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夜明 奈央
2024-05-06 14:03:36
2328文字
Public
中太SS
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結婚の条件
プロポーズしたら無理めの条件を提示されてしまった中也の話
2024年1月27日初出
「結婚してくれ」の返事が「しばらく立て込んでるから無理」だった。
うん、まあそういうこともあるだろう。
毎晩のように俺の家に来てソファでだらだらと酒を飲んでいる奴の何がどう立て込んでいるのかは俺には皆目見当がつかないが、こいつが誰にも気づかれないように水面下で手を回しているのはよくあることだ。なのでそれだけで判断するのは早計だろう。そう思う程度には長い付き合いだった。
一応断られたわけではない。むしろあの太宰が素直に一発OKなどするわけがないのだ。何も不満などなくたって、絶対に何かしらの注文や条件をつけてくるとは予想していた。
「んじゃあ、いつならいいんだよ」
素知らぬ顔でフォークにパスタを絡める。俺の家での夕食の最中だった。どこかの高級レストランでも予約しようかと思っていたが、莫迦にして笑われる気しかしなかったのでやめにした。
要求が単純に「待て」なのであれば、「あれをしろ」「これをしろ」と変な条件を突きつけられるよりはずっと楽だ。
「“本”が、消滅したらかな。それまでは、ちょっと
……
」
「“本”って
……
それは、
存在する
ある
のか」
「どうだろ? “頁”があることは間違いないけど」
本
――
書いたことがなんでも本当になる白紙の文学書。その存在は謂わば都市伝説のようなものだ。
“頁”の存在は確認されているが、だからといって“本”があるという証明にはならない。断片以外は既に消失しているかもしれないし、もしあったとしてそんな超常的な異能生成物を消滅させることが可能なのかどうかもわからない。
「それ、要するに結婚する気ないってことか?」
「ないとは言わないよ。でも今は無理」
太宰はそれでこの話は終わりとでも言うように傍らに置いてあった葡萄酒を一気に呷った。
俺にとっては全然全く終わりではなかった。あんな説明で納得できるわけがない。せめて勝利条件ぐらいははっきりさせたい。けれどこうなった太宰の口を割らせられるとは到底思えなくて、ここは一旦引くことにした。
その後、2、3度求婚を繰り返したが、同じ条件を繰り返されただけだった。回を増す毎に機嫌が悪くなっていくので諦めた。
条件として、一般的に無理難題と思われることを要求された場合は、契約自体が成立しないと言われている。“本の消滅”は、普通は無理難題に分類されるだろう。だってどこにあるのかも、本当に存在するのかも定かではない。
まるでかぐや姫のような要求だった。かぐや姫の要求は、たとえ彼等が見事要求を成し遂げたとしても“契約不成立”で結婚できない。実質的に“お断り”を示している。
そんなに俺と結婚するのが嫌なのか。
太宰は今日もまた、ソファにだらりと寝転んで寛いでいる。昨日も一昨日もいたし、きっと明日もいるだろう。こんなこと、俺以外には絶対にしていない。
にも関わらず、ダメなのだとしたら。俺には一体何ができるというのか。
いっそ別れ話でも切り出された方がわかりやすかった。俺はあいつにとってただの都合のいい男なのだろうか。「好きか」と訊けばあいつは絶対に「嫌いだ」と即答する。けれど俺はあいつにとってどうでもいい存在などではない。そう信じていたというのに。
翌日、太宰は何の連絡もないまま俺の家に来なくなった。行方不明だった。それを契機にしたように横濱どころか世界全土を巻き込む事件が起こった。ポートマフィアも探偵社も俺も、当然のように巻き込まれて戦って、戦った。俺が巻き込まれたのはたぶん太宰の仕込みだった。あいつの掌の上で転がされるのは腹が立つが、首領の命令に背くつもりもない。全力で事に当たって、やがて世界に平和が戻ってきた。
――
太宰と一緒に。
事件の元凶の死体を特務課が回収していくのをぼんやりと見送った。色々と疲れた。早く家に帰りたかったが、まだ後始末が残っているから、それを放り出して帰るわけにもいかないだろう。
せめてどこかに座ろうと崩れ落ちた瓦礫の中から手頃な石を探していると、隣の太宰が口を開いた。
「ああ、そうそう。随分待たせちゃったけど、しよっか、結婚」
「は?」
「ほら、さっき“本”を消滅させたでしょ。もしかしてもう忘れちゃった? まさか無効とは言わないよね?」
太宰は意地の悪い笑みを浮かべている。俺はきっと間抜けな顔を晒していることだろう。
“本”が消滅したことだって、それを“結婚”の条件にされたことだって忘れるはずがない。なんなら俺の目の前で“本”が消滅したことに気づいた瞬間、「これで結婚できるってことか?」と頭の中に過ぎったぐらいだ。戦いの最中はそんなこと言い出せる状況じゃなくて記憶の隅に押しやっていただけだ。
腹の底から笑いが込み上げてくる。たぶん、こいつの中ではあの時点で既に“本”を消滅させる計画が組み上がっていたのだろう。それをはっきり言わなかったのは、自信がなかったからか、ただの俺への嫌がらせか。
こいつに振り回されるのは今に始まったことではない。それこそ出会った時からずっとそうだ。多少なり諦めはあるが、だからといって全部許してやるほど寛容でもない。
「無効に決まってんだろ、あんなもん」
「あれ、そうなんだ」
太宰を置いて、どこへ行くという当てもなく歩き出す。この後どうしてやろうか。太宰の出方次第だが、すんなり了承してやるのは癪だった。かといってまた機嫌を損ねてしまうのも悪手だろう。
「じゃあ仕方ない、仕切り直すよ」
太宰は小走りで追いついて、それから俺の半歩後ろを着いてきている。意識を向けると、いつになく真剣な眼差しとかち合った。
「私と結婚して」
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