シャワーを浴びていると、脱衣所の扉が開く音が聞こえた。どうやら太宰がやってきたらしい。特に気にも留めずにいたが、俺がシャワーの水を止めたタイミングで見計らうようにして扉が開いた。
太宰が顔だけひょこりと出して、にこにこと楽しそうな笑顔を浮かべている。
「あのね、今日えっちな下着用意してるの」
タオルそこに置いといたよ、ぐらいの気軽さでそれだけ言うと、そそくさと扉を閉じ、脱衣所を出ていった。
なんで急に……? 内心困惑が襲う。今までセックスにそんな小道具を使ったことなどほとんどない。それなりに長い付き合いなのでゼロではないが、今までは何かしら理由があったはずだ。理由というのは「貰った」とか、そういうのだ。お互い積極的にセックスに刺激を求めるようなタイプではない。そんなことしなくても十分満足している。それは太宰だって同じだろう。
そうなると「えっちな下着を貰った」ことになるわけだが、そんなことあるのだろうか。マフィア時代ならそういうこともあった。傘下に夜の店があるし、裏社会はそういったことに対して明け透けな部分がある。実際かつて色々楽しんだ媚薬だの大人の玩具だのの提供はその辺りだ。
しかし、今の太宰は昼の仕事だ。例えば依頼人が風俗店の経営者だったとして、礼としてそういう物を渡すとは考えにくい。流石に別の女からのプレゼントを俺とのあれこれに持ち出すほど情緒のない男でもないはずだ。
もしかして、買ったのだろうか。太宰がえっちな下着を選んでいるところを想像して、喉奥からぐっと熱いものが込み上げてきた。わざわざ、俺のために? 太宰はどんな物を選んだのだろう。セクシーな黒、清楚系の白、いや、可愛らしいピンクかもしれない。待て、“えっちな”というからには穴が空いているとか、スケスケだとか、そういうのも期待できる。太宰が着けているところを想像すれば、下半身が緩く力を持ちはじめる。
太宰の思う壺だとはわかっていたが、わざわざ事前に言ってきたぐらいだ。当然こちらに期待させるのが目的だろう。
そこから先、どうやって風呂を終えたのかいまいち覚えていない。シャンプーとコンディショナーを2回ずつしたような気がするし、背中を洗ったか怪しいが許してほしい。動揺させたのはそっちなのだ。
しかし浴室を出てすぐに見覚えのないものが視界に入った。入浴前に用意したいつもの下着の代わりにあったのは、ギラギラと下品に輝くスパンコール。にょきりと突き出した棒状のものは鼻で、左右に広がる丸いものは耳だろう。おそらく象を模していると考えられる。
嫌な予感しかない。
おそるおそる手に取ると、安っぽいぬいぐるみのような目がぎょろりとこちらへ向いた。後ろには用途不明の紐が垂れ下がっている。
――嘘だ、用途不明などではない。なんとなく予想はついている。俺の下着の代わりに置いてあったそれは、太宰が用意したパンツだろう。たぶん。信じたくはない。この鼻の部分に局部を入れるのだろうとか、この紐は要するにTバックなのだろうとか、わかる。わかってしまう。わかりたくなかった。そしてもうひとつの絶望的な事実にも同時に気づいてしまった。
さっき太宰の言ってたえっちな下着って、これのことじゃね……?
スパンコールの安っぽい輝きはえっちな雰囲気とは程遠い。あれだけ元気だったはずの下半身が萎んでしまうぐらいにはドン引きしている。が、後ろから見れば確かにセクシーだろう。Tバックだし。てっきり太宰が着けるのだと思っていたが、よくよく思い返してみれば「えっちな下着を用意している」と言っただけで、“誰の”とは言っていない。
湯上がりの身体が気化熱でどんどん冷めていくのに呼応するように、頭も下半身もみるみる熱を失っていく。
セックスのスパイスとしてなら俺が着けたって構わない。だが、もっとマシなものが間違いなくあっただろう。どう考えてもこれは嫌がらせの方だ。
一旦視界からそれを排除して身体を拭く。冷静になった頭で再度確認したが、やはり見間違いではない。駄目元で事前に自分が用意していた下着を探してみるが、太宰がそんなヘマをするわけもなかった。
仕方なく、バスタオルを腰に巻いて太宰が待っているであろう寝室へ向かった。手には一応そのTバックを持って。
「おい太宰! なんだこれはふざけてんのか!」
「えー、なんで着けてくれてないの?」
「誰が着けるかこんなもん!」
太宰はすぐに俺の手の中にあるTバックに目を留めて、クスクスと笑った。莫迦にする気満々だ。
ラフな部屋着の大きめに開いた首元から、包帯の巻かれていない素肌が覗いている。俺のベッドで俺に抱かれるのを待っていること自体は可愛らしいのだが、やっていることはそれとはほど遠い。
「えっちな下着、楽しみにしたでしょ?」
「……した」
急に雰囲気を一転させて、艶めかしさを滲ませる。素直に認めるのが悔しくてしばし逡巡したが、どうせ筒抜けなのですぐに諦めた。
「私も中也がえっちな下着着けてるとこ見たい」
「……これ、えっちか?」
「えっちでしょ」
太宰の右手が中也の尻へと回される。タオル越しにねっとりと這い回るのに、身体の内にほんのりと熱が灯る。太宰がにんまりと口角を引き上げた。
「中也の可愛いお尻が見えてるとこ見たい」
「裸でいいじゃん」
「君だって、私のえっちな下着見たかったんでしょ? その台詞、そっくりそのまま返すけど」
そう言われると反論できず、ぐっと言葉を飲み込む。
「ね? 履いてよ」
俺の右手を取ってちゅっと手の甲に口付ける。いつになく可愛らしいおねだりだが、そんなので流されてやるほど甘くない。まだ尻を這い回っている手を叩き落とした。
「にしたってもっとマシなのあっただろ。こんなん気が散って勃たねぇっつの」
「えぇ〜、せっかく君のために準備したのに……」
そして自分の部屋着のズボンに指を掛け、焦らすようにして少しだけ下ろした。太宰の身体のラインを強調するように、細い紐が腰骨に沿うように這っている。明らかに普段履いている色気の欠片もない下着ではない。
「見たいでしょ?」
下ろしたズボンは、すぐに元のように整えられた。今度は脹脛に手を添えられ、徐々にそれが上がってくる。先程のようにタオル越しではなく、素肌の上を直接。太宰の手が温かくて、こいつもその気なのだとわかる。
知らず、ごくりと唾を飲み込んだ。
太宰の手がゆっくりと内股を辿っていく。皮膚の表面だけを掠めるようにそろそろと中心へと向かっていき、核心に触れる前にぴたりと止まった。無意識に腰を押しつけると、太宰の手がすっと遠のいていく。
「だーめ、スるならそれ履いてくれないと」
急に現実に引き戻されて、左手に握りしめたままのそれを見た。ちょうどよく目が合う。
「いや、ないだろこれは」
「あ、そう。じゃあ今夜はなしね」
「それもないだろ」
強引に丸め込むつもりで唇を寄せたが、触れる前にぐいっと押しやられる。
「だーめ。でもそれ履いてくれるなら今日のセックスは最後までこれ履いててあげる」
「最後までって……」
「これ、穴空いてるからそのままでも突っ込めるんだよね」
太宰は再び部屋着のズボンを引き下げた。ゆっくりと焦らすように、先程よりも少しだけ余分に引き下げられる。陰毛とそれを囲うように巡らされた下着の紐がちらりと覗いた。
「君のは挿入れる時脱ぐんだし、そんなに気にすることなくない?」
それもそうか? という気になって、天秤がぐらりと傾く。
「どうしても勃たないっていうなら仕方ないけど」
「そんなことないでしょう?」と問いかけるように、ゆるりと流し目を向けられる。先程は触れなかった中心部を、タオル越しにそっと撫でられた。
「お預けとどっちがいい?」
ここまで言われれば、俺は白旗を上げるしかないのだった。
「わーかったよ! 履けばいいんだろう履けば!?」
「うふふ。楽しみにしてる」
そうして乗せられた俺の下着姿を見て太宰は腹が捩れるほどに笑い転げ、事に及ぶまでに長い長い時間を要したことは、追記しておく。
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