夜明 奈央
2024-05-06 14:11:16
1854文字
Public 中太SS
 

ほんの少しの特別

本編軸中太のバレンタイン
2024年2月14日初出

「ん〜っ! 美味しい」
 大袈裟な歓声をあげる太宰の目の前には、山と積まれたチョコレート。最初は貰ったのかと思ったが、どうやらバレンタインの催事場で自分用のチョコレートを買い込んできたらしい。こいつは普段あまり食事に興味がなさそうなのに、こういうよくわからないタイミングで謎の執着を見せるので何年経っても理解できる気がしない。
 その様子を横目でちらちらと覗いながら端末でアプリゲームに興じている振りをしている俺は、なんと滑稽だろうか。
 イベントに乗っかるなんて俺たちの柄じゃない。だから去年同様、チョコレートなんてものは用意しなかった。けれど、目の前でこうもあからさまに見せつけられると、どうしても俺の分はないのかと不満が湧いてくる。
 いや違う。バレンタインチョコが欲しいわけではない。そうではなくて、ただ単にこうして見せつけられるのが気に食わないだけだ。言い聞かせているみたいになってしまうが、クリスマスも誕生日もそれ以外だって、まともに何かを贈り合ったことなどないのだ。そんな自分たちに、バレンタインなんてあまりにも似合わない。
 気も漫ろだった所為で、端末にはあっという間にゲームオーバーの文字が表示されてしまった。「Retry?」の文字が点滅するのをじっと眺める。普段なら迷わずこのボタンを押すのだが、今はそういう気分にはなれなかった。
「なあ」
「なあに?」
「それ、美味いの?」
「そりゃあもう」
 ここで「食べる?」などという言葉を期待してはいけない。太宰にそんな優しさは存在しない。
 チョコレートは太宰の唇に次々と飲み込まれていく。指と唇についたココアパウダーの1粒さえ惜しいとでもいうように舐めとっている。
 あんな甘ったるいもの、よくぞまあそのペースで消費できるものだ。皮肉ってみるが、予想外にハイペースで消費されていくチョコレートを欲する気持ちがどうにかなるわけではない。
 早くしないと、今にも全て太宰の胃の中に吸い込まれていってしまいそうだ。せっつかれるような気持ちで、ようやく欲を口にした。
「それ、俺にもひと口くれよ」
「やだ。これ1粒1000円もするのだよ? どうせ『甘い』しか言わない馬鹿舌にはもったいない」
「誰が馬鹿舌だ」
「その通りでしょう。その辺のコンビニで買えるものと一緒にされては困るのだよ」
 反論しながらも、思いの外高級らしいことに多少怯んでしまう。「たかが1000円ぐらい」という気持ちもあるが、チョコレートなんてコンビニの数百円のものをたまに食べる程度だ。如何にも高級そうな外観からまさかそれと同程度とは思っていなかったが、“チョコレートとして”高級であることは間違いない。
 だが即座に頭の中で計算式が組み立てられ、太宰が水のように干してしまうワインだってひと口1000円は超えているだろうと気づく。それを指摘しようとしたが、それより早く口に何かを押し込まれた。すぐに舌に特有の味が広がって、チョコレートだとわかる。ざくざくとしたパフが練りこまれていて、甘ったるいばかりの物でもない。
「君にはそれで十分だよ」
 太宰がポケットから取り出して見せたのは、コンビニで見慣れたパッケージだった。太宰が時々摘まんでいるのも見たことがある。食べたことはなかったが、こういう味だったのか。おそらく人気商品なのだろうとは思っていたが、それもなんとなく頷ける。
 目の前で見せびらかすように食べられるのが気に食わなかっただけで、1粒1000円するというあのチョコがどうしても欲しかったのかというと、そんなことはない。普段は特に食べたいとも思わないチョコレートは、1つ食べれば十分だった。だから感情的にも胃袋的にもそれでなんとなく満足してしまった。「食わせろ」とごねて太宰を説き伏せるという難関を乗り越えてまで食べたいとは思わなかった。
 片手に持ったままだった端末の画面は問答の間に暗くなっていた。ボタンを押して点灯させると、先程と同じ「Retry?」の文字が点滅している。選択してゲームをスタートさせる。
 不思議そうな太宰の視線がしばらくこちらを向いていたが、俺の興味が失せたことを悟ったようで、やがてそれもなくなった。
 今度こそ“振り”でなくゲームに興じながら、あれが太宰からもらう最初で最後のバレンタインチョコになるかもしれないと思う。そう考えればなんだかおかしかった。せっかくだからホワイトデーには、同じくらいの物を用意してやろうと思った。


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