ななき
2022-10-30 23:40:51
1710文字
Public 吸死
 

気温12℃、体温約37℃の日

(ドラロナ)寒い日。吸血鬼はしまっちゃいたい。
ツイッタにはつけなかったオマケつきバージョン。
※11/1修正

 ソファの肘掛け部分に足を投げ出して横になる。
 私とジョンがこのウサギ小屋に来たばかりの頃に、一番よく見た若造の寝姿だ。機能を生かされず、背もたれが立ったままのソファに収まる身体は、ずいぶん窮屈そうにみえた。
 眠りの浅さも尋常でなく、些細な物音で目を覚ます。ジョンの可愛らしいクシャミでさえ飛び起きる。さすがにそれは大丈夫なのかと問えば、彼は、問題ないと答えた。これは仮眠で、昼にも寝ているからと。眠りの浅さは事務所を構えてからだんだんこうなったから私やジョンのせいではない、とも。
 吸血鬼の前で熟睡できるかよという悪態と拳つきでも、お人好しが過ぎる答えだな。
 だからって騒ぐんじゃねえぞと凄んでみせる目元は、暗くくすんでいた。せっかく見た目が良いのにもったいないと思ったものだ。

 うっすらと煙草の臭いのするソファで、そんな風にとる休息が十分なわけがない。不調と無縁の私にだってわかる。
 体を壊すぞとは、あの頃の私達の距離では言わなかったし、言えなかった。



「なぁんて頃もあったな、ジョン」
ヌッヌヌーあったねー
 木枯らし吹く季節。枯れ草の香りのする河川敷から帰ってきた私とジョンの前には、昨日出したばかりの炬燵。それから、そこに胸元まで入って寝ているロナルド君。気持ち良さそうに熟睡して、私達の帰宅にも気づいていないようだ。
 天板の上にはマグカップと開かれたままのノートPCがある。ヘアバンドをしているから、原稿に取り組んでいたのだろう。マグカップのコーヒーからはまだ香りが漂ってくる。……待て、いつ締切の原稿だ? また締切前後の大騒ぎに巻き込まれるのは御免蒙りたい。あとで確かめておこう。
 それにしても顔がいいな。顔、いいともいう。ついしゃがみこんで寝顔を観察してしまうぐらいにはいい。
 顔色は悪くない。銀の髪はつやつやと光を弾いているし、頬は滑らかで暖かな色をしている。さすが超健康優良児、餌付けの甲斐があると言うものだ。

 しかし、だらしない顔して、まあ。

「今日は鍋だぞ」
 ふと思いついて、耳元に今夜のメニューを吹き込んでみれば、さらに幸せそうに寝顔が緩んだ。口までなにやらモニモニし始めたので、ジョンと顔を見合わせて笑ってしまう。なに、この面白可愛いの。
ヌンヌヌンも
「ジョンも夜寝かい? 寝てるロナルド君あったかいものねえ」
 私のマジロは、炬燵の熱よりロナルド君の体温がお気に入りだ。ジョンがジャージをよじ登ろうとすると、太い腕が緩やかに動いて支えた。アルマジロのくしゃみで飛び起きていたくせに、今や体に触れられても目を開けすらしない。その変化にまた笑った。

 ほどなく二重奏になった寝息に、おかしな気持ちになる。
 今、この部屋を丸ごと棺桶にしまってしまいたい。どこへもなくさないように、いつでも在処を確かめられるように。この体温もコーヒーの香りも同居人達の気配も全部、空気ごと閉じ込めてしまえたら。……なんて、感傷的なのは季節のせいだということにしておこう。
 そうだな、せめて写真、撮っておくか。ロナリスト達にだって見せてやらん一枚として。



 人間ひとより人外が多い部屋の中。吸血鬼の赤い爪が頬にふれても、その使い魔が心臓の上にのっても、噛める距離に牙を近づけられてさえ、銀の髪の退治人は健やかに眠るばかりだ。
 昼の子は小さい巣でふくふくと。これは、そう、は全てこともなし、だ。




◇◇◇



 気まぐれにスマホを開けば、なつかしい一人と一匹の寝顔が出てきた。ちょうど今頃の季節だったはず。
「かぁわいい」
 しまっておけなかったのがつくづく残念。

……ぁにがだよ……
 もすこしいろよ、と蕩けて不明瞭な声がすぐ隣からする。私を探す腕に抵抗しないことで是を返した。
 写真よりさらにずっと前、いつかと同じようにベッドの半分に窮屈に収まっている君。でもまあ、こういう窮屈さなら我慢のしがいもあるだろう。
 マジロ御墨付きの温度を楽しめる時間は夜明けまでだ。だからそれまでは、この狭い寝床にしまわれていてやろうじゃないか。