我が輩は吸血金魚である。名前は、デメキンとかキンデメとか好きに呼べ。世界征服の野望を掲げ、現在はロナルド吸血鬼退治事務所、その居住スペース側玄関ドア横を住処としている。
玄関ドア横というのは部屋の中を見渡せる位置である。支配者の席と言っても過言ではない。その支配者の席こそが、我が輩の定位置なのだ。
紆余曲折を経てここを住処としてやっている我が輩だが、水槽より出ることは困難な魚類でもある。自然、この部屋、その住民を観察する事が習慣となった。それぞれの行動パターン、些細な癖。そして視線の向き先。
視線。その話をしよう。
例えば、あの丸い使い魔は何より己の主を見ていることが多い。また、動く物には一旦は視線をやる。この住まいが安全かどうかとは別に、陸の動物の性質だろう。まあ、 同胞 の拵えた菓子か何かに夢中なこともままあるが。野生は遠くなりにけりだな。
ところであの主従の関係は、一般的なものなのだろうか。わからん。擬音をつけると『イチャイチャ』になるんだが。
マジロの主、 同胞 は。アレは騒々しい男ではあるが、視線はそれほどウロウロしない。そう躾られてきたというのもあるのだろう、ゆるりと広く見ていることが多い。そしてやはりと言うべきか、マジロをよく見ている。仲睦まじくて何よりである。相当に長く共にあるだろうにまだ見飽きないというのも凄まじい話だ。
そのマジロの次に良く見ているものは、この住処の本来の家主。退治人でありながら吸血鬼複数と同居する人間だ。
あの退治人。人間基準で言えば相当に逞しくむさ苦しいはずなのだ。しかし、同胞は可愛らしい稚魚でも眺めているように見ている。微笑ましげに、愛おしげに。それだけでない。同時に、隠しきれないじっとりとした熱がちらつく。それが、何ともいえず怖い。お主には何がみえている。プランクトンからようやく抜け出した、透き通るような銀色の可憐な幼魚かなにかか。育てるつもりか。育ててどうする、……いや、止める。怖いので追求はしていない。賢い魚は口を閉ざすものだ。
その推定稚魚である退治人に移ろう。アレの視線を追うのも最近、怖い。
まず目が良いのだろうな。玄関近くから冷蔵庫に貼られた 同胞 のメモを読み取ったりする。我が輩には紙があることもよく判らないというのに。
その目で 同胞 とマジロ、両方を追っている。
以前はあのやたらにいちゃいちゃする主従を羨ましげに見ていた。アレはマジロを大層可愛がっているし、寂しがりの気もある。羨望をもって眺めるのは理解できる。それは確かに、幼気で可愛らしいといえる様子だったはずなのだ。
視線の種類が変わりはじめたのはいつからか。まず視線の配分が変わった。以前はマジロばかり見ていたはずなのだが…… 同胞 に偏る。あの主従はしばしば、お互いを見ていて退治人を気にしない時間がある。それをいいことに好きなだけ眺めている、気がする。その形をなぞるように、焼き付けるように、透かすように。
あれはどういう意味合いだ。善良なるお人好しには珍しく薄暗い色のある視線。恍惚と愉悦の入り混じる、獲物を前にした肉食魚類のそれ。いや違うな。掛けた罠に肉食魚類が喰いつく瞬間を待ち望む視線か? しかしそれにしては妙に熱っぽい。まるで、……止める。繰り返しになるが、怖いので追求はしない。賢い魚は口を閉ざすもので、我が輩は類い希な知性をもつ吸血金魚であるからして。
『知らない方がよいこと』の話になったが、以上である。
……今、わかっているくせにと思った愚かな存在がもしもいるならば、我が輩に血を捧げたあと鶴見川にでも飛び込んで流されろ。
どうせ遠くない先、大騒ぎと共にわからなくてはならなくなるに決まっている。その時まで、知らないことにしておくことも日々の平穏と世界征服の野望には必要であることを、我が輩は知っているというだけである。
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