キッチンでイチャイチャするのが好きだ。より正確には料理しているドラ公にまとわりつくのが好きだ。ここは俺の事務所だが、キッチンはドラ公の陣地である。そのキッチンで構ってもらうのが楽しい、と最近学んだのだ。
構ってもらうためには、いくつかクリアすべきハードルがある。まずはお伺いからだ。後ろから手元を覗く。このとき、まだ身体に触れてはいけない。
「なに作ってんの」
「タルト」
ふーん、といいながら肩に顎を載せる。肉が薄くて収まりは悪い。ともあれ、第一段階クリアである。本当に邪魔なときは、辛辣な「座ってろ」が返ってくるので。そうなったら尻尾を丸めてソファに帰り、ジョンに慰めてもらうしかない。
第二段階は、キッチンの中をあちこち動く工程の最中でないかの確認。邪魔するとおやつなしにされたりするので回避したい。
シンク横には、なめらかなクリームがボウルに鎮座ましまして甘い香りをたてており、その隣には鮮やかな色をした小粒の果物が山になっている。
ドラ公は小さくて丸い金属の型からタルトの皿の部分を取り出しているところだった。時々キッチンでみるビスケットの香りがする。さん、しぃ、ご……今日のおやつだとしたら二つくらい貰えるのかな。
作業がまだ続きそうなのを確認して、そっと腰に腕を回す。手が止まったので身構えたが、作業が再開された。第二段階クリア。
「味見はないぞ」
その少し硬い声で最終段階クリアを確信する。俺の恋人は、普段よく口が回るくせに照れるとそっけない物言いが増える。ちょうど今のような。
そっと首筋に唇をつけてやる。振り払われなければ、最終段階クリアだ。……思った通り、反応は何もなかった。
最終段階がクリアできたら、あとは離れろと言われるまでフリータイムである。煮込み料理中で機嫌がよろしければジョンのついでに撫でてもらえたりするが、お菓子作りでは手が空かない。こうして手元を眺めているだけでも楽しいけれど、さて。
味見。味見かあ。べろっと青白い首筋を舐めると、クリームのボウルに伸びようとしていた腕が跳ねた。知っていたけれど美味しくはない。
他にはどうしようかと考えて、ドラ公の形を確かめたくなってきた。片手を黒いエプロンの隙間に手を突っ込み、手のひらでシャツの下の凹凸を確かめていく。
肋骨マリンバとは良く言ったもので、一本一本がはっきりなぞれる。まさに骨と皮。ただ、ガリガリではあるけど華奢というわけではない。きちんとゴツさはある。繰り返すがガリッガリだけど。
おかげで最近、骨格標本にエロさを感じる。次にY談波を浴びた時は注意しなくてはならない。
さっきから視界に入りこむコレはなんだ。頬に当たるとひんやりする。耳か。唇で挟んでみる。すべすべしている。舐めたいな。でもドラ公は耳が弱い。そこまですると多分追い払われてしまう。我慢だと自分に言い聞かせて身体をすりよせれば触れているところ全部が気持ちいい。俺の熱が移った耳を解放し、肩口に顔を埋めて額をすりつける。いつだか、猫みたいだと笑われた。
いつのまにかドラ公の手が止まっている。タルトはもう作り終わったのだろうか。もう少し時間が掛かってくれてもいいのに。
イヤな予感がするんだけど、と口の中で呟くのが聞こえた。
「作家先生、もしかしなくても脱稿したか」
「した。褒めろ」
「あー、褒める褒める。褒めるから、寝ろ」
「いやだ! 構え!」
眠くない。それよりお前に構われたい。構え。
「やっぱり脱稿ハイか、この鼻息ゴリラ!」
暴れる気配を感じたので腕で押さえつける。タルトが砂まみれになるのは困るしコイツも怒るので、力加減は慎重に。
「じゃあ味見で我慢するからちゅーしろ」
一拍おいて、なぜかため息をつくドラ公。なんだ、お疲れなのはお前のほうか。
「ちゅー」
「あぁもうはいはい、してやるから。ほら腕緩めて」
少しだけ緩めるとドラ公は半身をひねって、ちゅ、と望んだものをくれた。それだけで、ふわふわして幸せになる。やっぱり好きだ。
「もっと」
「味見で我慢するんだろ。少しでいいから寝ろ」
深追い厳禁なのも学習済みだ。でもせっかく原稿も終わったのに。
「起きた頃にはこれも出来てるから」
それなら納得してやろう。
さっきのは味見、って言わせたしな。
◇
まったく毎回毎回面倒な。なんだいジョン、おやつにはまだ早いだろ。うん?いつもと作り方が違うって?そう、包丁も火も使わないレシピだ。この間のハイルド君がコンロの火を掴もうとしたから念の為ね。ほんっとにあの五歳児。……んー? ふふ、面倒なのだって本当だよ。
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