向日葵を三本束ねた花束だ。雲間に出た月の光で、鮮やかな黄色が闇に浮かぶ。
 いつもそうだが、いつまでたっても受け取ろうとしないので、むりやり押し付けた。
「カメ谷君は元気かね? 半田くんもそろそろ合流かな」
 返事は無いが構わない。ままごとだとドラルクが一番良く知っているから。
「ロナルド君、誕生日おめでとう。墓の下でどう祝っているかは知らないが」

 御影石は何も語らない。そこに彫られた、退治人名でない名で呼んでやれば返事があるだろうかなどと馬鹿なことを一瞬だけ考えた。

 退治人ロナルドが死んで、二十年がたつ。

 ◆

 ドラルクが新横浜の事務所に押し掛けて数年、毎日滅茶苦茶なダンスを踊っているような騒がしく楽しい日々だった。あれほど楽しく眩しい日々は、これからの長い吸血鬼生にもないと思えるくらいに。

 しかしいくら楽しくても、時間は前へと進んでいく。

 最初の変化はロナルドが妻を得たこと。彼よりほんの少し年上の、綺麗なヒトだった。ひとしきりからかって、バカ騒ぎして、祝福して、送りだした。事務所の居住スペースの住人はドラルクだけになった。コンビは続行。だが、付き合い方は大人同士らしい距離へ変化した。空白の時間を埋めようと、ドラルクも母に倣い調停役としての活動を始める。顔を合わせる時間は以前よりずっと少なくなった。

 ロナルドと妻の間には息子が生まれた。子は、父よりむしろドラルクに懐いた。人間の命の速さと眩しさに目を細めながら、ドラルクも人間の友人家族との交流を大切にした……つもりでいた。

 この時期を最期に、ドラルクの時間もロナルドの時間も、まるで早回しのように進んでいく。つまらない、褪せた色で。

 坊やが、いつかの父によく似た青年になった頃。ロナルドは、退治人を引退した。
 執筆業と後進の指導に回る予定だったが、予定は予定のままとなった。患ったからだ。あっという間もなく、鍛えていた身体は見る影もなく痩せ細り、銀の髪は艶を失った。
 病の詳しい事はわからない。聞く事ができなかった。
 彼の妻に病状を問うて、家族でもないのだから遠慮してほしいと硬い表情で拒絶されて初めて、彼の家族から疎まれていることに気がついた。本当に知らなかったのだ。ロナルドが、ともすれば妻子より異種族の友を優先しがちで、度々夫婦喧嘩の種になっていたということも。

 それでも見舞いには通った。ドラルクが病室に訪れるたびロナルドは嬉しそうにしたが、ドラルクは辛かった。ロナルドが思い出話ばかりするのだ。先の話をしない。次に会う時の話をするのはドラルクだけだった。
 何度目かのこと、ロナルドから紙の束と小さな記憶媒体を渡された。ロナ戦最終巻の原稿。頼んだと笑う瞳の青は一等儚い、先の短さを予感させる色だった。

 その予感の証明がなされたのは二日後の夜、電話で。知らせてきたのは、退治人ギルドにいるロナルドの後輩退治人だった。最後に見舞った次の夕にはもう、あの昼の子はこの世界に居なかったらしい。通話を切るところまで耐えてから、ドラルクは静かに塵になった。
 別れ際に握手したことを思い出す。そんなことは初めてだったのだ。会う度に思い出話をしていた彼。手を差し出してきたロナルドは、何か悟っていたのかもしれない。カサついた手の感触だけを、一晩中何度も何度も、繰り返し思い出していた。

 葬儀は昼間に行われた。ドラルクは出席さえできなかった。ここまで疎まれていたかと自嘲するドラルクに、追い討ちがかかる。ロナルドが残していた遺言が、家族の強硬な反対を受けたのだ。事務所をドラルクに譲るとした部分と、最終巻の原稿を任せるとした部分。
 法の下で争うことも辞さないという彼の息子の言葉で、全部諦めた。どうでもよくなってしまったのだ。だってもう、ロナルドはいないから。己の焼けるような執着心は二度と癒やされない。それなら、抜け殻なぞ人の子にくれてやろう。
 長く住んだ家を手放す書類にサインをし、原稿を渡した。硬い表情で事務的な会話だけをする彼の息子。手付かずの紅茶とクッキーが、舌足らずに名を呼び後をついて回った幼子の面影が、そして父に似た面差しが、ドラルクを悲しくさせた。
 それが、親しかったはずの人間の一族との最後。

 本当に、瞬く間だった。


 ドラルクはシンヨコを離れ、毎年ロナルドの誕生日にだけ訪れた。向日葵の花を持って。何十年前かの未練の形だ。ずっとずっとこれだけは後悔していた。

 好きだと、伝えなかったこと。

 
墓の前にしゃがみこんで、毎年、同じ言葉を繰り返す。
「幸せだったかな。幸せだったよね」
 知っていたんだ、好いてくれていたこと。
 ロナルド君だって、私の気持ちに何も気づいていなかったとは言わせない。あの頃、思い詰めていただろう。自分と、私と、周りと、何をとるか何を諦めるか。種族とか性別とか退治人の矜持とか、悩む種は沢山あったものね。
 それが急に吹っ切れたように、あの女性を連れてきた。何があったのか教えてくれもしなかった。吸血鬼が人の子を縛ることをためらっている間にひとりで、私と私への気持ちに見切りをつけてしまった。私は、それがわかっていても君のそばから離れられなかったけれど。お互い馬鹿だよねぇ。


 ごうと急に強く風が吹いて、長く伸びたドラルクの髪を流す。それに引かれるように、ざらりと体が崩れはじめた。風に攫われる塵を眺めながら、不意に、これが最後だと悟る。
 悪くない。その命の終わりまで見届けた友人の、そして、ただ一人恋した人間の墓の前で終わるというのはロマンティックだ。それこそロナルドが好みそうだな、と少しだけ笑う。

 なあ、おい! ドラ公! ドラルク! おい!

 ああそうだ、こんな声だった。泣きそうなほど懐かしかった。本当に悪くない最期だ。そう呟いて痩躯の吸血鬼は塵となっ――

 ◇◇◇

「しっかりしろって!」
「ヌーーー!!!」
 私が目を開ければ、見慣れた部屋のソファの上。泣きながら必死にすがりついてくるジョンの甲羅を撫でて、生き生きと燃える青い瞳を見やる。病の影すらない、どう見ても二十代健康優良児。
 ふと自分の襟足に手をやれば切りそろえられた感触がした。伸ばした髪がない。
 え、どういうこと?



 ロナルド君からの説明を聞いて、眉間を揉み、天を仰いだ。膝では泣きつかれたジョンが眠っている。
「つまり? 吸血鬼ラブストーリーを布教したいとかいうポンチが事務所に侵入。原稿明けのネジのぶっ飛んだロナルド君がハワイにいこうと出した幻覚見える君にその能力が発動もしくは影響。君がVRCに突き出している間に何も知らない私がスイッチを入れた、と?」
 私の様子がおかしいと、ジョンが連絡したのだそうだ。それで飛んで帰ってきたという。
「変な花にも能力が掛かった手応えがあったって本人が言ってたからな。能力自体は幻覚を見せるだけだから危険性は低いって話だったんだが。スイッチ切ってもお前が目ぇ覚まさないからヒヤヒヤしたぜ」
 彼は真実、心配してくれたのだろう。私を呼びもどした時の声には、常にない真剣さがあったから。

「まて、花に『も』? 君も食らったのか」
「おう、ドラマ十本分、ダイジェストで見せられた」
 オススメを全部見るまで起きられないという、それなりに迷惑な能力。内容は、ここ数年のものと、(人間の感覚では)古い名作数本だったらしい。ああいうのってあんまり観たことないけど面白そうなのもあったな、としっかり布教されたお人好しは暢気だ。

 それを聞きながら考えこむ。確かに、体験すると言うよりは映像をみせられている感覚に近かった。ただし、主人公は自分。映画やドラマのキャストを置き換えたなんてレベルのものでもない。幻覚見える君は使用者のイメージを反映するから、その影響と考えるのが妥当か。

 不自然な点はいくらでもあった。まずジョンをはじめ同居吸血鬼たちの存在がない。人間の友人達も、吸血鬼達もいない。場面が連続していなかったし細かいところがナレーション風に流されて適当だった。
 登場人物もロナルド君とその家族以外はぼんやりとした影で、細君だって、今思えばテレビで見た女優だ。坊やは、アンチエイジングされたロナルド君本人の二役だな。似てるもなにも、だ。

 大体、あんな昼ドラじみた諸々に私が諾々と従う訳がない。絶対どこかでひっくり返したくなるに決まっている。誰だ、あのしょぼくれた吸血鬼。
 その一方で、感情、そして同居人との関係には現実が織り込まれていたのが腹立たしい。悪趣味にもほどがある。ポンチはポンチゆえにその分野では異様な強度を発揮する。ラブストーリー大好き、の能力で強調されたのがその部分なのだろう。

 つまりは。お人好しな青年への好意と執着を自覚して、もうそれなりに経つという話である。彼が、たどたどしく差し出してくる好意に気づいてからも。
 それでもお互い踏み込みきれていないのだ。完成してしまった今の距離からどうしたらいいか、戸惑いと不安と色んなものがあるのである。友人とも家族ともつかない、コンビという関係。それだって特別なのに、全部塗りかわってしまって戻せなくなりそうで。まだそっとしておいて欲しいというか。
 幻覚はそれらを強引に、乱暴に、『恋』と絡げやがった上で、同居人が墓の下にいくまで、たったあれだけの時間しかないと突きつけてきやがった。中指立ててやりたい。
 さすがのドラドラちゃんのお口からもため息しかでない。おF○ckですわ。感情をネタに弄くり回されて腹立たしいし、それなりにありそうだと思ってしまったことも不愉快。……まて。

「君、女優の知り合いいたりする?」
 幻覚の中でなぜ、あの女性だけははっきり存在したのか。訝しげなロナルド君に向かって、ほらあの、と幻覚の中で彼の妻であった人の名をあげてみれば。
「ああ、依頼貰ったことあるな。ありがたいことにリピーターさんで……なんで知ってるんだよ」
 停止した私に、ロナルド君が狼狽する気配があるが構っていられない。まさかとは思う。いくらビックリ爺のとんでも発明品にポンチ吸血鬼のイカれた影響が出ていたとしても、未来視だなんてことは無い、はずだけれど。
 
 あれは、存外近くにある可能性なのかもというだけで、全力で抵抗する理由には十分だ。あの綺麗なヒトが彼と添った方が、なんて殊勝な事は考えてやるものか。

「決めた」
「あ?」
「未練がましく墓に通うなんて私の流儀に反する」
「お、おう? 墓?」
「バッドエンドになぞ、してたまるか」
 黒く冷たい石に置いた向日葵を思い出す。
 渡すのなら、暖かい腕に。伝えるのなら、真昼の青に。

 目の前の腕を掴めば、珍しく圧されたように後退ろうとする。困惑と照れのあいまった表情に気分は急上昇した。そうだ、逃がしてなどやらない。まずはあの趣味に合わないラブストーリーから外れるとしようじゃないか。
もちろん、選ぶルートは最短だ。

「君が好きだよ、ロナルド君!」