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夜明 奈央
2024-05-06 14:10:06
2056文字
Public
中太SS
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蓋の下に閉じ込めた
BEAST軸のバレンタイン
2024年2月14日初出
その日、いつもと同じように出社した俺を、太宰の秘書をしている銀が呼び止めた。
「日頃お世話になっている中也さんと首領に」
そう言って差し出された紙袋を見て、その日の日付と“バレンタイン”という行事が結びついた。もうそんな時期か、と感慨深い気持ちにもなる。毎日の日付ぐらいは認識しているが、ただの数字になって長い。いつの間にか季節の感覚さえ遠くなってしまった。
「もちろん検閲済みです。首領には中也さんからお渡しいただければ」
疑っていたわけでもないが、検閲済みの印を見せられた。促されるままに受け取ると、「本日の予定です」と早々に業務に戻っていく。まさかこれが本命じゃないかなんて邪推することもないが、あまりに淡々としている。本当に形式上のものなのだろう。
首領の執務室に入ると、太宰は既に仕事を始めていた。俺の入室に気づいているだろうに、見向きもせずに目の前の仕事を進めている。近づいて、貰った紙袋の内の片方を執務机の上に置く。
「銀から」
「そう。後でお礼言っておかないとね」
たぶん、それでこの話は終わりだ。中身は太宰の口に入るどころか、視界に入ることさえない。ここに届く数々の贈り物と同じように焼却処分されるだろう。
銀だってそれぐらいは予想できていただろうに、それでも律儀にこの行事を続けるのは楽しみたいだけなのか、はたまた辞め時がわからないだけか。来年は不要だと先に伝えておくべきかもしれない。
太宰はある時を境に寝る間も惜しんで仕事に打ち込むようになった。睡眠を極限まで削り、食事中も仕事に励み、排泄ですら必要最低限。そんな生活をもう半年程続けている。どうにかして休ませようと俺を含む部下一同であらゆる手を尽くしてきたが、効果は芳しくなかった。
去年のバレンタインは銀も直接渡していたし、太宰も美味そうだとにこにこ笑っていた。俺は太宰との賭けに負けて、「美味しいチョコが食べたい」と訴える太宰に催事場で高級チョコをしこたま買わされた。それがたった1年前のことだ。
太宰がどうしてこうも変わってしまったのか、俺には見当もつかない。何を聞いてもはぐらかされ、とうに諦めてしまった。ただ指示された通りに24時間体制の警護を務めて、守り続けるだけ。昔のように自殺行為はしなくなったが、あの頃よりずっと死が身近に感じられる。本当に警戒すべきは暗殺より過労死だろう。
銀からの贈り物を執務の邪魔にならないように取り上げると、代わりに四角い包みが置かれた。意図がわからなくて視線だけで問う。
「私から君へのバレンタインチョコ」
「ありがとう
……
ございます」
内心困惑が渦巻くが、口からは自然に礼の言葉がついて出た。手に取って、しげしげと眺め、ひっくり返して裏側も見た。見ただけで、何を確認したかったわけでもない。
「これ、どうしたんですか?」
太宰は毎日休むことなく仕事に勤しんでいる。こんな物を買いに行く時間があったとは思えない。部下へ指示したりネットで購入したりは可能だが、そこまでして俺宛のチョコを準備する理由もわからなかった。
「恋人なんだから、チョコぐらい渡すでしょ」
「恋人
……
」
思わず復唱して、受け取った紙袋を再度覗き込む。
かつて、俺たちは確かに恋人だった。けれど最後に触れ合ったのがいつだったかさえ思い出せないような今、その関係が持続しているとはとても思えなかった。別れ話をした記憶はない。それでも、今はもう俺たちはただの上司と部下のはずだ。
真っ先に浮かんだ感想は、「何を企んでいるんだ?」だった。そんなことを問うたところで、太宰から真っ当な返事が得られるわけがないのでやめた。ここで「まだ恋人のつもりだったのか」なんて喜ぶのはお門違いだ。
恋人として繋ぎ止めておくつもりがあるのなら、こんな物を渡すよりもっと効果的な方法あったはずだ。毎日一言、業務外の会話をするとか、そんなことで良かったはずだ。
そんな他愛ないことを怠っておいて、今更何を言い出すつもりかわからない。反吐が出る。
「こんな物いつの間に用意したんですか。そんな暇があるなら休んでください」
「ああ、そうだね」
太宰の視線は、書類の上を淀みなく辿り続けている。傷ついた素振りのひとつでも見せれば可愛げもあったというのに。
突き返してやろうかとも過ぎったが、それもできずにポケットに仕舞い込んだ。
中身は、ただのチョコレートだった。俺でも知ってる名店の、チョコレートにしては高級な部類に入るそれは、口の中でとろりと溶ける。滑らかな舌触りと意外にもさっぱりとした後味で、何個でもいけそうだった。
かつての太宰なら、こんなもの絶対に寄越さなかった。これが安物の駄菓子やウケ狙いの奇抜な物なら良かったのに。いっそ中身が爆弾なんてオチでもいい。実は唐辛子入りのロシアンチョコレートだったりしないだろうか。
これがただのチョコレートだなんて思いたくなくて、見えないように蓋をした。
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