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ななき
2022-09-04 00:14:10
1870文字
Public
吸死
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雨夜の来客
一度やってみたかった、事務所でホラー と 怪異に強いドちゃん。ホラーを目指したけど怖くはないと思います。
CP要素なし。
ザアザア。雨が降っている。新横の吸血鬼達も大人しくなる空模様だ。
ギルドからの連絡もない。依頼も入っていない。今夜は多少なりとも原稿を進めておくことにしようと俺は事務所でPCを開いた。ザアザア。ザアザア。
二行書いては三行消し、白紙寸前の原稿と格闘してどれくらい経ったか。雨は、あいかわらず降っている。ザアザア。隣のリビングがやけに静かだ。同居人達は夜寝だろうか。いつもゲームだ料理だと賑やかなのに。雨音にかき消されているのかも。ザアザア。溺れそうなほどの雨だ。ザアザア。ザアザア。
ヴン、とエレベーターの開く音がした。このフロアのテナントはウチだけだ。依頼人だろうか。ドアの硝子に人影を待ったが、なかなか現れない。
あれ、廊下が真っ暗だ。電灯が切れたのだろうか。ザアザア。雨音がうるさい。ザアザア。依頼人は現れない。暗くて困っているのだろうか。ドアを開けて迎えいれた方がいいだろうか。ザアザア。ザアザア。
腰を浮かせた瞬間だった。
「ロナルドくん」
いつの間にかリビングに続く扉が細く開いていた。その隙間から同居人の声がする。
「ロナルドくん」
同居人は吸血鬼で夜目が利く。だからリビングの光が漏れてこないのは、なにもおかしいことではない。おかしく、ないはずだ。
「ロ ナルドくん」
あいつは、こんなひび割れた声だっただろうか。
「ロ ナル ド くん」
こんな抑揚のない喋り方をするやつだったろうか。
「ロ ナ ル ド く ん」
怖い。応えるのが怖い。音を出すのが怖い。呼吸音すら気になって口を押さえた。
ザアザア。ザアザア。
同居人の声が止んだ。
依頼人は現れない。
扉の奥を確かめる勇気もなく浅い呼吸を繰り返していると、部屋の反対側で、ぱち、と事務所の門番が不意に目を開けた。ぱちぱち。まばたきをして、大きなその目を天井の隅の一つにスッと向けた。薄暗い、角。ジッとみている。廊下の暗闇が滲んできているようで、背筋が泡だった。今、あの角に光は届かない。門番はジッとみている。ザアザア。
依頼人は現れない。
どうして依頼人は現れないのだろう。
どうして同居人は入ってこないのだろう。
どうして門番は部屋の隅から目を離さないのだろう。
ザアザア。ザアザア。ザアザア。
ひやりと急に室温が下がった。いや、ひやりなんてものではない。寒い。心臓が冷たい。肺も手足も凍るようだ。ザアザア。雨音がうるさい。頭蓋の中で直接反響していると思えるほど近くで雨音が。ザアザア。ザアザア。
ザア、
雨音が、不意に止んだ。
ーー耳が痛くなるような無音。
ーー心臓の音さえ響きそうだ。
ピシャ、暗い廊下から濡れた音がした。直後、むわっと強烈な臭いが部屋に流れ込んできた。水、それも動物の死骸の浮いた水の臭い。
ビチャ。これは足音だ。
ピシャ、もう一回。
ピシャン。近づいている。臭いが嘔吐きそうなほど強くなる。
ビチャ。ビシャン。
硝子の向こう、暗がりより一層濃い影が。
……
そう、影が、狂おしい歓喜と陶酔が、俺の胸を満たす。満たされる。ああ、ああ、もうすぐだ。もうすぐ■■■が入ってくる。ずっと待っていた!ずっとずっとずっと!なんと待ち遠しかったことか!早く!早く門を開けなければ!
…
ッワワワワワ!!
突然鳴り響いたスマホの着信音にはっとする。
今、俺は何を。
震える手で通話ボタンを押せば、
「動くな。そのお客様にはお引き取り願おう」
聞き慣れた、滑らかなテノール。
同時、バチンッと照明が落ちて。ーー数瞬のあと、音もなく点灯した。白々と、いつもどおりの事務所。
キィと微かに軋んで居住区との境が開く。
「もういいよ、すんだから」
リビングの明かりを背負って、スマホを耳に当てたままの同居人が事務所へ入ってきた。
すんだ?済んだ?澄んだ??なんでもいい。
急に身体から力が抜ける。崩れるように椅子にもたれて、ガチガチに緊張していたことを自覚する。ぐっしょりと全身いやな汗をかいていたことも。いつでもこの身を動かせるべき退治人だというのに情けない。
ビッ!!門番が一声あげた。目をやれば、にこりとしてからスリープモードに移行する。それが守るドアの硝子には廊下の白い明かりが透けているし、ジッと見つめていた天井の隅は皓々と照らされて薄暗くなどない。
「ここは本当に妙なものが沢山来るねぇ」
呆れたような、面白がるような言葉を聞きながら、俺は大きく息を吐いた。助け、られたのだろう。
ザアザア。雨音がかすかに聞こえている。
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