夜明 奈央
2024-05-06 14:23:28
4543文字
Public 中太SS
 

中也誕生日2024

18歳の誕生日と7年後の誕生日 誕生日を意識しているのに祝いはしない太宰
2024年4月29日初出

中也18歳の誕生日 4/29 0:00

 時計の針が2つとも天辺を向いた直後、携帯端末にいくつかの着信があった。親しい友人たちが誕生日祝いのメッセージを寄越したらしい。それを認識するかどうかというタイミングで、玄関チャイムが鳴った。
 心当たりを探るが、特に思いつかない。深夜に誕生日を祝いにやってくるような愉快な友人たちは次々にいなくなってしまった。何か緊急の呼び出しでも、と携帯端末をチェックするが、新着に並んでいるのは先程確認したのと同じ、何の裏もない誕生日を祝う内容ばかりだった。
 マフィアは夜が本分だ。まさか暗殺者が律儀に玄関チャイムを鳴らすとも思えないが、連絡もなしに家まで訪ねてくるとなると、穏やかな用件ではない可能性が高いだろう。
 警戒しつつゆっくりと玄関に近づいていくと、訪問者は焦れたのかチャイムを連打し、扉を叩き、ドアノブをガチャガチャと回し始めた。
 いよいよ穏やかではない。すぐにでも攻撃できるように、懐に忍ばせていたナイフの柄を握りしめる。
 と、突然騒がしい音の一切が止み、代わりにカチャカチャと小さな金属音が聞こえ始めた。まさか、ピッキングでもして開ける気か。様子を窺っていると、扉はあっさりと開かれた。すぐさまナイフを構えるが、扉の先にいるのは見慣れた相棒だった。
 かつて、何度もここへこうして押しかけてきた。けれど太宰である可能性は、中也の頭には欠片も過ぎらなかった。
 何故ならもう、半年はここに来ていない。
「もう! いるんならさっさと開けてよね!」
 中也の返事も聞かず、太宰は我が物顔でさっさと部屋の中へと侵入してくる。以前と変わらぬ遠慮のなさだった。
 顔を合わせたの自体、いつ振りだろうか。
 幹部に昇進してから、顕著に会う機会が減った。仕事を共にすることも、こうして中也の家に押しかけることもなくなった。以前にも増して活躍を耳にするので、忙しくしているのだろう。どうやら“友達”ができたらしいこととも関係があるかもしれない。
 会えば話をするし、都合が合えば食事を共にすることもある。けれど毎日のように顔を合わせていた頃とはやはり、違っていた。
「なんなんだよ、こんな時間に」
「さっきまで仕事してたから夕飯食べてなくてお腹ぺこぺこなんだ。何か作ってよ」
「手前話聞いてんのか?」
 成立しているのかどうか怪しい会話を交わしながらも、部屋へ招き入れた。追い出す方が面倒だと知っている。リビングへ到着すると、太宰は中也の目前にずいっと白い箱を突きつけた。そこで中也は、太宰が手ぶらではなかったことに初めて気がついた。
 厚紙でできた、太宰の手の中に収まるくらいの小さな箱。中に納められているものが何かくらい、容易に想像がつく。
「今日、誕生日でしょ」
 差し出されるままに受け取って蓋を開けると、ケーキが2切れ入っていた。抹茶のロールケーキとチーズケーキが1切れずつ。どちらが中也の分のつもりなのか、それとも遅い時間で同じものが買えなかったのか。端にはチョコレートのプレートがある。上から覗いただけではわからないが、おそらく「誕生日おめでとう」とかその辺りのことが書いてあるのだろう。
 なんだ、可愛いところもあるじゃないか。つい吐息が溢れてしまったのは、仕方がないだろう。太宰がなんだか居心地悪そうに見えて、余計に楽しい気分になってくる。
「ケーキはデザートだよ」
 不貞腐れたように言う姿は、全く祝いに来たようには見えないけれど、太宰らしいとも思った。カップ麺ぐらいなら、作ってやってもいい。

 くだらない会話をあれやこれやと交わしながら、太宰にカップ麺を振る舞った。気分が良いので、トッピングに卵とハムを追加してやる。太宰はそれに相変わらず可愛くない難癖をつけてくるけれど、今日に限っては気にならない。
 だって、たまたま会ったわけでも、仕事場でもなく、わざわざ家まで誕生日を祝いに来たのだ。それもケーキまで持参して。
 誕生日にこだわる程餓鬼じゃない。けれどこうして覚えて祝ってくれるというのは、素直に嬉しい。それが例えいけ好かない相棒であっても、心が浮き足立つのを感じる。
 太宰が夕食を食べ終えるのを待ってから、ケーキの入っていた紙箱を開いた。皿を出すか少しだけ悩んで、面倒になってそのままフォークを突き刺す。ここにいるのは中也と太宰だけだ。行儀やマナーを気にする人間はいない。
 やっぱり「誕生日おめでとう」と書かれていたプレートは、ケーキには載せずそのまま中也の口の中へと消えた。
 どちらがどちらを食べるという話もせず、各々好き勝手にケーキをつつく。2つの味を交互に口に運びながら、時折噛み合わずにフォークがぶつかる。
「手前誕生日とか興味なさそうなのに」
 言ってから、そういえば去年も一昨年もちゃんと祝いに来たなと思った。
 今日ここに来てから「おめでとう」なんて言葉を掛けられた記憶はないし、去年までだって同じような気がするけれど、それでも中也は“祝われた”と認識している。それでいい。
 太宰は一瞬きょとんと目を丸くして、それから何かを含んだようににやりと笑った。
「そうだね」
 太宰はふふふ、と意味深に笑うばかりで、それ以上は何も教えてくれなかった。
 太宰の考えていることがわからないのなんていつものことだ。だから中也も、それ以上深く考えることはしなかった。


中也25歳の誕生日 4/29 23:50

 もう少しで日付が変わろうという頃になって、玄関扉の鍵が開錠される音がした。昔はピッキングで不法侵入していたものだが、今は正規の合鍵を使っているはずだ。
「ただいまー」
 玄関から平坦な声が聞こえてきて、来訪者が予想通りであることを知る。朝からとんと姿を見せなかった同居人だ。今日中には姿を見せるだろうと思っていたのだが、まさかこんなにもギリギリになるとは予想外だった。
「遅かったじゃねぇか」
 待ち望んでいた相手をジロリと睨みつけると、太宰は大袈裟に肩を竦めた。
「そうかな? もっと遅い日だって少なくないし、約束はいていなかったと思うけど」
「すっとぼけんじゃねぇよ。今日が何の日かわかっててあんなもん送ってきたんだろ?
 ――「送った」
 それが、太宰の帰りを今か今かと待っていた理由だった。昼間届いた中也宛の荷物。差出人の住所や名前は、おそらくどちらも出鱈目だろう。けれど、太宰が昨晩から姿を見せないから、すぐにピンときた。太宰本人も、おそらく隠すつもりはない。
「もちろん。でも君、誕生日なんてそんなに気にする方だった?」
「気にしてんのは俺より手前の方だろうが」
 小さく笑いを溢しただけで、返事はなかった。「おめでとう」の言葉もない。
 昔からそうだった。太宰は中也の誕生日を祝わない。だからといって、“何もしない”わけでもない。
 餓鬼じゃあるまいし、誕生日を祝われなかったぐらいで不貞腐れることはない。この歳になればわざわざ祝う必要さえない気がしてくる。「ああ、今年も一つ歳を取ったんだな」と事実を確認するだけだ。
 傍目から見れば、太宰はその筆頭であろう。実際自分の誕生日には特に感慨もなさそうだし、頓着しない。祝われると鬱陶しそうな顔を隠しもしない。だというのに、中也の誕生日は欠かさないのだから、不思議なものだった。
 何度か尋ねたことはあるが、今日のようにのらくらと躱すばかりでまともな答えが得られたことはないし、今更得られるとも思っていない。だから早々に諦めて別の話題に切り替える。
「あれ、何味なんだ?」
 あれ、とは太宰が送りつけてきたものだ。中身は大方予想できているから、まだ開けていない。
「開けてないんだ?」
「手前が帰ってきてから開けようと思ってな。そのつもりでわざわざ“冷凍”にしたんだろ?」
「どっちかというと、いくら君でも1日に何個も食べるのはそろそろしんどい歳かと思ってだったんだけど」
 開けてはいない。が、それがケーキであることはなんとなく予想がついた。何故なら太宰が買ってくるのはいつもそれだったからだ。わかっていたから、ここ数年は祝ってくれる面々にもケーキの類は断っている。
“誕生日にはケーキ”
 その発想自体を否定するつもりはない。好んで食べる程ではないが嫌いではないし、何より定番だ。あまりに甘いものは苦手だが、それはちゃんと考えているようで、太宰が誕生日に寄越すのは抹茶やチーズなんかの食べやすいものばかりだ。
 でも、それならもっと、中也の好みに合ったものをくれればいいのにと思う。以前から欲しいと思っている葡萄酒――は無理でも、つまみだの調味料だの、太宰がその気になれば中也がもっと喜ぶものを選ぶことができるはずだ。なんならそちらの方が容易だろう。
「今年はチョコレートだよ。リキュールたっぷりのやつ。君なら酔っちゃうかも」
「流石にそんな簡単に酔わねぇよ」
 その口ぶりなら、事前に1人で試食したのかもしれない。やっぱりそれなりに手間が掛かっているようだ。“嫌がらせ”には手間を惜しまないことを知っているが、それ以外でとなると、中也の誕生日以外にはそう思いつかない。
 そう考えるとおかしくてたまらない。笑いながら冷蔵庫に入れていた箱を取り出すと、太宰は呆れた目を向けた。
「私と食べるつもりなんじゃなかったの?」
「どうせ帰ってくるつもりだったんだろうが」
 いくら冷凍のケーキでも、“解凍”してしまえばそう長持ちはしない。だからこれは一種の賭けではあったのだが、少なくとも明日中には帰ってくるだろうと思っていた。根拠はない。
 箱を開けると、太宰が言った通りアルコールの香りが鼻をつく。酔いはしないだろうが、仕事の前に食べるのは多少気が引ける。マフィアの仕事に“アルコール禁止”なんて規定はないが、酔っていてもできる程甘い仕事でもない。
 昼に届いてすぐに冷蔵庫に入れたケーキは食べ頃だった。半分に切り、皿に載せる。紅茶か珈琲でも準備するべきだったかと今更ながらに思ったが、太宰がさっさとフォークを突き立てたから、後で考えることにする。中也のために買ってきたはずなのに、遠慮も何もないらしい。
 太宰が口に含んでもくもくと咀嚼するのを眺めながら、苦笑を溢した。
「手前、祝う気あるわけ?」
「え、ないけど」
「ないのかよ」
 長年そうではないかと薄々思っていたのだが、まさかこうもはっきりと肯定されるとは。
「じゃあ、なんで毎年ケーキ買ってくんの?」
「誕生日といえばケーキじゃないの?」
「そこは否定しねぇけど。俺が別にケーキ好きじゃないの知ってんだろ」
「だからだよ」
 太宰がフォークを口に咥えたまま、ゆるりと目元を緩ませる。
「祝うつもりはないよ。でも誕生日を意識するのなんてヒトくらいだからね。君も私も人間なんだから、その文化には乗ってあげてもいいかなって」
 時計の針が一目盛分進む。長針と短針はぴったり重なって、真っ直ぐ上を示していた。
 長く聞けなかった。太宰の本音の一端を聞いた気がした。


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