夜明 奈央
2024-05-06 14:22:11
2540文字
Public 中太SS
 

ただ手を繋ぎたいだけ

「ただ手を繋ぎたいだけ」の中也とそれに動揺する太宰の話
2024年4月7日初出

 最近の中也は、私に何か言いたいことがあるらしい。本人は気づかれないようにしているつもりなのだろうが、私からすればバレバレだ。とはいえ、内容に深刻さは感じない。どちらかといえば初恋の中学生のような雰囲気だ。
 幼い頃から裏の世界に身を置いていたから、私も中也も真っ当な恋愛や交際とは無縁だった。初体験はお互いにほとんど興味本位だったし、遊びで付き合った女も1人や2人ではない。それについてどうこう言うつもりもないし、特に不満もない。
 けれどその中也が、今更初恋のようにそわそわしているのである。そりゃあこれを面白がらずしてどうするという話である。
 中也の行動に違和感を覚え始めてから、2週間程が経過した頃だった。夕食も風呂も終え、寝るまでの時間をだらだらとソファで過ごしていると、隣の中也が静かに深呼吸を始めた。
 おや、と思う。意識してみれば、隣から伝わる体温が普段より高いような気がするし、いくらか表情も硬い。なんだろうといくつか理由の候補を頭に浮かべてみて、ここのところ何かを言いたそうにしてる件かな、と見当をつける。
 ついに決意をしたらしい。わくわくと心が浮き足立つ。当然、揶揄って莫迦にしてやるつもりである。中也の異変になど気づいていない振りで、先程までと同様のんびりと端末を眺めている。その間も、中也の挙動に全神経を集中させている。
 今か今かと逸る気持ちを抑えて待っていると、ソファに投げ出していた私の右手の甲に中也の指先がそっと触れた。それがあまりにも丁寧で優しくて、初めて赤ん坊を抱っこする母親のようで驚いてしまう。
 君、初めてセックスした時だって、そんなに丁寧じゃなかったじゃないか。
 反射的に脳内で突っ込みを入れて、笑ってしまいそうになる。だがまだ早い。まさかここで終わりではないはずだ。中也が本当は何をしたいのか、もしくは言いたいのか。揶揄うのはそれを見極めてからにしなくてはならない。
 反応しそうになるのを堪え、じっと動かずに待つ。すると、最初は指先だけが触れていたのが、だんだんと触れる面積を増やしていき、やがて右手全体を包み込んだ。されるがままになっていると、包み込んだ手を握りしめるように優しく力を込められる。中也の手は緊張の為か、うっすらと湿っている。
 そこで中也の動きは止まった。引き寄せるでも何かを話し始めるでもなく、ただ握りしめている。それが不可解でちらりと様子を窺うと、中也は顔を見られるまいとするかのようにそっぽを向いていた。けれど完全に隠しきれてはいなくて、満足そうにほんのりと緩められた口元が見えている。
 まさか、これだけなのか?
 浮かんだ考えは、俄かには信じられなかった。けれど重要な話の前置きとか、セックスの誘いとか、他に浮かぶ様々な可能性は、どうにもしっくりこない。
「どうかしたの?」
「別に」
 内心の動揺を隠して尋ねてみるが、まともな答えは返ってこない。
 本当に手を繋ぎたかっただけなのか? 何のために?
 手を繋いだことぐらいもちろんある。立ち上がるのが面倒で甘えて手を引っ張ってもらったり、あっちだよ、と方向を示してやったり。それに抵抗はないけれど、だからといって特別“手を繋ぎたい”と思ったこともない。
 セックスは娯楽みたいなものだ。お互いを征服したような優越感とか、少しの独占欲とか単純に性欲処理とか、その他諸々。言い始めたらキリがないような複雑な感情が絡み合っているのは確かだけれど、セックスするのにはお互いに理由がある。じゃあ、手を繋ぐのには、何か理由があるのだろうか。
 試しに繋いでいる手の上下をひっくり返してみると、私の指の間に中也の指が入って、しっかりと絡めとられる。もう気づいていない振りなんて無駄だ。それでも顔を向けることはできない。
 考えれば考える程に、この状況が気恥ずかしくて堪らなくなってくる。どうして理由もなく黙って手なんて繋いでいるのだ。けれど、もし本当に“手を繋ぎたかった”のだとすれば、言い出しづらいのもわかる。そう気づいてしまえば、最近中也が手をこまねいていたのはやはりこれなのだろうと確信を持ってしまう。
 なんだそれ。なんだそれ。それでは私のことがめちゃくちゃ好きみたいじゃないか。
 顔に熱が集まってきそうになるのを、バイタルをコントロールして平静を装う。中也の顔がほんのりと紅く染まり始めているのがわかるが、私は決してそんな醜態を見せるわけにはいかない。そう思っていたのに、どうにも我慢ならなくて中也の様子を盗み見た視線がぴたりと絡み合った。
 その顔がどうにも情けなくて、我慢していた笑いがつい漏れてしまった。
 だって、今更こんなことに囚われているなんて、莫迦みたいじゃないか! 中也も、もちろん私も。
 それが照れ臭さからきていることはわかっている。中也に伝わってしまったって、構わなかった。それより、このわけのわからない甘ったるい空気をどうにかして払拭する方が重要だ。
 一応恋人なんて関係に収まってはいるが、愛を囁き合うような関係ではないのだ。女性になら1日中だって愛の言葉を紡ぐことができるけれど、それを中也相手にするつもりなんてない。少なくとも私は。中也にだってそうであってほしかった。
「おい、笑うなよ」
 中也が苦言を呈すが、それにもあまり覇気がない。自分が笑われても仕方のないことをしたと自覚しているのだろう。
 一頻り笑ってから、軌道修正を図ることにする。私たちは理由もなくただ手を繋ぐような関係ではない。中也が望むなら考えてやってもいいが、あまりに性急すぎる。だからこの行動に、何らかの理由付けをしたかった。
「ねえ、セックスしようか?」
 中也は一瞬面食らったようだったが、すぐに渋い顔をする。私の意図が伝わったらしい。安心して立ちあがろうとしたのに、繋いだままの手を引っ張られて、それは叶わなかった。
「そういうんじゃなくて」
 繋いだ手にぎゅっと力を込められる。手の平が湿っているのは、もう中也の手汗だけが原因ではない。
 中也は居心地悪そうに口元をむにむにさせていたが、その先の言葉を飲み込んではくれなかった。


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